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天然少女のレーシング・デイズ  作者: 鳥魔莉沙


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2/5

初めてのDH

峠。

それは高低差があり、

道が狭く、先が見えない場所。


サーキットみたいに、

正解のラインが教えられるわけでもない。

速さを競うだけの場所でもない。


ステアリングを握る人の迷いも、

覚悟も、

そのまま路面に映る。


初めてそこを走るとき、

誰もが少しだけ、

自分の本音と向き合うことになる。

リアにソウルちゃんのキーを投げ渡された。

はるかは慌ててキャッチする。


「慣らし運転しなよ。そのRX-8、5年間くらいエンジンかけてなかったらしいし」

「ソウルちゃんね!」

「あ、うん……とりあえずメインサーキット走ってみよっか。案内するから僕についてきてね」


リアはソウルちゃんの向かいに止まっていた、シルバーのシルビアに乗り込みエンジンをかけた。


乾いた音がガレージに跳ね返り、静かだった空気が一気にレーシング部の色に染まる。


はるかはドキドキしながらソウルちゃんに乗り込み、エンジンをかける。


キュルル……ブォンッ。


「うわ……なにこれ……!」


胸の奥が一瞬で熱くなる。

小さいくせに、思ったより強くて、低い音がまっすぐ身体に入ってくる。


「お、ちゃんとかかったね。じゃあついてきて」


リアのシルビアがガレージを出ていく。

はるかは慌ててシートベルトを締めて、マニュアルを思い出してギアをニュートラルから1速に入れ、ゆっくりペダルを踏んだ。


ソウルちゃんが動き出す。

たったそれだけなのに、身体のバランスがふわっと揺れて、

今ほんとに走ってるんだ、って実感が押し寄せてきた。


外に出ると、校舎裏とは思えない巨大なメインサーキットが広がっていた。


「ここがスイ校のメインサーキット。とりあえず軽く走ってみよっか。アクセルはゆっくりね」


「は、はい!」


軽く。ゆっくり。

……と言われても心臓ばっかり全力アクセルだ。


コーナーに差し掛かるたび、ソウルちゃんの車体がわずかに傾いて、

まるで「ここからだよ!」って教えてくれてるみたいだった。


数周走ったところでリアと一緒にピットに戻った。

はるかはまたマニュアルを思い出し、完全に止まってからハントブレーキを引いた。


「お、ちゃんと止まれたね」


リアは軽くため息を吐き。


(ぽかんとしてるけどこういうところはしっかりしてるんだね)


「えへぇ、本当ですかぁ?マニュアル通りやっただけですよぉ〜」


この時、リアは思った。

はるかがかなり可愛いことに


「とりあえず今からサーキット3周のタイム測るからスタートラインに行ってくれる?」

「あ、はい!」


はるかはまたギアを1速に入れ、スタートラインに着いた。

数秒後、上の信号みたいなのが1番右の列の下の2つが赤く光った。

そして15秒後、上から2番目の列、全てのライトが青に光る。


(いいなぁ……信号操作楽しそう)


