029
――十年前。
言葉は要らなかった。
探り合いも、躊躇もない。
二人は――
同時に、互いへと突進した。
アカリは理解していた。
目の前に立つこのユニコーンもまた、自分と同じほど深い憎しみを抱いていることを。
かつて――
アカリとその兄弟は、一頭のユニコーンを殺した。
それは、この個体にとっての血を分けた同胞だった。
轟音と共に、
ユニコーンは咆哮し、頭頂の角を一直線に突き出す。
神話の槍のごとき一撃が、アカリの心臓を狙った。
アカリはわずかに身をずらし、
その刹那――
全力の拳を叩き込む。
その拳は、
二か月前であれば三軒の家を吹き飛ばす威力を誇っていた。
だが――
ユニコーンは、微動だにしなかった。
まるで、
不滅の壁を殴ったかのように。
その圧倒的な差に、
アカリの心は一瞬、凍りつく。
――だが、動揺はない。
彼は、この種を調べ尽くしていた。
・外皮と装甲はほぼ貫通不可能
・肉体強度は人間を遥かに凌ぐ
・しかし――
他の神話級魔獣と違い、毒への耐性が極端に低い
倒すには、
まず傷を与えるしかない。
アカリは歯を食いしばった。
次の瞬間、
空間そのものが軋む。
――重力操作。
通常、アカリの重力術式は
半径三メートル、圧力は約三百キロ。
だが今日――
彼は範囲を一点に収束させた。
半径一メートル。
圧力は――
六百キロ。
大地が軋み、空気が歪む。
重力の位置を常に制御するこの術は、
莫大な魔力を消費し、集中力も削られる。
それでも――
ユニコーンは、倒れない。
一歩も、沈まない。
アカリは理解する。
長期戦は、死を意味する。
伝説級の怪物と体力勝負など、論外だ。
その瞬間――
アカリの手に、
全長二メートルの刀が顕現する。
刃は純粋な雷で構成されていた。
さらに――
炎を重ねる。
雷と炎。
世界でも使いこなす者がほとんど存在しない複合属性。
そして同時に維持される――
・重力
・炎
・雷
三属性同時制御。
それだけでも異常だが、
アカリはさらに異端だった。
彼は多属性適性者。
だが――
生まれつきの術式を持たない。
天才ではない。
才能に恵まれた存在でもない。
だからこそ――
修練だけで、ここまで来た。
「――斬る」
空間を裂く一撃。
ユニコーンは角で受け止めた。
その瞬間――
角が雷を吸収する。
刀は崩壊し、
雷は霧散した。
次の刹那――
ユニコーンは巨大な翼を広げ、
空高く舞い上がる。
アカリの表情が凍る。
――最悪の展開。
重力は、
六百キロのまま維持されている。
それでも――
奴は、飛んだ。
空を覆う巨影。
地上に立つアカリは、荒く息をつきながら空を仰ぐ。
この戦いは――
まだ、始まったばかりだった。




