自分の形
残った音は、エンジンだけ。
誰かを意識する余裕も、
順位を計算する余地も、もうない。
速く走ろうとした者。
勝とうとした者。
自分を証明しようとした者。
そのすべてが、
同じスタートラインに並ぶ。
考えるな。
比べるな。
ただ__
自分の走りで、置いて行こう。
メインサーキットは、息をひそめていた。
残っているのは、4台。
東雲はるか
中橋あずさ
紫乃宮リア
大宮たつな
第4レース。
誰が落ちても、おかしくない。
でも、誰も譲る気はなかった。
「……始めるよ」
旗を振るのは、七島ほのか。
その声は、少しだけ硬い。
スタート。
四台が一斉に飛び出す。
序盤、順位は安定していた。
前に出たのは、たつな。
続いて、リア。
その後ろに、はるか。
最後尾が、あずさ。
「……チッ」
あずさは歯を噛みしめた。
(また、これ?)
前では、リアが淡々と走っている。
無駄がなく、崩れない。
(お兄の時と、同じ……)
その瞬間、あずさの中で何かが弾けた。
「私は……!」
コーナー進入。
普通なら、仕掛けない位置。
あずさは、踏んだ。
「私は、お兄とは違う!」
ブレーキを遅らせる。
ラインを無理やりねじ込む。
一瞬、二台が並ぶ。
リアのマシンが、わずかに外へ。
「……っ!」
リアはアクセルを緩めた。
ほんの一瞬。
それで、すべてが決まった。
あずさが前に出る。
リアのマシンは、縁石を越え、外へ。
コースアウト。
ゴール。
最下位
紫乃宮リア
リアはハンドルを握ったまま、動かなかった。
(……賭けに、負けた)
でも、不思議と後悔はなかった。
第5レース。
残ったのは、3台。
はるか
あずさ
たつな
スタート。
今度は、あずさが前に出た。
さっきの感覚。
あの、踏み切った感じ。
(これ……)
リードを保つ。
ブレーキも、アクセルも、迷いがない。
2位で周回を重ねる。
だが。
後ろから、気配が来た。
はるかだ。
音が、近い。
でも、圧がない。
(……?)
次のコーナー。
はるかのRX-8、ソウルちゃんが並ぶ。
前に出るでもなく、後ろに下がるでもなく。
横。
「……なに、それ」
次の瞬間。
2:2ドリフト。
はるかは、あずさのラインを奪わない。
ただ、隣にいる。
行き場が、消える。
「っ……!」
あずさは、迷った。
ほんの一瞬。
その間に、はるかは前に出ていた。
5周目。
ゴール。
最下位
中橋あずさ
あずさは、マシンを止めたあと、しばらく動けなかった。
(……言えない)
何が違うのか。
どうして抜かれたのか。
分かるのに、言葉にならない。
第6レース。
これが最後。
東雲はるか
大宮たつな
スタートラインに、二台が並ぶ。
「……まさか、ここまで来るとはね」
たつなが、苦笑いする。
はるかは、うなずくだけだった。
(気持ちいいところ)
それだけ。
スタート。
直線。
たつなが前に出る。
(やっぱ、速い)
でも、焦らない。
コーナー。
はるかは、並ぶ。
2:2ドリフト。
距離が、詰まる。
そして、前へ。
「っ……!」
たつなは舌打ちした。
(クソ!
この子、いつもぽあぽあしてるでしょうが!
なんなのよ、この執着……!)
はるかは、前を走る。
守ろうなんて、考えていない。
抜かれたくないとも、思っていない。
ただ__
無意識で、ラインを置く。
イン。
アウト。
どちらも、半分。
「……ブロッキング!?」
たつなが驚く。
でも、それは計算じゃない。
考えていないから、崩れない。
最終周。
たつなは、賭けに出た。
(あの動き……)
一瞬で、分析する。
2:2ドリフト。
横に並ぶ。
成功。
「……っ!」
だが。
はるかは、動じなかった。
並ばれても、気にしない。
そのまま、走る。
ゴール。
1位
東雲はるか
エンジンを止めると、静寂が戻った。
たつなは、ハンドルに額をつけた。
「……参ったわ」
はるかは、マシンから降りる。
速くなろうとしたわけじゃない。
勝とうとしたわけでもない。
ただ__
自分の形で、走っただけ。
たいしが、ぽつりと言った。
「……やっぱ、これですぞ」
はるかは、首をかしげる。
「なにが?」
「東雲氏の走り」
「型じゃない」
「でも、ちゃんと形ですぞ」
はるかは、少し考えて、笑った。
「……そっか」
メインサーキットに、夕日が差し込む。
AML予選は、もうすぐだ。
でも今は__
東雲はるかは、初めて確信していた。
(これが、私の走りだ)