そう心の中で呟くとピットの方から、男の人の声が聞こえた。


「東雲氏!もうスタートしてますぞ!」

「え?そうなの?」


はるかは慌ててアクセルを踏んだ。


アクセルを踏み込むと、ソウルちゃんが一瞬だけ息を吸い込むみたいに加速した。


「うわっ、速……!」


直線で伸びるタイプじゃないのはわかってる。

でもコーナーに入る瞬間の、地面を掴むようなバランスの良さが気持ちよすぎる。


1周目、はるかはまだ様子見で控えめ。

2周目、少しずつラインを意識してみる。

3周目、アクセルを開けるポイントがわかってきた。


気づいたら夢中で走っていた。


ピット前に戻ると、リアがストップウォッチを持ってこっちに来た。


「はるか、初タイムは3分43秒2。悪くないよ、初走行なら充分」

「おぉ!、意外と速いのでは!?」


喜んだ瞬間。


「ん〜、でも私の方が0.7秒早いけどね?」


声の方を見ると

なぞの青髪ロングの女の子が9090スープラにもたれながらそう言った。


「なによ、そんな驚く?事実でしょ?あんたのなんかより、私の方がドラテクが上ってことよ」


すると、さっきのスタートしていることを教えてくれた優しい男の子が腕を組んで歩いてきた。


「直線じゃ90スープラの方が上なのは当然ですぞ、七島氏!。東雲氏のRX-8より、七島氏の9090スープラはパワーがありますからな!」


優しい男の子が必死にフォローしてくれる。


リアは少し遠くで「はるかはスタート遅れてたけどね」と呟く。


その瞬間はるかは、つい言ってしまった。


「……ちがうよ!ソウルちゃんね!」


優しい男の子が変な声でむせた。

青髪ロングの子は目をぱちぱちさせたあと、肩をすくめてため息。


「車に名前つけるタイプ?いや、べつに悪くはないけど……。っで、覚えてる?」


「……ん?」

「去年のJr.リーグ全国決勝戦よ。最終ラップで……その……」


はるかは去年のことを頑張って思い出した。

あのとき必死で走って、

あのときぶつかってきて、

あのとき私は……。

思い出すほど、言葉が詰まった。


「……えっとたぶん七島ほのか《ななしまほのか》……だよね?、私にぶつかってきた」


空気が止まる。


ほのかの笑顔が固まり、青い瞳が泳ぐ。


「……っ……そ、それは……!」


リアが横から口を出す。


「まぁまぁ、ここでケンカする場所じゃないし。ほら、ほのか。今日はタイムアタックだけ。マウントはそのへんに。」


「別にマウントじゃないわよ!!事実言っただけ!!」


ほのかがぷいっと横を向いた。


……たぶん図星なんだろう。


そのあとリアは軽く手を叩いた。


「よし、じゃあ全員。準備できたら次は峠のレイアウト確認に行くよ。

 明日の交流会の前に一回くらいは慣れてもらわないとね」


ほのかは90スープラに向かいながら小さく呟いた。


「……あのぶつかりは事故よ。わざとじゃない。でも……今日の私は負けないから」


その言葉に、私はもう一度ソウルちゃんのボンネットに手を置いた。


「行こっか、ソウルちゃん。まだ始まったばっかりだよ」


赤いボディが、光の中でふわっと輝いた。


全員が車に乗り込むと、ガレージにそれぞれ違う音が重なっていった。

シルビアの乾いた音、90スープラの重たい咆哮、私のソウルちゃんの軽くて鋭い声。


そして気づけばどこかの山の広場に車を停めていた。


「え、ここどこ?」


はるかがキョロキョロと周りを見ていると、隣に停めていた優しい男の子が声をかけてきた。


「ここは彗星山の広場ですぞ。この山は私立彗星高校の所有物で、陸上部もここで練習してるらしいと聞いておる!」

「そうなの!?物知りなんだね!ところでお名前聞いてなかった、君は?」

「わいの名前は前春たいし《まえはるたいし》!車は学校から借りたスイフト!」

「スイフト?なんかよくわかんないけど黄色でかっこいい!よろしくねたいしくん!」


はるかが微笑むと、たいしはなぜか顔を赤くした。


「と、とりあえず紫乃宮氏のところ行きましょう!」

「あ、うん!リア先輩のところ行こう!」


はるかとたいしは車から降りてリアのところへ向かった。


「やっと来た……2人で何話してたの?あ、もしかして……」

「べ、別に何もないですぞ!」


たいしは慌ててリアの言葉を封じた。


「ま、いいや。とりあえず今からダウンヒルで新入生勝負ね?」


その時、はるかたちは完璧シンクロ__通称、完シンした。


「え?」

「まぁ、そうなるよね……あ、もう時間ないから早く走ってくれる?練習とかなしで……」


そしてはるかたちはスタートラインに着いた。

ほのかとたいしが横並びになり、なぜかはるかが1人で後ろ。


(これ不公平じゃない?)


はるかはそんなことを思いつつ、合図を待った。


「じゃあカウント行くよ?……3、2、1、go」


前の2人がリアの合図でアクセルを踏んだ。

それを見てはるかもアクセルを踏んだ。


ソウルちゃんが一瞬うなる。

だけど前の2人、ほのかとたいしは、もうひとつ前のコーナーに向かっていく。


「うわっ、差ついてる……!てか最初からじゃん……!」


はるかはハンドルを握り直す。

峠の下りはサーキットと違って道が細い。

木が近い。影が濃い。空気も変わる。


ソウルちゃんが、慎重に、でも迷いなく前に進んでくれる。


(だいじょうぶ。だいじょうぶ。ゆっくり、でも止まらない……!)


