030
「折れた角、残った意志」
誰も、退かない。
誰も、迷わない。
理性など――
とっくに砕け散っていた。
森はすでに原形を留めていなかった。
木々は引き裂かれ、地面は沈み込み、
空気には血と焼け焦げた魔力の匂いが充満している。
アカリが踏み込む。
技ではない。
策でもない。
――純粋な意志だけで。
彼の周囲で重力が歪み、
大地が悲鳴を上げる。
六百キロの圧が、
一体のユニコーンへと集中して叩きつけられた。
ユニコーンは吼える。
筋肉を隆起させ、四肢を地面に突き立て、
圧力に正面から耐えた。
「……耐える、か」
アカリの口から血が零れる。
次の瞬間――
巨大な翼が振り抜かれた。
衝撃波。
アカリの身体が弾き飛ばされ、
岩に叩きつけられる。
骨が砕ける音。
岩は粉々になり、
アカリは地面を転がった。
視界が揺れる。
だが、ユニコーンは止まらない。
頭を低く下げ、
角を突き出したまま突進してくる。
「……っ!」
アカリは間一髪で転がり、
腹部をかすめる。
皮膚が裂け、血が飛び散った。
立ち上がる。
足元に炎。
腕に雷。
不安定な魔力が集まり、
雷の刀が形成される。
「……一撃でいい」
「傷を――一つ」
雄叫びと共に、斬りかかった。
――キィン!!!
角が正面から受け止める。
雷は吸い取られ、
剣は光の粒子となって崩壊した。
アカリの目が見開かれる。
次の瞬間、
ユニコーンが翼を大きく広げ――
空へ。
嫌な予感。
重力を維持したままでも、
それは構わず高度を取る。
そして――
落下。
逃げ場はない。
ドンッ――!!
角が、
アカリの腹部を貫いた。
「――――ッッッ!!!」
叫びは、夜を裂いた。
身体が宙に浮き、
内臓が押し潰され、
血が滝のように溢れる。
意識が遠のく。
だが――
掴んだ。
両腕で、
その角を強く抱き締めた。
「……終わらせない……」
声は掠れ、
血が喉を塞ぐ。
重力が、極限まで圧縮される。
範囲はない。
調整もない。
ただ一点――
この角だけ。
筋肉が裂け、
骨が軋み、
腱が悲鳴を上げる。
ユニコーンは暴れ、
首を振り、
アカリを振り落とそうとする。
それでも――
アカリは、離さない。
「お前のせいで……」
「俺の仲間は……死んだ」
歯を食いしばり、
全存在を込めて――
力を、叩きつけた。
――――バキィッ。
雷鳴のような音。
角が、折れた。
魔力が暴発し、
ユニコーンは絶叫と共に地面へ墜落する。
アカリもまた、
血塗れのまま落下した。
森に、静寂が戻る。
彼は倒れたまま動かない。
だが――
折れた角を握る指は、
まだ、力を失っていなかった。
胸が、かすかに上下する。
その夜、
森からユニコーンは消えた。
残ったのは――
生き残った者、ただ一人。
それでいい。
それが、アカリの答えだった。




