031
「折れた角、捨てられた王冠」
アカリの予想は、すべて正しかった。
ユニコーンという種族の魔力の核は、心臓でも、翼でもない。
それは――額に生えた一本の角。
その角は、ただの武器ではなかった。
長い年月の中で、無数の魔物や精霊、さらには人間からさえも
魔力を吸い続けてきた“器”。
だからこそ。
その角が砕けた瞬間、
蓄積されたすべての魔力は――持ち主へと逆流する。
アカリは、それを理解していた。
最初から、
正面から打ち勝つつもりなどなかった。
長期戦になれば、負ける。
力比べでも、勝てない。
ならば――
命を賭けて、一瞬で終わらせる。
それしかなかった。
ユニコーンが突進する。
巨大な角が、一直線にアカリの腹部へ――
避けなかった。
逃げなかった。
アカリは、あえて受け止めた。
ズブリ、と鈍い音と共に、
角が腹を貫く。
内臓が裂け、
血が噴き出し、
視界が一瞬で白く染まる。
激痛。
呼吸が乱れ、
意識が遠のく。
それでも――
アカリは、角を掴んだ。
魔力を使わない。
重力も、炎も、雷も使わない。
ただ、
生身の肉体だけ。
全身の筋肉を極限まで収縮させ、
骨が悲鳴を上げるほどの力で、
両手に角を食い込ませる。
なぜなら――
魔力では、この角は壊せない。
壊せるのは、魔力を持たぬ“純粋な肉体”だけ。
「……散々、吸い続けてきたんだろ」
血を吐きながら、アカリは呟く。
「なら……」
「今度は、全部飲み込め」
バキィッ――!!!
乾いた破裂音。
角は、根元から完全に砕け散った。
その瞬間。
角に蓄積されていた莫大な魔力が、
制御を失い、
一気にユニコーンの体内へ逆流する。
――咆哮。
それは痛みではない。
己の力に、内側から破壊される絶望の叫び。
血管が膨張し、
魔力が皮膚を突き破り、
肉体が耐えきれず崩壊していく。
数秒後。
伝説の魔獣は、
地に伏した。
アカリもまた、膝をつく。
全身が血に染まり、
呼吸すらままならない。
倒れ伏した大地の上で、
彼の脳裏に、ひとつの光景がよみがえった。
白い城壁。
黄金の天井。
王座。
玉座に座る王と王妃。
――そして、王冠。
アカリは、静かに目を閉じる。
長い間、
心の奥底に封じ込めていた真実を、
ついに認めた。
彼は、ただの冒険者ではない。
彼は、放浪者でも、孤児でもない。
アカリ・レグナス。
かつて、
一国の王子だった存在。
王冠を捨て、
王宮を捨て、
地位も名誉もすべて捨てて、
彼は“戦場”を選んだ。
なぜなら、
彼は知っていたからだ。
王冠は、弱者を守らない。
守るのは、圧倒的な力だけだ。
これ以上、
誰も失わないために。
彼は、剣を取った。
夜の森の中で、
血に染まったまま立ち上がり、
砕けた角を見下ろしながら、
アカリは静かに呟いた。
「……俺に、王冠はいらない」
「必要なのは――」
「誰も奪わせない力だけだ」
その背中は、
王子でも、英雄でもなく。
ただ、
修羅の道を選んだ男のものだった。




