034
クロは、
まるで全身の力を吸い取られたような感覚のまま――
翌朝、目を覚ました。
「……?」
柔らかい寝台。
天井は高く、彫刻の施された梁が走っている。
身体を起こそうとして、
クロは一瞬、息を呑んだ。
「……痛く、ない?」
昨日まで、
全身を焼かれ、打ち砕かれ、
立つことすら困難だった身体。
だが――
傷が、ひとつも残っていなかった。
肌は滑らかで、
骨の違和感も、筋肉の裂ける感覚もない。
(……師匠、だよな)
ゆっくりと立ち上がり、
クロは窓へと歩いた。
そして――
「……は?」
思わず、声が漏れる。
窓の外に広がっていたのは、
想像を完全に超えた世界だった。
果てが見えないほど続く街並み。
幾重にも連なる屋根。
赤と金を基調にした建築群。
巨大な塔が、
空を突き刺すように立ち並び、
その間を――
無数の人々が流れるように行き交っている。
馬車。
機械式の荷運び装置。
空を横切る符文付きの飛翔具。
市場は轟音を上げ、
商人の声が重なり合い、
香辛料と鉄と魔力の匂いが混じり合う。
「……世界が……でかいんじゃない」
クロは、震える声で呟いた。
「この国が……でかすぎるんだ」
繁栄。
秩序。
力。
すべてが、圧倒的だった。
その時――
背後で扉が開いた。
「起きてたか」
振り向くと、
そこにはいつも通りのアカリが立っていた。
「朝だ。食え」
「そのあと、出るぞ」
卓には、
見たことのない料理が並んでいた。
蒸気を立てる包み料理。
香ばしい焼き肉。
透明なスープに浮かぶ薬草。
クロは無言で食べながら、
ようやく口を開いた。
「……ここ、どこだよ」
アカリは、あっさり答える。
「中州連邦だ」
「世界第三位の国土」
「人口、軍事、経済――全部トップクラス」
クロは箸を止めた。
「……昨日の艦隊も?」
「正規海軍だ」
「侵入者は即排除。例外なし」
食後、
二人は街へ出た。
通りはさらに広く、
石畳には幾何学模様の魔法陣が刻まれている。
そして――
クロは、再び立ち止まった。
「……なあ、師匠」
「今度は何だ」
「……あれ、何?」
目の前を走っていたのは――
長大な金属の箱。
規則正しく連結され、
軌道の上を滑るように進んでいく。
人々が乗り込み、
扉が閉まり、
低い振動音と共に、街の奥へ消えていく。
アカリは、どこか楽しそうに言った。
「地下霊導列車だ」
「電力と魔力を併用してる」
「この国じゃ、移動の基本だ」
クロは、完全に言葉を失っていた。
「……国が……未来すぎる……」
アカリは肩をすくめる。
「歴史が長い国はな」
「積み重ねが違う」
そして、
意味深に続けた。
「だからこそ――」
「この国は、強い」
「敵に回すと、厄介だ」
クロは、
走り去る列車を見つめながら、
胸の奥が静かに高鳴るのを感じていた。
(……俺は、こんな場所で)
(……生き残れるのか?)
だが同時に――
確かに、思っていた。
もっと強くなりたい。
この国で、
この世界で。
――続く。




