この赤が好き
車の音が、日常のBGMみたいに流れる世界。
お昼の給食時間には、プロレースの中継やタイムアタック映像がテレビで流れるし、12歳の誕生日に「免許とれた?」って聞かれるのも普通。だって12歳で免許が取れるんだから、そういう文化にもなる。
そんな世界で育った私、東雲はるか《しののめはるか》は
中学(Jr.)を今日で卒業した。
といっても、しんみりとかは全然なくて。
式が終わった瞬間、友だちの矢井れんか《やいれんか》に「で、車どうするの?」って聞かれたくらいだ。
「どうするのって言われてもなぁ。車の事よくわかんないし」
れんかは呆れた様子ではるかの方を軽く突いた。
「あんた、Jr.リーグの全国決勝で2着だったくせに、車の名前1つも知らないの?」
「だって名前覚えれないんだもん。そもそも英語読めないし
なんなのさ、えすだぶりゅぅあいえふてぃーって?」
「スイフトね、スイフト」
「だって、スとかスウとか、ウィとか……どれがどれ!?ってなるし……」
「そこから!?」
「え、でもれんかだって最初読めなかったでしょ?」
「最初はね。でもレース好きなら自然に覚えるでしょ……普通は」
普通__
いや、その普通がはるかには入ってなかった。
はるかはれんかの隣で、卒業証書を入れた筒をぶんぶん振りながらため息をついた。
「はぁ……高校入ったら自分の車ほしいけど、なんかピンと来るのないんだよね」
「ていうかさ、買う気あるの?」
「気持ちはある!お金がない!あと知識もない!」
「致命的すぎる……!」
れんかが頭を抱えたところで、カフェのモニターからエンジン音が聞こえた。
卒業式の日でも、どっかのリーグではレースをしている、こういう音は日常だ。
その時、はるかはふと思いついた。
「やっぱりハコちゃんじゃだめかな?」
「いやだめでしょ。Nboxは家族乗りならいい車だけどスポーツカーじゃないし、
そもそもあんたの学校、寮生でしょ!。家族に迷惑かかるわよ?」
れんかに全力で否定されたはるかは、ストローでジュースをぐるぐるかき混ぜながら口を尖らせた。
「でもさぁ……車ってさぁ……なんかこう、運命の出会い!みたいなの欲しくない?」
「いや少女漫画じゃないんだから」
「でも絶対あるって!なんかこう......ビビッビビっとくる車……!」
れんかはため息をついて、カフェの天井を見上げた。
「じゃあ聞くけど、はるかはどんな車がほしいの?」
「うーん。赤くてぇ、丸っこくてぇ、名前が覚えやすいヤツ!」
「ふわっふわすぎる!!」
「あとできればちゃん付けで呼べると嬉しい!」
「基準どうなってんのよ!!」
れんかの絶叫が店内に響いた。
周りの人がこっちを見るけど、まぁ、いつもの事なので気にしない。
れんかがストローの袋をくるくる丸めながら立ち上がった。
「じゃあ今日探しに行く?私もまだ時間あるし……」
「行く!そういうの待ってた!運命の赤丸ちゃん探す旅!」
「やめてその雑すぎる仮ネーム!」
はるかたちは店のドアを押し開けて、商店街の歩道に出た。
夕方前の光がビルの隙間から差し込んで、アスファルトがちょっとだけキラキラしてる。
どこかで車が加速していく音がして、ついそっちを見ちゃうのは職業病みたいなもんだ。
れんかがスマホで検索しながら言う。
「まずは中古屋……っていうかスポーツ専門店行く?初心者でも扱いやすいの多いし」
「初心者じゃないし!Jr.卒業してるし!始めても卒業したし!ただ名前が覚えられないだけだし!」
「それを世間では初心者と言うんだよ?たぶん。てか初めてって変なこと言わないでよ」
「え?、初めてってドリフトのことだよ?」
「は!?なによそれ、紛らわしい!」
そんな会話を続けながら3軒ほど回ったけど__
・名前が長くて覚えられない。
・丸く見えるけど横から見ると丸くない。
・赤って言ってもこれはレンガ色だよね!?。てか明るすぎ
・そもそも英語読む前に記号みたいに見える。
そんな理由で全部だめだった。
「……ねぇ、はるか。視力じゃなくて、センスの問題じゃない?」
れんかが半笑いで言う。
はるかも満面の笑みで返す。
「私、美術オール5だよ?」
「くっ......私は平均オール3.5よ」
れんかは疲れ切った顔でベンチに座った。
「はるかぁー。もう帰ろ?17時だし......」
「えぇ〜っ!? まだ運命の出会い来てないよ!?ソウルメイト的な、ほら、私とマシンの赤い糸的なやつ!」
「車に赤い糸つけるのは整備士さんに怒られるよ……」
れんかが頭を抱えながら笑う。
はるかも座ろうとした時、ふとスマホの画面にチラッと1つの記事が映った。
『私立彗星高校 レーシング部、入部希望者向け新入生用マシンリスト公開中』
ん?
