24水しぶき
役場の前に軽トラックが止まる
いつもの移動スーパーだ
「おはようございます」
聞きなれた声に
何人かが自然と集まってくる
菫は 直販所の仮設テントを確認してから
そのまま様子を見に来ていた
「今日は何が入っているんですか?」
「新玉ねぎ それと葉物が少し」
「 あと いちごな」
農家の人が 箱を持ってくる
「もう終わりかけやけどな」
「でも 甘えで」
並べられた野菜は どれも派手ではない
でも ちゃんと売れる
「最近は観光の人も来ますね」
スーパーの運転手が言う
「はい 梅と桜のあと
ふらっと寄る人が増えてます」
「道の駅 出来るらしい って
聞かれましたわ」
「噂 早いですね」
「村は狭いですから」
近所のおばあさんが
きゅうりを手に取りながら言う
「ここ 助かるわ」
「前のスーパー 無くなってからなあ」
「週二回でも 顔見て買えるんがええ」
菫は その言葉をメモする
直販所の方では
観光客らしい二人組が立ち止まっていた
「これ地元の?」
「はい 朝 持ってきてもらいました」
「安いね」
「安いです」
正直な返事に 相手が笑う
「こういうの 道の駅に並ぶんやろうな」
「たぶん」
「でも ここぐらいの規模が
ちょうどええ気もする」
菫は 少し考える
「最初はそのつもりです」
昼前になると ほとんどの品がなくなった
「今日は 早かったですね」
「暑うなる前やからな」
「買いだめせんでも
また来るって分かってるし」
軽トラックが去ると
役場前はまた静かになる
「なんか」
菫が言う
「この感じ 嫌いじゃないです」
隣で
直売所の担当が頷く
「大きくせんでも ええもんはええ」
風が吹いて テントが少し揺れた
村は少しだけ忙しい 少しだけ余裕があった
道の駅は まだない
でも
その 使い方 はもう始まっている
役場の窓の外は もう暗い
私はパソコンの画面を見つめていた
数字 事業計画 収支予測
ワードとエクセルは慣れている
作業そのものは難しくない
だが 指が止まる
今は違う 決める側にいる
この数字一つで 村の未来が変わる
逃げる方が楽やな
ふとそんな考えが浮かぶ
だが画面を閉じない カーソルを動かす
逃げないと決めたのは自分だ
キーを押す音がやけに大きく響いた
休日の朝
私は一人で家を出た 目的は 滝の方角
舗装が途切れ 砂利道になるあたりまでだ
特別な装備はいらない
歩き慣れた靴と 両手が空く程度の軽さ
川の音が 少しずつ近づいてくる
鳥の声
風に揺れる木の葉
それだけの道だ 足を止めると
頭の中に 別の音が混じる
「正式申請 受け付けます」
あの一言 淡々としていた
肯定でも 否定でもない
結果は まだや 分かっている
だからこそ 考えてしまう
書類は揃えた 嘘も無い 盛ってもいない
それでも 結果は外にある
滝の手前
水しぶきが届く場所で立ち止まる
勢いよく落ちる水
同じ場所を 同じように流れ続けている
胸の奥に 小さな緊張が残っている
怖い と言うほど大きくはない
でも 無いとも言えない
失敗したらどうなる
続けるだけや 答えは いつも同じだった
滝の音に
志向が少しずつ削られる
数字も 期限も ここにはない あるのは
流れと 湿った空気だけ
私はポケットに手を入れた
スマートフォンは出さなかった
連絡が来るなら来る
来ないなら それも時間だ
深く息を吸う 冷たい
肺の奥まで はっきり分かる
大丈夫や
怖いのはちゃんとやった証拠や
少しだけ 肩の力が抜ける
帰り道 同じ道を戻る
何も変わっていない
足取りは少し軽かった
私の休日は 何かを決める日ではなかった
待つ自分をちゃんと 保つための日だった