遠くで、90スープラの甲高い音が木々に反射して跳ね返ってくる。

黄色いスイフトの軽いエンジン音もすぐ後に続いている。


「ほのか速すぎない!?……っていうかたいしくんも速い!!」


心の中で叫びながらコーナーに入ると、ソウルちゃんがスッと身体の向きを合わせてくれる。


「わ、すご……ここ曲がれるんだ……!」


コーナーの先で、一瞬だけ二人のテールランプが見えた。

思わずアクセルをちょっとだけ多めに踏む。


下りの風がサイドを抜ける__少しだけ距離が縮まったように見えた。


でも次の直線で、ふたりはまた先へ。


(うわぁぁぁ、やっぱりストレート速いんだね……!)


焦って、アクセルを深く踏みたくなる。

けどソウルちゃんの軽い揺れで思い出した。

ゆっくりでいいよって言ってくれてるみたいな感じ。


「……うん、そうだよね。今の私はまだ焦らない方がいい」


はるかはちょっとだけ呼吸を整える。

ソウルちゃんと一緒に、ひとつひとつ丁寧にラインを探す。


下りの中盤に差し掛かったころ。

急カーブの先で黄色い影が少しだけ揺れた。


たいしのスイフトだ。


(え、近くなってない!?)


驚いてアクセルを踏もうとして、すぐやめた。


(いや違う……たぶんソウルちゃんのコーナリングが安定してきただけだ……!)