「ねぇ、れんか。スイ校って、新入生の車、貸してくれるんだっけ?」
「ん、たしかそう。ほら、Jr.全国大会上位の子とか多いし、学校側で整備済みの車あるとか聞いたことあるけど……なんで?」
「いや、たまたま。ネットニュースで......」
れんかがスマホを覗き込んでくる。
「……え?貸し出しリスト?こんなのあったんだ」
「ね、ね、ほら見て!赤いのもあるよ!……ほらほら!なんか丸そうなシルエットじゃない?」
「ん、どれどれ?って拡大しすぎ!縮小しなさいよ!」
「え、どうやって……!?指でぐにゅってやるやつ……?」
「そのレベルからなの!? もういい貸しなさい!」
れんかがはるかのスマホを奪って、慣れた指で画像を縮小する。
その瞬間__
画面に映った赤いマシンのボンネットが、夕日みたいに輝いた。
「……なんか、この赤……好きかも」
思わず声が漏れた。
れんかは数秒だけ黙って、はるかを横目で見た。
「はるか……。今まで散々ピンと来ないって言ってたのに……
今の顔、完全に来てるじゃない」
「え、そう?そんなことないよ?
ただ……なんか……呼ばれたかも?」
「いや少女漫画じゃないんだから!」
れんかは呆れながらも笑った。
「でも、スイ校の貸出リストにあるなら……入学式のあと、ガレージ行けば現物見れるはずよ」
「見れる……!」
胸がドクンと跳ねた。
夕暮れのアスファルトを、どこかのマシンが加速していく音が響く。
もしかして。
この赤いマシンが、はるかの運命の1台かもしれない。
そう思った瞬間、今日一番のワクワクが体の奥から湧き上がってきた。
「よし!れんか、私スイ校で運命の車、絶対見つける!」
「……いや、ほとんど答え出てるじゃん……」
「えへぇ!」
はるかたちは揃って立ち上がり、ゆっくり商店街を抜けて駅に向かった。
新しい生活の先に、赤くて丸っこい相棒が待っている気がしてならなかった。
そして入学式__
はるかはママのハコちゃんでスイ校まで送ってもらった。
「ありがとね、ハコちゃん!」
「いや、運転してるのママなんだけど?」
入学式の看板の前は、写真を撮る新入生でごった返していた。
春の風がふわっと吹くと、校庭の桜が道に落ちて、タイヤの跡みたいに散らばる。
「……やば、緊張してきた」
はるかは制服の胸元をむにゅっと引っ張った。
スイ校はレーシング部が全国区の強豪で、部員は地元のヒーローみたいに扱われる。
はるかもそこに入るんだと思うと、そりゃちょっとだけ心臓が暴走モード。
式が終わったあと、体育館のスピーカーが次々と名前を読み上げる。
新入生代表の挨拶が終わり、クラス別の説明が続くと__
はるかはさっきからずっと落ち着かない。理由はひとつ。
赤いあのマシン。
貸出リストにあったソウルレッドのやつ。
あれを実物で見たくて仕方がなかった。
「はるか。落ち着きなさいってば」
クラスメイトで友だちになった椎名さくらが苦笑して肩を叩いてきた。
優しそうな子で、なんかもう既にはるかの保護者みたいな雰囲気。
「ご、ごめん!なんかこう……胸にエンジンが入ってる気がして……」
「エンジンじゃなくて緊張だよ?たぶん......」
そうこうしているうちに、担任の先生が近づいてきた。
「東雲さん。レーシング部見学の子は校舎裏のガレージへ行っていいですよ。案内図、渡しておきますね」
「ほ、本当に!?ありがとうございます!!」
はるかは地図をつかむや否や、さくらに向かって叫んだ。
「さくら、ガレージ行こうよ!ガレージ!!!」
「いや私、バレー部だから!」
「え、あ、そっか。まぁがんばってね!」
桜の花びらを踏みしめながら、校舎裏へと走る。
地図によれば、ガレージは校舎の裏のさらに奥、運動場の端にあるらしい。
風が強くなるにつれ、油と焦げたタイヤの匂いがふわっと漂ってきて__
「あ、ここだ……」
鉄製の大きな扉。
レーシング部専用ガレージ 許可者以外立入禁止の文字。
でもはるかは一応「推薦入学者」なのでセーフ。
「失礼しま……」
扉を開けた瞬間、空気が変わった。
油と金属の匂い。ひんやりした空気。
そして、ずらりと並ぶマシンの影が、昼光灯に赤く青く反射していた。
