13学外研修
その日は まだ空が薄暗いうちに始まった
始発のバスに揺られ 私と菫は空港へ向かう
「朝一 久しぶりですね」
菫が小さな声で言う
「役場に入ってからは
初めてかもしれません」
保安検査場を抜けて機内へ
窓の外で村の山々が遠ざかっていく
「静かですね」
「この時間の飛行機は だいたい」
私はそう答えた
雲の上に出ると 陽が差し込む
菫はノートを開いて確認事項をなぞる
国土交通省の庁舎は
想像していたよりも無機質だった
受付を済ませ 案内された小会議室で待つ
「お待たせしました」
現れた職員は
丁寧だが感情を見せない口調だった
「本日は道の駅の登録要件についての
ご相談ですね」
「はい」
私は答える
「現時点では 構想段階です
登録の可否を判断していただくのではなく
要件の確認をしたくて」
職員は頷き 資料を開いた
「まず道の駅は
休憩機能 情報発信機能 地域連携機能
この三つが揃うことが前提です」
淡々と説明が続く
「駐車場 トイレは24時間無料
情報提供は 道路情報だけでなく
地域情報も」
菫は思わず質問する
「イベント的な活用は
何処まで想定されていますか?」
「できる ことと 義務 は
分けてください」
即答だった
「道の駅は 賑わい施設ではありません
あくまでも道路利用者の安全と利便性が
目的です」
私は その言葉をメモに写す
「規模については?」
「最小限で構いません
無理に大きくする必要はありません」
菫は 少しだけ肩の力が抜けた
「ただし」
職員は続ける
「登録後は
道の駅として振る舞い続ける責任
が生じます」
沈黙が落ちる
「辞めるのは簡単ではありません」
「はい」
私は迷わず答えた
「だからこそ 今日はここに来ました」
職員は ほんのわずかに表情を緩めた
「それなら
まずは 想定利用者 と 管理体制 を
明確にしてください」
面談は一時間ほどで終わった
庁舎を出ると 都市は既に昼の顔をした
「思ったより冷たくなかったですね」
菫が言う
「はい」
私は歩きながら答える
「でも優しくなかった」
「ですね」
二人は笑った
帰りの飛行機の時間まで 少し余裕がある
「村に戻ったら」
菫は言う
「ちゃんと説明しないと ですね」
「はい 出来る事より 出来ない事から」
都市のざわめきの中で
二人は同じ方向を向いている
帰りの機内は 行きより静かだった
エンジン音が一定のリズムで続き
窓の外には 雲が広がっている
菫は 膝の上の資料を閉じた
「思ったより
夢を語る場所 じゃなかったですね」
「はい」
私はシートベルトの上で
手を組んだまま答える
「出来ますよ より
続けられますか って感じでした」
「ですね」
少し間が開く
「でも」
菫が続ける
「ちゃんと聞いてくれましたよね」
「はい逃げない って事は
伝わったと思います」
窓の外 雲の切れ間から地上が見えた
「戻ったら」
菫が言う
「また説明ですね」
「はい」
私は頷く
「今度は 希望より先に 条件から」
菫は小さく息を吐いて笑った
「一番大事なところですね」
機内アナウンスが流れ 着陸態勢に入る
雲の下に
見慣れた山の稜線が見え始めていた
秋の深い日
葵は学校の学外研修で神戸を訪れていた
「今日は防災と命について学びます」
先生の言葉に葵は静かに頷く
施設の中に入ると
映像シアター
1995年1月17日の記録映像
揺れる建物 止まった時計
救急車のサイレン
葵の胸が締め付けられる
この時
どれだけの人が助けを求めてたんやろ
展示室には
当時の医療記録や救護所の写真もあった
簡易ベット 不足する医療物資
限られた水
「医療従事者も被災者でした」
その説明に 葵は はっとする
守る側も 同じ人間なんや
語り部の方の講話が始まる
「当たり前に目覚める朝が どれだけ尊いか」
「生きているだけで それは奇跡なんです」
葵の目に うっすら涙が浮かぶ
看護の道を選んだ自分
命を扱う仕事を目指す自分 でも
私は 本当に 命 の重さを
分かってたんだろうか
追悼の空間で目を閉じる
