万能じゃなかった
速さは、場所によって価値が変わる。
峠では武器だった走りも、
サーキットでは通用するとは限らない。
余裕が削られ、
判断が一瞬遅れただけで、結果が決まる場所。
そこで試されるのは、
技術か。
理論か。
それとも、まだ言葉にならない何かか。
2:2ドリフト。
それは、本当にどこでも使える走りなのか。
答えは、アクセルの先にある。
峠に残ったエンジンの余熱が、まだ空気に漂っている。
だが、視線の先はすでに別の場所、校舎裏サーキットへと向けられていた。
「じゃあ、そろそろ始めようか」
副部長の紫乃宮リアが、軽く手を挙げる。
その声に、数台のマシンがスタート位置へと移動した。
サーキット組。
峠とは違い、速度域は高く、ラインの正確さがすべてを左右する場所。
「2:2ドリフト、だっけ......サーキットでも使えるのかな」
誰かが小さく呟いた。
リアは何も言わず、コースを見つめている。
第1レース
有松るか vs 中橋あずさ
リアが旗を振り下ろす。
二台はほぼ同時にスタートした。
るかのマシンは勢いがあり、序盤から積極的に仕掛ける。
だが、最初のコーナーであずさが前に出た瞬間、流れが変わった。
「……来たな」
あずさは、抜かせない。
インもアウトも完全には塞がない。
だが、どちらを選んでも“嫌な位置”に車を置く。
ブロッキング。
るかは何度も仕掛けるが、
そのたびに、進路を半分だけ奪われる。
(邪魔……なのに、ぶつかれない)
周回を重ねても、状況は変わらない。
あずさの走りは淡々としていて、感情がない。
ゴール。
「お疲れ」
あずさはそれだけ言った。
結果は、あずさの勝利。
守ることで、勝つ走り。
第2レース
大宮たつな vs 南出あくあ
スタート直前。
たつなは軽く肩を回し、深呼吸した。
「よーし、いっちょやりますか」
リアの合図。
だが__。
あくあのマシンが、一瞬遅れた。
「しまっ……!」
たつなは一気に前へ出る。
直線で差を広げ、余裕すら見せる。
「今日は調子いいかも!」
だが、中盤のテクニカルセクション。
あくあの走りが、変わった。
ブレーキが遅い。
立ち上がりが鋭い。
一つ、また一つ、コーナーで差が削られる。
(速……!)
最終周。
あくあはインに飛び込み、一気に前へ。
ゴール。
勝者は、南出あくあ。
たつなはシートベルトを外し、苦笑いした。
「スタートだけじゃ、ダメか」
第3レース
七島りきと vs 紫乃宮リア
合図は、あずさ。
二台は完璧なスタートを切った。
タイムはほぼ互角。
どちらも、無駄がない。
りきとは正確。
リアは柔軟。
周回を重ねるごとに、緊張が高まる。
(……あの走り)
リアの脳裏に、赤いRX-8がよぎる。
峠で見た、あの並ぶようなドリフト。
(サーキットでも……)
終盤。
りきとが前に出ている。
リアはラインをずらし、2:2ドリフトを仕掛けた。
一瞬、成功したかに見えた。
並ぶ。前に出る。
だが__。
速度が高すぎた。
勢いを殺しきれない。
「っ……!」
リアのマシンは外へ膨らみ、コースアウト。
ゴール。
七島りきとの勝利。
リアは静かに、拳を握った。
(……万能じゃ、ないんだ)
第4レースの勝者対決
七島りきと vs 中橋あずさ vs 南出あくあ
再び、リアが合図を出す。
三台が一斉に飛び出した。
りきとは安定。
あずさは守り。
あくあは攻め。
順位は何度も入れ替わる。
だが、終盤。
りきとは一度もミスをしなかった。
1位、七島りきと。
2位、中橋あずさ。
3位、南出あくあ。
サーキット組の序列が、静かに決まる。
視点は、再び峠へ。
スタートラインに並ぶ三台。
小池みや。
坂田りくと。
東雲はるか。
エンジン音が重なり合う。
はるかは、ハンドルを強く握った。
(……次は、私)
旗が、振り下ろされる。
すべてに通じる走りは、まだなかった。
峠では武器だった感覚も、
サーキットでは刃が立たない。
速さだけでも、
ひらめきだけでも、
勝てない場所がある。
そこで突きつけられたのは、
「できること」と「できないこと」の境界線。
そして、最後に残った峠で待っていたのは、
完成された二人と、
まだ途中の一人。
足りないものは、技術か。
経験か。
それとも__。
次回、【足りないもの】
彼女は初めて、自分自身と向き合う。




