16投票日
「午前中は成人式の取材でしたが…」
レポーターがカメラに向かって言う
「この村では本日 道の駅誘致をめぐる
住民投票も行われています」
投票所の入り口に控えめな看板
派手な横断幕はない
だが足をとめて読む人は確実に増えていた
「高校生も投票できる条例があると
聞きましたが」
記者の問いに 菫が答える
「はい 義務教育終了後で
村の将来を左右する重要事案については
高校生も投票資格があります」
「実際に投票する高校生は?」
「います 既に何人か 来ています」
カメラは少し角度を変えた
振袖の袖をたたみ
コートを羽織った若者たち
スーツの上にマフラーを巻いたままの人
そこに 制服姿ではないが
まだ学生の顔が混じる
葵とさくらは 並んで投票所に入った
二人とも いつもより言葉が少ない
受付で名前を告げる
名簿に確かに二人の名前がある
投票用紙を受け取り
仕切りのある机へ向かう
葵は用紙をじっと見つめた
白い紙は 思っていたより重い
分からへんままは 出来へん
沐浴実習の時の あの感触が一瞬よぎる
「雑にしたら危ない」という感覚
さくらは 少しだけ深呼吸した
畑の土の匂い
生産者の言葉
「顔が見えるから怖い」という一言
二人はそれぞれに 印をつけた 用紙を折り
投票箱へ
紙が落ちる音は 小さい
だが はっきり聞こえた
外に出ると カメラが持っていた
「すみません 少しだけ」
レポーターが声をかける
「高校生で投票されたとのことですが
今の気持ちは?」
葵は一瞬だけさくらを見る
それから 前を向いた
「…正直 緊張しました」
「どうして 投票しようと思いましたか?」
「投票出来るって聞いて
ちゃんと考えなあかんと思ったからです」
さくらも続ける
「将来この村と関わらへんかもしれないけど」
少し言葉を探してから言った
「今日は関わる権利をもらった気がしました」
レポーターは 少し驚いた顔をした
「重いですね」
「はい」
葵ははっきり答えた
「でも軽く決めるよりは いいと思います」
カメラが止まる
二人は小さく会釈してその場を離れた
足取りは 朝よりも落ち着いている
遠くで鐘の音が一つ鳴った
正午を告げる音だ
成人式の日 帰省のピークの日
そして村が自分たちで選ぶ日
その真ん中に
確かに若い声が立っていた
村の未来は
白い投票用紙に積み上げられていた
夜になると
村は不思議なくらい静かだった
投票所は閉まり
箱は役場の会議室へ運ばれている
暖房は入ってるはずなのに
手のひらが冷たい
折り畳み机の上に
「賛成」か「反対」か
ただそれだけの紙がこの村の
これからを決める
私は腕を組んだまま数字を見つけていた
住民投票条例に基づく初めての投票
今回は 高校生も投票している
若い顔も しわだらけの顔も同じ一票
その結果が いま 目の前で
積みあがっていく
夜遅くテレビをつけている家もある
だが どの局もこの村のことは扱っていない
それでいいと 誰もが思っていた
これは外の出来事ではない
村の中だけの夜だ
役場の会議室には 長机が並べられていた
開票はもう始まっている
紙の擦れる音
数字を読む声
鉛筆が机を叩く小さな音
私は後ろに立ったまま動かない
結果を覗き込まないよう
あえて距離を取っている
菫は壁際の時計を見た
秒針だけが はっきり聞こえる
「寒くないですか」
小さな声で聞く
「大丈夫です」
私は答える
本当は寒かった
だが それは気温のせいではない
同じ頃 村の家々では
似たような時間が流れていた
夕飯の後 誰も直ぐに寝ない
ラジオをつける人
湯呑をもったまま座ってる人
「どうなるやろね」
誰かが言う
「決まるな」
別の誰かが答える
それ以上は続かない
開票所作業は一般に公開されている
隅で葵とさくらも見つめている
「緊張するな」
葵が言う
「うん」
「どっちでも 明日からかわるんやろな」
さくらは 少し考えてから答えた
「変わるっていうより 決まる やな」
その言葉に 二人は黙った
役場では 束になった票が積あがっていく
誰も喜ばない
誰も落ち込まない
まだ途中だからではない
これは 勝ち負けの夜ではないからだ
私は ふと窓の外を見た
役場の灯りだけが 夜の中で浮いている
この村はちゃんと選んだ
まだ結果は出ていないのに
それだけは確信できた
夜は長かった だが 逃げる人はいなかった
村全体が
同じ時間の中で 静かに待っていた
だが いざ投票箱が開かれると
その距離は急に近くなる
紙が一枚 読み上げられる
「賛成」
また一枚
「反対」
会議室の隅で高校生たちが息をのむ
ふと視線が合う
あの子たちの未来も この紙の上にある
開票は最後の束に入っていた
数字を読む声が 少しだけ震える
「……以上です」
会議室に沈黙が落ちた




