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この村の灯り  作者: 堺大和
21/42

21春

数日後の夜

役場のふるさと振興課

夜八時を過ぎている 蛍光灯の白い光の下

私は一人 資料を見ていた

補助金申請の下書き 数字は整っている

理屈も通っている

だが ページをめくる手が止まる

そこへ軽いノック

「まだ帰ってなかったんですか?」

菫だった

手には自販機のコーヒーが二つ

一つを机に置く

「…ありがとう」

私は短く答える

菫は椅子に座らず 机の端に寄りかかる

しばらく無言

書類を見つめる私の横顔を じっと見る

「怖いですか」

唐突な一言

私の手が ほんのわずかに止まる

「何がや」

「全部です」

菫の声は静かだ

「投票も通ったし 補助金も出す方向やし

もう止まれないじゃないですか」

沈黙

蛍光灯の音がやけに大きい

私は目を資料から外さない

「怖くないって言うたら嘘やな」

ぽつりと落ちる声

「反対が多かったら 楽やったかもしれん」

言った瞬間 自分でも驚く

菫は笑わない

「やっぱりー」

その一言に 私は顔を上げた

「山中さん 調整は上手ですけど」

「決める瞬間 ちょっとだけ顔 変わります」

「…そんな顔してるか」

「してます」

菫はコーヒーの蓋を開ける

「でも」

少しの間

「逃げへん人やとも思ってます」

その言葉が静かに落ちる

私は苦笑いする

「期待かけすぎや」

「かけますよ」

即答

「だって 提案したの山中さんですから」

逃げ道を塞ぐようでいて 責めていない

ただ事実を置く

私は椅子にもたれ 天井を見る

「逃げたくなる夜もある」

「あるでしょうね」

「でもな」

一拍

「それでもやるしかない」

菫は頷く

「それで十分です」


四月に入ると 役場の空気が少し変わった

人の入れ替わりはない 机の配置も同じだ


ただ書類の種類が変わった


私の机の上には

「設計業者選定」「コンサル業者委託」と

書かれたファイルが積まれている

「いよいよですね」

菫が コーヒーを置きながら言った

「はい

ここから 考える より 選ぶ 仕事です」

公募要領は 既に作り終えていた

条件は多くない

過疎地域での実績

小規模施設の設計経験

段階整備に対応できること

「大きな会社は来ませんかね」

「来なくていいです」

私は即答した

「大きいところは 

大きく作るのが仕事ですから」


説明会当日 

オンラインと現地を併用した

簡素な形式だった

画面越しに並ぶ顔 派手なプレゼンはない

「まず 全部は作りません」

私は 最初にそう言った

「最初に必要なのは 止まれる場所 です」

「売る前に 休めること」

「集める前に 守れること」

その説明に

何人かの設計者が 静かに頷いた

後日 提案書が届く 立派なパースもあった

だが 私はまず 最後のページを見る

維持管理の考え方

そこが空白の提案は 迷わず外した

選定は早かった

「ここですね」

菫が指差したのは

地方で公共施設を多く手掛けてきた

小さな設計事務所だった

「はい」

「派手じゃないですね」

「派手じゃないから 残ると思います」

四月中頃設計者とコンサルを交えた

最初の打ち合わせ


ホワイトボードに 大きく円が描かれる

「これが 敷地全体です」

「で まず 使う のは ここだけ」

校舎の一部に 丸がつく

「休憩 トイレ 情報」

「直配は 仮設でも可能です」

「将来 拡張する余地は?」

「残します」

それだけでいい


基本設計は 夢の絵 ではなかった

雨の日にどう動くか

冬の朝 誰が鍵を開けるか

ゴミは どこに置くか

そんな話ばかりが続く

「実施計画に入る前に」

コンサルが言った

「一度 遣らない事 を整理しましょう」

私は頷いた

「それ一番大事です」

会議が終わる頃

菫がぽつりと言った

「なんか 一気に現実ですね」

「はい」

私は資料を閉じる

「でも」

少し間を置いて続けた

「ここまで来たら 

もう 絵空事 ではないです」

役場の窓から 校庭跡地が見える


まだ 何も変わっていない


それでも 図面の中では 人が座り 

風が抜け 灯り点いていた

村の計画は

線と寸法を持ち始めていた

設計の打ち合わせが一段落した日の夕方

菫は自席で画面をぼんやり眺めていた

表示されているのは

全国の自治体が行った

クラウドファンディングの記事だった

地域拠点整備のため

住民参加型プロジェクト

目標金額〇〇万円

集めているところ ほんまに多いな…

補助金の資料は 

既に別のファイルに入っている

制度も 条件も 理解はしている

でも それだけでいいのか

という気持ちが 引っかかっていた


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― 新着の感想 ―
 堺大和さん、こんにちは。 「この村の灯り 21春」拝読致しました。  山中、残業中。  そこに、薫がコーヒーを二つ持って登場。  怖いですか?  もう戻れませんもんね。  うん、怖い。反対された…
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