村の風景が浮かぶ
梅の季節から 桜の季節
ホタルの頃 秋祭り
この日常も 当たり前じゃない
バスへ戻るとき
葵は小さく呟いた
「私は 命を守れる看護師になりたい」
声は小さいが 芯が通っていた
同じ日
さくらは学校の別プログラムで
JICA関西の施設を訪れる
「今日は 国際協力の現場を学びます」
案内された展示室には
アジアやアフリカの写真が並ぶ
水を汲む子供たち
農業支援の現場 栄養改善プログラムの紹介
職員の説明が続く
「日本は 技術 教育 医療などで
多くの国と協力しています」
「一方的な支援でなく 共に学び 共に
成長する関係です」
その言葉に
彼女の心が反応する
食 って その土地の文化や誇りやもんな
ワークショップの時間
グループで「持続可能な地域づくり」に
ついて考える
「自分の地域で出来ることは?」
その問いに
さくらは自然と口を開いていた
「私の村では
道の駅を作ろうとしています」
クラスメイトが驚く
「それって地域振興?」
「うん
でも災害の時の拠点にもなれるし
若い人が帰って来る理由にもなれる」
話しながら 自分でも気づく
村の取り組みって
小さいけど 世界と同じことしてるんや
国際協力も 村づくりも 根っこは同じ
「誰かと一緒に生きる」こと
帰り道夕焼けを見ながらさくらは思う
私は 食を通して人を支えたい
村で働く未来か もっと外へ出る未来か
まだ決めきれない
でも 進みたい方向は見えてきた
命を守ること 生きる喜びを支える事
それが自分の進む道かもしれない
女子寮の廊下は静かだった
消灯時間は過ぎているが
完全な闇ではない
窓の外には遠くの街の灯り
葵はベットの上に座り
今日配られた資料を見つめていた
阪神・淡路大震災記念
人と防災未来センター
表紙の文字が 胸の奥に重く残っている
ガチャ 都扉が開く
「ただいまー」
さくらが小声で戻って来る
「おかえり」
二人は自然に顔を見合わせる
少し沈黙
そして同時に言った
「今日さ…」
一瞬止まり どちらからともなく笑う
「今日な 震災の映像みてん」
葵はゆっくり話始める
「朝が突然なくなるって
あんなに怖いことないな」
声は落ち着いているが 目はまだ揺れている
「医療従事者も被災者やったって聞いてな
守る側も同じ人間なんやって」
菫は静かに続けて言う
「当たり前に目が覚めることが
奇跡やって言われた時…泣きそうになった」
小さな沈黙 寮の時計が コツ と鳴る
「私はな 今日JICAやってん」
さくらもベットに腰かける
「海外で 母子保健とか栄養改善とか
やってる人の話聞いて」
「すごかったで 文化も言葉も違うのに
一緒に医療作っていくんやって」
葵が顔を上げる
「なんかさ 道の駅の話してもうた」
「え?」
「やってる事は似てるって思って」
葵は静かに頷く
「命守るってさ」
葵が言う
「病院だけちゃうんやな」
「うん」
さくらが続ける
「食もそうやし 安心できる場所もそうやし」
二人の言葉が 自然に重なる
「道の駅も災害の時
誰かの居場所になるかもしれへん」
「診療所もやな」
ふっと 二人とも笑う
「なあ葵」
「ん?」
「村にもどるん?」
問いは軽いようで重い
葵はすぐには答えない
「まだ分からん 外の世界も見たい」
「そやな」
さくらも天井を見つめる
「私もな 村で働きたい気持ちもあるけど
世界も知りたい」
少しの沈黙 でも それは気まずくない
「でもさ」
葵が言う
「何処に行っても
守りたいもんは同じやと思う」
「うん」
「命とか 安心とか
生きててよかったって思える時間とか」
さくらは微笑む
「なんか今日
ちょっと大人になった気がする」
「分かる」
寮の窓の外にか 静かな夜空
二人の声は小さいが
確かに強くなっている
「なあ」
さくらが布団に潜りながら言う
「村の道の駅 ただの観光施設ちゃうよな」
葵も布団に入り 天井を見つめる
「うん 命の続きの場所や」
小さな笑い声 そして静寂
その夜 二人はそれぞれの未来を思いながら
静かに眠りについた




