転生王女様による王国解体宣言
王女エルミナ・ヴァレリオスは、完璧だった。
回廊を歩けば、白磁の床に映る影すら乱れない。
背筋は常に伸び、足取りは正確で、歩幅は一定。
それは訓練の賜物ではない。
彼女にとって「乱れ」は不快だからだ。
言葉を発すれば、無駄がなかった。
感情を乗せず、しかし冷たくもない。
聞く者が安心するよう計算された声色。
微笑めば、人は信じた。
そこに感情が存在しないことなど、誰も気づかない。
才色兼備。
文武両道。
王立学院を首席で卒業し、剣術競技会では現役の騎士団長を退けた。
――そして彼女は、一度、死んでいる。
前世で彼女は政治家だった。
若く、優秀で、そして愚かだった。
血筋ではなく能力で人を登用し、
特権ではなく成果で報酬を与える制度を作ろうとした。
「正しければ、理解される」
そう信じていた。
結果は暗殺だった。
夜道。背後。刃物。
理解する前に、息が止まった。
だから今は、理解している。
特権階級は説得できない。
潰すしかない。
「王女殿下。本日の予定です」
隣に控えるのは、無口なメイド――ノエル。
灰銀色の髪をきっちりとまとめ、表情は動かない。
「午前は貴族院評議会。午後は学院視察。夜は舞踏会です」
「……舞踏会」
エルミナは小さく息を吐く。
肺に入る空気が、わずかに濁って感じられた。
「豚が集まる場所ね」
ノエルは肯定もしない。否定もしない。
ただ、事実として聞き流す。
それが彼女の役割だった。
貴族院の扉が開いた瞬間、腐臭が鼻を突いた。
香油、酒、古い布、そして自己正当化の匂い。
年老いた男たちが、血筋という名の椅子にしがみついている。
「王女殿下! 本日の議題ですが――」
「免税特権の恒久化、でしょう?」
エルミナは歩みを止めずに言った。
声は柔らかく、視線は氷のように冷たい。
「なぜ、あなた方は成果を語らないの?」
ざわめきが走る。
椅子が軋み、咳払いが重なる。
「我らは名門であり――」
「質問に答えて」
一言で、空気が凍った。
「この十年で、あなた方の家門が国にもたらした利益は何?」
沈黙。
数字を持たない者は、言葉も持たない。
エルミナは、微笑む。
「財政赤字。治安悪化。教育停滞。
それでも特権は当然?」
老貴族の一人が机を叩いた。
「王女殿下は若すぎる! 伝統を軽んじている!」
その瞬間、エルミナは――笑った。
「話にもなりませんね」
声は静かだった。
だが、言葉は刃だった。
改革案は、段階的に提示される。
・貴族官職の再試験制度
・免税継続条件としての財務報告義務
・世襲継承の一部停止
「王女殿下! これは粛清だ!」
「いいえ」
首を横に振る。
「最低条件です。国を運営するための」
彼女は知っている。
制度は、一気に壊すと反発する。
だから内部から、噛み合わせる。
夜。王女の執務室。
「ノエル。脱落予定の貴族は?」
「七家門。三か月以内に失脚します」
「優秀ね」
紅茶を口に運ぶ。
苦味が、心地よい。
「ねえノエル。人はなぜ、自分が無能だと認められないと思う?」
沈黙。
だが今回は、違った。
「……特権という言葉で、本来の役割を曖昧にするからです」
エルミナは目を細める。
「正解」
胸の奥が、じわりと熱を帯びる。
壊れていく。
美しく、整然と。
舞踏会。
金と絹と虚栄が渦巻く広間。
貴族たちはエルミナを囲み、賛辞を並べる。
――愚か。
彼女は杯を掲げる。
「この国は、これから公平になります」
拍手。
誰も理解していない。
それが、貴族という概念への死刑宣告だということを。
数か月後。
評議会は空洞になった。
席は空き、書類は山となり、判断は下されない。
エルミナは議場に入る。
「今日は投票はしないの」
肩が震える。
「報告をするだけ」
「官僚機構の七割は、非貴族実務官が運営しています。
税収は回復。軍の補給線は安定。銀行は貴族名義の債権を拒否」
一拍。
「あなた方がいなくても、国は回る」
誰も、否定できない。
玉座の間。
誰も座らない王座を前に、エルミナは呟く。
「象徴が不要になった社会で、王は何をするべき?」
「……壊す、かと」
「正解」
統治機構解体宣言。
革命ではない。
ただ、手続きを踏んだだけ。
夜。バルコニー。
「王国は滅びた」
「ですが、人々は――」
「生きるわ」
沈黙。
そして、肩が震える。
「……ふ、ふふ」
次の瞬間。
「――――あはははははははは!!」
甲高い高笑いが夜空を裂く。
「最高よ……!
誰も私を止められない。誰も私を裁けない」
滅びた王国を見下ろし、彼女は言った。
「だってこれは――正しい破壊なんだもの!」
王冠なき世界に、
元王女の笑い声だけが、いつまでも響いていた。
今夜2月2日月曜日21時45分からシルバーバレットを連載しますぜひ見てください。




