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扉を開けて

 ここまでして僕に会いたがるとは、余程『ご依頼』の遂行が大事と見た。言動と行動の不一致。霊能力とはいったい……?


 シーソーゲームは『すぐに帰ってほしい派』の僕が白旗を揚げて降参した。結果として『話だけでも聞きたい派』が勝利し、僕はカーテンを開けるべく、端っこをつまむ。


 「あ」


 植木鉢を振りかぶった状態で静止した宮下理緒と目が合った。間一髪、窓は壊されずに済んだ。


 「やめてください! 警察を呼びますよ!」


 窓を開け放った僕は、住居侵入かつ器物損壊未遂の男に警告する。僕はこう叫んだつもりだったが、実際にはガサガサの声しか出ていない。たぶん、目の前の人にも、近所の人にも、意味の通らない言葉として聞こえただろう。


 喉が痛い。ケースで買っておいたペットボトルのお茶を飲む。


 「よかった。生きとって」


 暴挙に及ぼうとしていたとは思えない、安堵の声。数秒前の恐ろしい形相とはコロッと変わって、真逆と言ってもいい、穏やかな表情を浮かべている。僕は、――何故か、ドキッとした。


 顔の感じが、ほら、ショート動画で流れてくるような女性芸人の『化粧前』っぽいのと、あの、結んであるとはいえ髪が長いのと、この二つの要素が重なって、僕の脳が誤認識しているだけだ。


 きっと、そう。


 声はしっかりと男の人だ。間違いない。皺だらけのシャツを着ていて、黒いチノパンのポケットからは加熱式タバコの先端がちらりと見えた。焦るな、僕。


 「ひょっとしたら、親友の後を追って死んどるんやないかと思っとったんよ。ウチは幽霊と話せるもんだから、返事があったり顔が見えたりしたぐらいでは安心できへん」

 「はあ」


 霊能者の設定は崩さないようだ。不思議パワーについては、ツッコんでいいのだろうか。


 「上がらせてもらってええか?」


 聞きながら、窓枠に右足を乗せてくる。履きつぶされたスニーカーだ。


 「土足はちょっと」


 返答しつつ、僕は僕の足元を見た。顔見知りの君ならまだしも、初めましての年上が外履きを脱がずに入ってくる事態は避けたい。片付けを後回しにしていた箇所のゴミをまとめていく。


 「雄大くん、トイレはどうしてたん?」

 「うわ、入ってきた」

 「ご要望通り、靴は脱いだからええやろ」


 窓の外に置いたらしい。スリッパなどという気の利いた物は僕の部屋にはないから、靴下で我慢してもらうこととして。


 「大輔はどこにいますか?」


 入ってもらったからには『僕の部屋にいる』という大輔が本当にいるのか、を知りたい。生前は親友だった僕には見えずに自称霊能者のこの人に見えるのは正直癪だけど、この人に通訳していただければ、僕の知りたい『大輔が死んでしまった理由』を聞けるはずだ。


 「焦らない焦らない。ウチのことは『理緒ち』って呼んでな」


 宮下さんは僕の質問を躱して、呼び名を押しつけてきた。喫煙者とあれば、二十歳以上は確定だ。学校で『目上の人には敬語を使いなさい』と習ってきた身としては、年上を愛称では呼びづらい。


 「さっき、宮下さんはこの部屋に大輔がいるっておっしゃっていましたよね?」

 「うん、まあ、おるよ」


 あからさまにイヤそうな顔をするなあ、この人。せっかくあだ名を教えたのに名字をさん付けで呼ばれる、ただそれだけで、人ってこんなにイヤそうな顔ができるものなのか。


 「僕は、なんで大輔が亡くなったのか、わからないのです。大輔の身に何があったのかを教えてもらえませんか? その、宮下さんの霊能力で、聞き出してほしいです」

 「あー、せやねー」


 僕は真剣に、それこそ一週間塞ぎ込んでしまうほどに、一人で思い悩んでいた。答えを知らなくては、この部屋から出て行けない。


 なのに、宮下さんはイヤそうな顔のまま、言葉を続ける。


 「雄大くんからすると『親友の急死』やから、なんでやろな、って思うのは、赤の他人のウチにもわかる。わかるんやが、死んだ人間から『理由』を聞き出すのが正しいんかというと、必ずしも正しいとは言い切れなくてやね」

 「言い訳ですか?」


 表情がますます暗くなった。続きの言葉を吐き出すための口の形を維持したまま、固まる。


 「本当は大輔が見えていないのでは?」


 宮下さんは口を閉ざした。図星なのだとすれば、早急に部屋から出て行ってほしい。


 僕はインチキ霊能者に騙されない。……テレビの情報に踊らされる父さんはしょうがないとして、母さんは止めてほしかった。父さんの独断専行、ではないだろう。こういうときは、父さんは母さんに相談する。


 母さんは親族以外の人を家に上がらせたくない人だ。僕が小学生の頃に、当時の友だちを五人ぐらい連れてきた。そのときは何も言わなかったけど、帰らせたあとに、父さんを交えて真夜中まで説教をされたから。


 君は例外だった。高校一年生――入学式の日、僕と君が知り合って、ゲームの話をして、玄関で母さんに「友だちを連れてきた」と告げたあの時。あの時から、君は例外だった。


 「学校に行ってほしい」


 宮下さんは、僕ではなく、僕の背後に視線を向けている。僕が振り向いても、そこには誰もいない。


 誰もいないのではない。僕が見えないだけ。大輔は、いる。僕には見えないが、きっと、いる。


 「長期戦になりそうやね。店長にはなんて言おう。ウチな、コンビニでバイトしてんねん。せやけど、雄大くんのほうが大事やから、まあ、吉能の仕事に巻き込まれた、で、ええかな。ウソはついとらんから、ええか」

 「学校に、って、大輔が?」


 僕の問いかけに、宮下さんは「せやで」と短く答えた。君と僕が出会った場所に、君は行ってほしい。君が言うなら。


 「……わかった。行こう。学校」


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