2:2ドリフト
才能は、
本人が名乗る前に、周囲が見つけてしまう。
理屈じゃない。
技でもない。
ただ「走りやすいから」という理由だけで選ばれたラインが、
いつの間にか、言葉になっていく。
昼休みの食堂。
画面に映る赤いRX-8。
そこから始まる、小さな違和感。
それはまだ、
名前のない走りだった。
昼休みの食堂は、いつもより少しだけ騒がしかった。
理由は単純だ。
壁に設置された大型モニターに、昨日のレーシング部・紅白戦の映像が流れていたからだ。
「え、あの赤いRX-8、動きおかしくね?」
「でもさ、順位見て。1位なんだけど」
「意味がわからん……」
スプーンを止めた生徒たちが、画面に釘付けになる。
映像の中。
縁石をかすめ、芝にタイヤを乗せたまま旋回する赤い車体が、ありえない速度でコーナーを抜けていく。
「……確かに変なドリフトだね」
そう言ったのは、たまたまその場に居合わせた校長先生だった。
「前輪はアスファルト、後輪は芝。普通は嫌がる動きだよ」
「ですよね!?」
「変ですよね!?」
生徒たちが一斉にうなずく中、当の本人はというと。
「……2:2……?」
東雲はるかは、まったく別のものを見ていた。
トレーの上。
昨日、みやに買ってもらった『天然でもわかる中学数学』を開き、比のページをじっと見つめている。
「2:2……? あ、これって……」
「ドリフトだね」
校長先生のその一言と、はるかの小さなつぶやきが、なぜか重なった。
「……2:2ドリフト?」
誰かが、ぽつりと呟いた。
その言葉は、午後にはもう、校内を一周していた。
翌日の放課後。
はるかは今日もメインサーキットで、無意識に同じ走りを繰り返していた。
縁石に寄せすぎず、離れすぎず。
前輪はアスファルトを捉え、後輪だけが芝をなぞる。
「……やっぱり、これが落ち着く」
外周フェンスの向こう。
腕を組んでコースを眺めている少女がいた。
「……相変わらずだね」
小池みやだった。
そのすぐ隣に、黒いジャケットの女性が立っている。
表情は落ち着いているが、視線だけは一瞬もコースから離れない。
「前輪と後輪、完全に役割を分けてる」
「でしょ。だから言ったじゃん、変なのに速いって」
みやは、どこか誇らしそうに言った。
「……あの子が?」
「うん。東雲はるか」
その頃、外周のベンチでは。
「……あのRX-8、またやってるな」
「縁石ギリじゃなくて芝使ってるやつだろ?」
「あれだよ、今噂の……2:2ドリフト」
その言葉に、工具を片付けていたたいしの手が止まった。
「……2:2ドリフト?」
スマホで検索しても、何も出てこない。
当然だ。
それはまだ、理論でも技でもない。
ただ1人の少女が、走りやすいから選んだラインに、
あとから名前が追いついてきただけなのだから。
走行を終え、はるかがピットに戻ってくる。
「あ、東雲氏!」
たいしが駆け寄る。
「2:2ドリフトって、知ってますかな?」
「なにそれ」
はるかは首をかしげる。
「縁石だとソウルちゃんが痛そうだし、越して半分ずつが、一番落ち着くんだよ」
たいしは苦笑した。
「……それが一番、強いですぞ」
「いい走りだった」
低く、落ち着いた声。
振り返ると、さっきまでみやの隣にいた女性が立っていた。
「小池なつき。プロチーム【MIRIUS】でスカウトをしているわ」
たいしが息を呑む。
「2:2ドリフト。理屈じゃなく、身体で理解してる走りね」
「……変、ですか?」
「いいえ。才能よ」
「正式に、スカウトしたい」
少し考えてから、はるかは答えた。
「大会を優勝してからでも、いいですか?」
「……いい答えね」
その時、みやが一歩前に出た。
「ママ、約束でしょ」
「え?」
「はるかは今、途中なんだから」
なつきは一瞬驚き、そして笑った。
「そうね」
夕暮れのサーキット。
赤いRX-8が静かにエンジンを冷ましている。
それはまだ、理論でも技名でもない。
けれど確かに、
2:2ドリフトは、この日、芽を出した。
昨日、芽を出した技__
それはまだ名前も理論もない、ただの走りだった。
けれど、校内に囁かれる「2:2ドリフト」の噂は、確実に広がっていく。
赤いRX-8を操る少女の柔らかくも確かなラインが、
仲間たちの心に、小さな衝撃を残した。
次は部内トーナメント。
峠組とサーキット組、因縁のライバルたち。
勝負の舞台は、学園のサーキットに移る。
才能はまだ、芽生えたばかり。
でも、少女の走りは、静かに次の物語を告げていた。
次回、【リベンジのDH】
白熱する峠、交錯する想い。
果たして、はるかは自分の限界を超えられるのか。




