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この村の灯り  作者: 堺大和
15/18

15年末

十二月に入ると 村の朝は一段と遅くなって

山の影が長く残り 

日が差すまで時間がかかる

その日 雪は音もなく降り始めた

粒は細かく 舞うというより

そっと置かれていくようだった

役場の窓から 菫は外を眺める

「今年 早いですね」

「ですね」

私はストーブのスイッチを入れながら答えた

「積もるほどじゃないですか」

「それでいいです」

誰に言うでもなく 菫はそう言った

昼前 村内放送が入る

雪への注意喚起と いつもの事務連絡

そして最後に一つだけ 

少し間を置いて続いた

「住民投票の日程について お知らせします」

事務的な声が 淡々と読み上げる

「道の駅誘致に関する住民投票は

来年一月三日に実施します」

役場の中が ほんの少しだけ静かになった

「成人式の日 ですね」

菫が言う

「はい」

私は頷いた

「この辺りでは 毎年この日ですから」

都会に出た若者たちが 

年末年始に帰ってくる

久し振りに顔が揃う日

村に残る人と 外に出た人が 

同じ場所に立つ日

「逃げない日程ですね」

「はい」

私は 書類を揃えながら答えた

「一番 人が戻る日です」

午後 雪は止み 空が少しだけ明るくなる

道に積もって雪は 昼過ぎには消えていった


一月三日 住民投票


その下には 何も書かれていない

理由も 結論も

すべてはこれからだ

帰り道 雪解けの水が靴音に感じる

菫は 白くなった山を見上げた

この冬

村は一つ 決める 静かな雪の日は

その予告のように 

ただ振っていただけだった


冬休みに入ると 村の気配が戻ってきた

年末のバスから降りてくるのは

久し振りの顔ばかりだ

葵とさくらも その一人だった

大きな荷物を抱え 

吐く息を白くしながら歩く

「やっぱり 寒さが違うな」

「でも この感じ 嫌いじゃない」

二人はそう言って 笑った


役場では 

年内最後の仕事が静かに進んでいた

成人式の名簿確認

住民投票の投票所設営計画

配布物の部数チェック

「これで 全部ですね」

菫が言う

「はい」

私は机の上の書類を揃えた

「成人式も投票も年明け一気に来ますから」

慌ただしさはない

やるべきことは もう終えている

午後 仕事納めの挨拶が簡単に行われた

拍手も短く 形式ばらない

「良いお年を」

その言葉が 少し重く聞こえた


大晦日の夜

村の神社には 

ぽつりぽつりと人が集まり始める

焚き火の音 甘酒の湯気

遠くでなる鐘の準備の音

「久しぶりやな」

「ああ帰ってきたで」

都会に出た若者も 村に残った人も

この夜だけは同じ場所に立つ


一月三日の朝は 澄んでいた

空気が冷たく息が白い

村の集会所の前には 

まだ日が高くなる前から人影が動いている

成人式の準備は夜明け前から始まっていた

椅子の配置 音響の確認 

名簿の最終チェック

私は無線を肩にかけたまま 

会場と控室を行き来している

「受付 もう一列増やしましょう」

「はい すぐ」

裏方の声が短く飛び交う

華やかな式の裏側は いつも地味で忙しい


菫は式次第の束を抱えていた

表紙に書かれた「祝 成人」の文字が 

少しだけ眩しい


「晴れてよかったですね」


そう言いながらも 視線は時計に向く

今日は 成人式だけの日ではない

外では 

振袖やスーツに身を包んだ新成人たちが

集まり始めていた

久し振りに顔を合わせる同級生同士の声が

場内まで響く

その時集会所の前に見慣れない車が止まった

アンテナの付いた車

カメラバックを肩にかけた人影

「…来ましたね」

菫が小さく言う

「毎年 ですからね」

私は とくに驚かない

理由は分かっている この村の成人式は

毎年「日本一早い」と言われている

帰省のピークに合わせたこの日程

「少しだけ対応します」

菫が外にでた

「おはようございます

今日は何の取材でしょうか」

「成人式の様子を少し

毎年早いですよね」

カメラは晴れ着の新成人に向けられる

「地元に帰ってきて どうですか?」

「懐かしいです」

「将来は?」

そんなやり取りが続く

そのうち カメラマンが周囲を見回した

「…あれ 住民投票の案内が出てますよね?」

掲示板の一角に 静かに貼られた紙


本日住民投票実施


菫は一瞬だけ間を置いて答える

「はい 今日が投票日です」

「成人式と同じ日なんですね」

「この辺りでは 一番人が戻る日なので」

記者は 少し興味を示した

「何の投票ですか?」

「道の駅誘致についてです」

その言葉に カメラの向きが変わる

だが 菫はそれ以上説明しない

「詳細は こちらに資料があります」

それだけで十分だった


午前十時

成人式が始まる

壇上では 祝辞が読み上げられた

新成人たちは 少し照れた顔で座っている

私は会場後方で立ったまま様子を見る

時計を一度だけ確認した

投票は既に始まっている

華やかな式の陰で

静かな判断の時間が同時に進んでいた

午前中は まだ穏やかだった

役場の人間だけは よく分かっていた

正午が近づくにつれ

集会所の外の空気が少し変わった

成人式の余韻が残る一方で

人の流れが投票所の方へと向き始める

カメラは再び回り出したのは 

その頃だった


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