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032

五日間――

海の上で過ごした時間は、思っていた以上に早く過ぎ去った。


航海の合間に行う修練、そしてアカリが語る数々の物語。

それらはクロにとって、退屈とは程遠いものだった。


滅びた国。

神話級の魔獣。

血と裏切りに満ちた戦場。


だが――

どれほど語っても、アカリ自身の正体だけは決して語られなかった。


彼が何者なのか。

なぜあれほどの力を持つのか。


クロは何度も聞こうとしたが、そのたびにアカリは話題を逸らした。


そして五日目。


水平線の色が変わった。

海は不自然なほど静まり返り、空気が張り詰める。


次の瞬間――

巨大な影が、クロたちの前に立ちはだかった。


それは一隻の軍艦だった。


黒鉄に覆われた船体。

整列した砲門。

船体中央には、古い紋章が刻まれている。


――シネス帝国。


深い歴史と圧倒的な軍事力を誇る、世界屈指の大国。


魔導拡声器を通した低い声が、海上に響いた。


「こちらはシネス帝国海軍。

貴船は領海への不法侵入を確認した。

直ちに停止し、身分を明かせ」


クロの背筋に、緊張が走る。


だが――

その隣で、アカリは驚くほど落ち着いていた。


彼はゆっくりと船縁に腰を下ろし、一本の笛を取り出す。


そして――笛を吹いた。


場違いなほど静かな音色。

砲身に囲まれた状況とは思えないほど、穏やかな旋律。


やがて、アカリは笛を止めた。


クロを見ることなく、淡々と告げる。


「行け」


それだけだった。


続けて、かすかに笑う。


「証明しろ。

――お前が“強者”だということをな」


クロは理解した。


交渉はない。

逃げ道もない。

そして――アカリは手を出さない。


一人でやれ、ということだ。


クロは船首へと歩み出る。

木製の甲板が、重く軋んだ。


(なるほどな……)


(この男の隣に立つ資格を試されている、か)


次の瞬間――


ドンッ!!


クロが甲板を踏み抜く。

空気が爆ぜ、背後の海面が大きく沈み込んだ。


姿が消えたかと思うと――

次の瞬間、クロは海面の上に立っていた。


否、浮いていた。


重力すら拒絶するかのように。


彼の放つ圧が、波紋のように広がる。


シネス海軍の兵士たちが、息を呑んだ。


「……浮いてる?」

「馬鹿な……」


クロの視線が、軍艦を貫く。


その眼は、もはや少年のものではなかった。


遥か後方――

小さな船の上で、アカリは笛を指で転がしながら、その様子を眺めている。


まるで――

結末を知っている観客のように。


まだ誰も知らない。


その男が――

かつて一国を背負った亡国の王子であることを。


そしてこの遭遇が、

世界を揺るがす出来事の序章に過ぎないことを。


――章、完。

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