Episode3. 騎士ランドルフ
俺はランドルフ・テューテラリー。しがない貧乏男爵家の三男だ。兄上達のように頭が良いわけでもないから、文官を目指そうなんて思いもしなかった。なんとか身を立てねばと騎士を目指したが、適性があったらしい。シルト伯爵家の騎士団に入ることができ、運良く坊ちゃん――次男のカシアス様の護衛に抜擢された。
ここは軍事の要、辺境だ。俺の所属は実力重視の辺境騎士団。まあ隣国との関係は祖父の頃から友好的で、戦があったのは昔の話だ。それでも国境に広がる森の魔物から町を守るため、皆鍛錬を怠ることはない。ここ数日は特に忙しく働いた。五百年近い歴史を誇る我らがテウフェル王国の建国祭のための下準備だ。
冒険者たちも多く行き来するこの町で、魔物は脅威であると共に貴重な資源だ。食料や様々な品に加工できる素材として重宝されている。毎年、祭りのために騎士団は魔物討伐の予定を組む。祭りで賑わうこの時期に少しでも危険を減らすためと、食材の確保だ。辺境伯閣下の屋敷からも割と近い…と言っても大人の足で三十分ほどのところにある中央広場には、厳しい審査に合格した選ばれし名店がそろう屋台のエリアがあり、騎士団が狩った食材はここの店に格安で卸される。
この素晴らしい風習のおかげで祭りの間、普段はためらうような金額のうまいものが格安で腹一杯食べられる。もう一度言おう、素晴らしい風習だ。
お忍びで祭りを楽しむ十二歳のカシアス様に、今日絶対に食べさせたいものがあった。
「大将~、串焼き二つ~。」
陽だまり亭の串焼き。普段は宿泊客しか味わえない限定メニューが、祭りの時だけ誰でも味わえる。
「ランドルフ!…と、坊ちゃんも一緒でしたか。並んでくださったんですね。もうちょっとお待ちいただけそうならぜひ、俺の華麗な腕前も見てってくだせえ。」
「大将がそこまで言うなら坊ちゃん、作るとこから見せてもらいましょうか。焼きたては待つ価値がありますし。」
「見る。…見たい。」
肉の焼ける音と香りで、腹が鳴りそうだ。一応お忍びという体なので、坊ちゃんも領民と同じように順番を待つし、権力を振りかざしたりはしない。自分たちが守るべき人たちの暮らしを知ることも大事だというのが教育方針らしい。我が家は貴族とは名ばかりで領民との距離が近かったおかげで護衛としてカシアス様に張り付いていても町に溶け込める。凡人顔なのも護衛の選出ポイントだったらしい。父上、母上、私を普通の顔に産んでくれてありがとう。
陽だまり亭の串焼きはうまい。本当にうまい。なのにメイン材料であるグレートボアの肉がなかなか市場に出回らないという理由で普段は宿泊客限定だ。しかもいつもあるとは限らない。その時泊まれたラッキーな客にしか提供されないメニュー。先輩騎士に連れられて初めて口にして以来、祭りといえばこれ。
初めてグレートボアの討伐に参加した時、馬車よりも大きなイノシシの突進が一抱えもある木を易々とへし折る姿に、情けなくも恐怖で足が動かなくなった。あの時足手まといだった私も、今や奴らが獲物にしか感じられなくなっている。成長したものだ。
「大将、俺達の狩ってきた肉はどうだい?」
「泣きながら肉食ってた小僧が偉そうに。熟成もバッチリ、今年も最高だぜ。…おっ、後ろはジエンじゃないか!コテツとルーシェンはどうした?」
「先に色々見てくるカラ、起きたら串焼き買って待ってろって書置きされてたネ…。六つくれ…。」
「坊ちゃん、こういう昼近くまで寝てるような大人になったらダメですよ。…ったく、なんでエリサはこんな奴らがお気に入りなんだ。」
豪快な見た目で細やかな気遣いのできる大将を、私は密かに尊敬している。今だってカシアス様のために新しく肉を切り出すところから調理してみせ、毒なんかないことのパフォーマンスをさりげなくしてくれる。
「はいよ、大きい方は坊ちゃんに。ランドルフ、お前はこっちだ!」
「えっ?」