「わぁ……。ここ秘密基地なんだ、きっと!……」
その時、先輩らしき人が声をかけてきた。
「君が推薦入学者の東雲はるかさん?僕は紫乃宮リア《しのみやりあ》、レーシング部の副部長だよ」
落ち着いた声でどこか誇らしげだ。
「はい!。東雲はるか15歳......」
「あ、うん。それ知ってるから......」
「な、なんで!もしかしてエスパー!?」
「いや違うよ?」
リアは困惑した様子でガレージの中を歩き出す
はるかもそれについて行く。
「推薦入学者は全部把握してるよ。だって副部長だから」
「えっ、副部長ってそんなサイキック能力必要なんですか!?」
「必要じゃないし、使えないし……。君、たぶん個性的だね?」
はるかは一瞬きょとんとして、すぐににぱっと笑った。
「よく言われます!」
「いや誇らしげに言えることじゃないよ?」
リアは軽くツッコミを入れ、ひとつ咳払いする。
「まぁ......いいや、それで君の愛車はどこに止めてあるの?」
リアが振り返って尋ねた瞬間。
はるかの頭にクエッションマークが浮かんだ。
「もしかして車買ってない?」
「はい。なんかしっくり来るのがなくて……じー、なんとかはちじゅうろく?びーあーるずぃー?とかよくわからなくて......」
「GR86とBRZね。じゃあ学校から車を借りるってことでいい?」
「え、ずぃーじゃなくてぜっとなの?」
「そうだよ……」
「知らなかった。学校ではずぃーって教えられてたから!」
「そうだね。ところで借りるの?」
「はい!借りましゅ!」
はるかが目を丸くするのと同時に顔を赤くした、リアは淡々とうなずいた。
「うちはレーシング部だよ。新入生にはちゃんと適正マシンの候補は用意してる。まぁ自前で買ってくる子もいるけど……君みたいなタイプは珍しくない。」
「タイプってなんですか?エスパーじゃない方?」
「まだ言うの?……個性的って意味だよ。」
リアは苦笑しながら、ガレージの奥へ手招きした。
昼光灯のまぶしさが少しずつ落ち着いていき、その先に赤い影がぽつんと現れる。
「ここが新入生用のエリア。その中でも君と相性のいいマシン......」
「え、いきなり?でも英語いっぱいの名前覚えきれないかもだし……」
「名前を覚えなくてもいいよ。見たら、これだってのが分かるはずだから」
そう言ってリアがシャッターの奥を指す。
そこにいた。
照明を浴びて、深い赤が揺れる。
ただの赤じゃない。光の角度で黒にも金にも見える、不思議な赤。
「え、きれい……」
車体番号は28。
低く構えたボディ。丸い目。ほんの少しだけ猫みたいな顔。
「RX-8。FRの6速車。君には一番扱いやすいかな」
「あーるえっくすえいと?」
「そうRX-8。君にピッタリでしょ?」
「うん!3文字だし覚えやすい!」
「BRZも3文字だよ?……」
リアが疲れたのかため息を吐くと、はるかは近づいてボンネットにそっと触れる。
金属なのに、ほんの少しあったかいように感じた。
「なんか……この子、名前つけたい……。
赤いし……えっと……ソウルレッドだったっけ……?」
「うん。メーカー純正色だ。」
「じゃあ……ソウルちゃんだ!
わぁ!、かわいい!すきぃ!ソウルちゃん、今日からよろしくね!」
はるかの謎の発言にリアはぽかんとした
そのあと、ふっと笑った。
「……君らしくていいね。
その名前、似合ってるよ。」
ガレージの奥。ほのかが90スープラの横で腕を組んでいた。
その姿を見て、小さくため息をつく女がいた。
(……名前?車に?。ほんと、あの子は……でも、悪くはないじゃん。けど、次は負けないから)
はるかはまだ知らない。
この赤い相棒との出会いが、自分の人生を一気に加速させることを。
ソウルちゃんの赤が、ガレージの光の中で静かに煌めいた。
峠のDH
サーキットとは違う、狭くて逃げ場のない道で、
彼女は何を感じるのか。
速さだけじゃ勝てない。
経験だけでも足りない。
そして現れる、
去年の全国決勝で因縁のある少女。
エンジン音が重なるとき、
この物語は「レース」から「物語」へ変わっていく。
次回、【初めてのDH】
お楽しみに。