ほんの少しずつだけど、距離が縮まる。


でも、すぐにほのかの90スープラが視界に飛び込んできて

そのまま鋭いスピードで先へ消えていく。


「うわぁー、ほのか、やっぱ速い……!」


そんなふうにドタバタが続いてるうちに、最後の直線が見えた。


広場が近づいてくる。


たいしのスイフトがそのまま2番手で駆け抜ける。

その奥で、ほのかの黒い90スープラが誇らしげにテールランプを光らせた。


そしてはるかは__


「……ふぅ」


息を吐きながら、ゴールラインを越えた。


広場に到着すると、ほのかがすでに車の外に出て腕を組んでいた。


「ふふん。ま、当然の結果よね。パワーも経験も、こっちの方が上だし?」


勝ち誇った顔でドヤってくる。


たいしは苦笑いしつつも、心の底からの称賛混じりに言った。


「いやぁ……七島氏、相変わらず速いですな……。東雲氏も、初めてにしては十分でありますぞ!」


はるかはソウルちゃんのボンネットを軽く撫でた。


「はぁ……ソウルちゃん、ありがとね。なんとか着いていけたよ……」


すると横でほのかが少しだけ眉をひそめた。


「……ほんとに名前呼んでるのね、その車」

「当たり前じゃん。可愛いでしょ?」

「……まぁ、否定はしないけど」


ほのかの声が、ほんの少しだけ柔らかくなった気がする。


リアが地図を畳みながら言った。


「はい、お疲れ。今日の順位は、1位ほのかさん、2位たいしくん、3位はるかさん。まぁ当然って言えば当然だけど……これからもっと伸びるよ、はるかは」


そう言われて、はるかはちょっとだけ嬉しくなった。


「じゃ、今日はここまで。はるか、たいし、ほのか。寮に戻って休んでね。明日はいよいよ交流会だから」


リアが軽く手を振ると、3人は車に戻り、それぞれ寮近くの駐車場へ向かった。


薄い夕焼けが山に溶けていく頃。

エンジン音の余韻だけが耳の奥に残る。


駐車場に着き、車を止めるとリアが歩いてきた。


「はるか。今日よく頑張ったね。……じゃ、寮まで案内するよ」

「はいっ!」


はるかはソウルちゃんのエンジンを切って、軽く「おやすみ」と撫でてから降りた。


たいしもスイフトの横で手を振る。


「東雲氏、本日はお疲れ様でしたぞ!明日もよろしくであります!」

「うん!たいしくんもゆっくり休んでね〜!」


たいしは顔を真っ赤にして何か言おうとしたが、

横からほのかがずいっと割り込んできた。


「ほら男子はここまで。ここから先は女子寮よ。ばいばい、たいし」

「あっ、はい!また明日であります!」


たいしが勢いよく頭を下げ、ひらひらと手を振って帰っていった。


リアはくすっと笑う。


「じゃ、ほのか。同室のはるかをお願いね。僕は自分の部屋に戻るから」

「わかりました。ほら、はるか行くわよ」


ほのかが歩き出し、はるかは小走りで隣につく。


夕方の校舎裏は静かで、人の気配が少しひんやりしていた。

その中で、寮の明かりだけがぽつんと温かい。


木造っぽい外観の建物に入ると、ほんのりシャンプーの匂いがした。


「ここが女子寮のすいせいハウス。私たちの部屋は3階」


階段をのぼり、ほのかが部屋のドアを開ける。


カチャリ。


広めの2人部屋だった。

手前に2つのベッド、奥に小さな机が2つ並んでいる。

天井の小さなライトがふんわりと部屋を照らした。


「おじゃましまーす……」

「もう今日から住むんだから、遠慮しなくていいんじゃない?」


ほのかは荷物をぽんとベッドの上に置いた。

その仕草がなんだか慣れてて、はるかはつい見とれてしまった。


ほのかは座ると、ふとはるかの方を見る。


「……ねぇ、はるか」

「なに?」


ほのかは少しだけ視線を落とした。


「さっきの……ぶつかったって話。あれ、ずっと気にしてたんだよ、私」


はるかはドキッとする。


「……あ、ごめん。責めたかったわけじゃなくて……」

「わかってる。別に怒ってないよ。あの時は、ただびっくりしただけだから」


ほのかは短く息を吐いた。


「そっか……。……で、さ。ひとつ気になったんだけど」

「ん?」

「なんでRX-8なの?てか、なんでソウルちゃんなのよ」

「えへへ。かわいかったから!」


即答すると、ほのかは一瞬だけぽかんとして、そのあと吹き出しそうに笑った。


「……ほんとあんた、変な子」


はるかはベッドに座りながら首をかしげる。


「ほのかは?なんで90スープラなの?」


ほのかは少し考えたあと、ぽつりと答えた。


「……速いから。それだけよ」

「え、それだけ?」

「だって、トップ狙うなら速いほうがいいでしょ?私、負けるの嫌いだし」

(パパに勧められたなんて言えない!)


その語尾は強いけど、

どこか寂しそうに聞こえた。


はるかはふわっと笑って言ってみる。


「でも今日のほのか、ちょっと楽しそうだったよ?」


ほのかは途端に顔をそむけた。


「べ、別に……!ただの練習よ!あれは!」


耳が赤い。


……あ、この子かわいい。


ベッドに座って少しおしゃべりしてると、ほのかがベッドに倒れ込みながら言った。


「まぁでも……はるかの走り、悪くなかったわよ。あの重いRX-8であれだけ走れたなら、これからもっと速くなるでしょうね」

「ソウルちゃんね!」

「はいはい……ソウルちゃん」


ほのかは天井を見ながら小さく笑った。


「……なんか不思議ね。

 今日会ったばっかりなのに、結構話しやすいかも……あんた」


はるかは布団に入って嬉しくなる。


「ほのかもね!なんか思ってたより怖くなかった!」

「ちょっと!?最初の印象どうなってんのよ!!」


2人で笑う。


外では、夜の虫の声が静かに鳴っていた。


「明日、先輩たちとの交流会でしょ?……負けないわよ」


ほのかが小さく呟く。


はるかは布団の中でにやっとして言った。


「うん!私も!ソウルちゃんと一緒に、がんばる!」


その返事を聞いたほのかは、ふっと微笑む。


「……おやすみ、はるか」

「おやすみ、ほのか」


こうして、

天然少女とツンデレ上級者の夜は、静かに更けていくのだった。

サーキットと峠。

同じ「走り」でも、求められるものはまるで違う。


ラインの読み、車との対話、

そして、誰かと並んで走るということ。


まだ勝負じゃない。

でも、確かに火は点いた。


気づかないふりをしていた感情が、

ステアリング越しに、少しずつ動き出す。


次回、【紅白戦】

走りが、関係を変えていく。

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