「くっ!そういうとこだぞ大将!…坊ちゃん、一応毒味するんで一口ください。」
カシアス様は男の子にしては大人しい。そして賢い。私が子どもの頃のように騒々しくバカなことをしている姿を見たことはない。それでもまだ十二歳。子どもだ。子どもは不平等に敏感だ。身分上仕方のないことだと理解していても、いつも一口少なく食べなければならないことを寂しく思うだろう。賢い子ほど「いいな」と「ずるい」を飲み込んじまう、といつだか大将は言っていた。辺境伯閣下も子どもの頃お忍びで何度も城下に来たことがあったそうだから、何かあったんだろう。
「見たことあると思ったら、ランか。仕事中か。」
「あまりにも眠そうだったから何も言わなかったが、そんなに気付かない事ってあるのか…?」
「ランドルフ、知り合いなのか?」
「はい。冒険者のジエンです。ちゃんと起きていれば強いです。」
「酷いネ。ちゃんと起きてるヨ。」
「ジエン、一応お忍びだからこの方の事は坊ちゃんと呼ぶように。」
「一応って。…お前それで良いのカ?坊ちゃん、コイツ大丈夫か?」
「ランドルフは頑張っている。今日も私を楽しませてくれている。」
「…っ!見ろジエン!これが俺の主人だ!うらやましいか!」
ダメだコイツ、と細い目をさらに細くして呟くジエンを興味深そうに見ている、俺の小さなご主人・カシアス様。ジエンは他国から流れてきた冒険者で、服装も少々変わっている。武器もこのあたりではあまり見かけない形の両刃の剣だ。他国の文化に興味があり、語学も学び始めたカシアス様には良い出会いかもしれない。折角だ、コテツとルーシェンにも会っていただこう。ジエンにも声をかけ、少し離れた噴水のヘリにそのまま腰かける。
「坊ちゃんもどうぞ。今日は平民と同じように過ごしますよ。」
「わかった。」
おそるおそる腰を下ろして周囲を見回し、串焼きにかぶりつくカシアス様。目を見開いている。良かった、お口に合ったようだ。
「お行儀が良いネ。ちっともクソガキじゃないネ。」
「クソガキであってたまるか。…クソガキというのは悪い言葉ですので覚えなくて良いですからね。」
「ランドルフは城下だとこう、…えっと、…雰囲気が違うな。」
「平民の演技がうまいでしょう?」
「違うネ。貴族のフリがうまいヨ。」
「貴族なんだよ!」
「なるほど、ランドルフは貴族のフリがうまいのか。」
「坊ちゃん、そんなぁ!」
よよよ、と泣きまねをする俺。年相応の坊ちゃんの笑い声に安心する。今日を目一杯楽しんでもらおう。
ふと見ると屋台の方が騒がしい。何かあったのだろうか。ジエンが見に行き、すぐに戻ってきた。
「エリーちゃんが迷子ダって。そろそろ二人も来る頃だから、合流したら私も探してくるヨ。コテツはそういうの得意だカラな。」
「エリーちゃんが?あ、大将の娘さんが迷子だそうです。」
「小さい子なのか?心細いだろう。私も探す。」
少し迷ったが、大将の店に向かう。どこではぐれたのか、女将さんの顔は真っ青だ。いやもう青を通り越して白くなりかけている。
「大丈夫、落ち着け。もうそろそろ店じまいしようと思ってたんだ。俺が探しに行くから、お前はここで待ってろ。エリサは賢いから、この店に来るかもしれない。」
大将が店じまいを始めた。俺達も手伝う、と言いかけたその時。
「大将~!た~いしょ~!」
「エリサ!」
明るい声に目をやると、コテツの肩の上で手を振る元気なエリーちゃんの姿が。良かった。スピード解決だ。人ごみをスルスルと歩いてくるコテツの後ろに、ハラハラしながらついてきているルーシェン。
あと少しというところまで近づいて、不意に寒気に襲われた。同時にコテツの尻尾が空に向かってピンと立つ。最大級の警戒。カシアス様を引き寄せ、地面に伏せる。
その後。その後どうなったんだろう。どうなったのか、俺が知ることはなかった。
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