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学校に行こう

 母さんも父さんも、部屋から出てきた僕に対して、夕食までは何も言わなかった。両親からしてみれば『親友の死がショックで引きこもり始めた息子』だ。嫌味のひとつやふたつが(主に父さんのほうから)あるものだろう、と身構えていたが、何も言われなかったので拍子抜けした。逃げるようにして脱衣所に行く。


 久しぶりのシャワーを浴びて、風呂に浸かり、浴室から出て着替える。髪は皮脂でギシギシとしてしまっていたので、念入りに洗った。宮下さんのあの髪の長さは、ファッションなのだろうか。僕の周りには、男性で髪を伸ばしている人はいない。次に会う機会があれば聞いてみよう。


 「うーん」


 鏡を見て、首を傾げた。僕には宮下さんのような髪型は似合わなさそうだ。君もそう思うよね?


 僕と君は背格好が似ていた。顔はちっとも似ていない。君なら、もうちょっと似合うかもしれない。僕は、……できれば美容院に行ってから、登校したかった。


 君が帰ったあとに「兄弟みたいね」と母さんから言われたことがある。本当に兄弟だったらよかったのにな。もし兄弟だったとしたら、君とずっとゲームができていた。父さんや母さんも、君の死を、他人事にはしない。


 「雄大が出てきてくれてよかったよ。宮下さんの力は本物だったな。高い金を払ってやったのに、本人じゃなくて男が来たもんだから『宮下吉能は偽霊能者!』と週刊誌に売ってやろうと思ったが。宮下さんでダメだったら、俺が母校に雄大の退学届を出しに行こうとしていたんだぞ。学校に行っていないのに高い授業料を払わされるんじゃ、あの学校に金を寄付してあげているようなもんだからな」


 酒が入った父さんは、本音をべらべらと喋った。父さんはこうして酒に飲まれて、舌禍事件をたびたび起こしているのに、何故酒を飲んでしまうのだろう。僕には理解できない。


 「あなた」

 「お前もよかったな。社会に出られなかったら『狭間家の恥だ』と、親戚一同から嗤われていたぞ」


 酒で気持ちが大きくなってしまった父さんのお小言は、母さんにも止められない。


 「父さんのために学校へ行くわけじゃない」


 母さんの手料理はどれも美味しかったのに、途中から味がしなくなってしまった。僕は箸を置いて、父さんに言い返す。


 「僕は、真実を知るために学校へ行く」

 「お、おう……父さんとしてはだな、理由はどうであれ、学校に行ってもらればいい、ぞ?」


 僕に言い返されるとは思っていなかったらしい。父さんはやや気圧されたようで、目を泳がせていた。当事者じゃない父さんにはわからない。亡くなったのは、父さんの友だちじゃない。僕の友だちだ。


 君は父さんが帰ってくる前には帰っていたから、父さんと会ったことはないよね。父さんは、こういう人なんだよ。僕が将来、誰かと結婚して、子どもを育てることになったとしたら、こういう父親にはなりたくない。


 「明日から行く。絶対に、行く」


 僕は、君の望み通り、学校に行く。たまたま、父さんの望みと被っただけだ。父さんのために学校へ行くわけじゃない。僕は僕の意志で、君の死の『理由』を知りたいから、行く。


 心に誓って目を覚ました、翌朝。遮光カーテンのすき間から朝の日差しが差し込む。寝間着から制服に着替えていたら、窓を叩く音がした。


 「はいはい……」


 窓を叩く音は鳴り止まない。僕は観念して、カーテンを開ける。


 「おはようさん、雄大くん」


 宮下さんだ。僕と同じ制服を着ている。……僕と同じ制服?


 「どうしたのですか、その」

 「学校に行くんやろ?」

 「そうですけど、あの」

 「ウチも行くし、クラスも雄大くんと同じやで」


 窓を開けて、まぶたをこすった。見間違いではない。聞き間違い、でもない。宮下理緒さんご本人だ。昨晩のやりとりから、一日も経っていない。


 なんでだろう。ちょっと嬉しくなってしまう僕がいる。


 「宮下さん、失礼ですが、おいくつですか?」

 「おいくつですか言うても、高校生は十五歳から十八歳までと決まっとるわけやないで。定時制とか夜間とかあるやんか。全日制だけが高校生とちゃうで」

 「でも、この格好でタバコを吸おうとするのはやめてもらえません?」


 ポケットから加熱式タバコのデバイスを取り出したので、止める。成人済みの高校生がいてもおかしくない、というのは、僕の認識が甘かった。だが、僕の高校は曲がりなりにも進学校とされている。毎年、難関大学への進学者を一クラスぶん輩出しているような高校の在校生がタバコを吸っていたとなれば、大問題になる。


 学校の制服を着ている人を、多くの人は『十八歳以下』だと判断するだろう。制服でどこの学校の生徒かが特定される。学校に通報されるだけならまだいいほうだ。喫煙シーンの写真がSNSに投稿されでもしたら、もう取り返しが付かない。学校の評判は凋落し、卒業生にも先輩方にも僕たちの世代にも迷惑がかかる。


 「えぇ……」

 「制服を着ている間は、ダメです」

 「学校の喫煙所ならいけるんとちゃう?」

 「僕は知りません。先生に聞いてみてください」

 「そかそか」


 父さんも母さんも喫煙者ではないから、僕の周りのオトナにタバコを吸っている人はいない。だから、どのぐらいの頻度で吸わないといけないものなのかはわからないが、わざわざ制服を調達して準備してきたのだから、タバコは我慢していただきたい。

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