028
アカリの予想は、正しかった。
――それは幼体だった。
まだ力は弱く、本能も未熟。
必死に暴れ、逃れようとするが、
その身体はアカリの放つ圧倒的な圧力に完全に抑え込まれていた。
空気が歪み、
幼いユニコーンの呼吸は乱れ、
恐怖だけが瞳に浮かんでいる。
アカリは、静かにそれを見下ろした。
「……お前は、まだ殺す価値もない」
冷たい言葉とは裏腹に、
彼は手を伸ばした。
淡い光が広がり、
回復魔法が幼体の身体を包み込む。
先ほどの制圧で生じた傷が、ゆっくりと塞がっていく。
慈悲ではない。
許しでもない。
――幼い命に、過去の因縁を背負わせる気はなかった。
だが、アカリは知っている。
ユニコーンは、決して子を見捨てない。
「……今夜、来るな」
彼は眠らなかった。
眠れるはずがなかった。
一瞬でも気を抜けば、
闇の中からあの獣に喉を引き裂かれる。
アカリは森の奥、一本の大木にもたれ、
幼体の隣に座ったまま、微動だにしない。
幼体は圧力によって完全に抑え込まれ、
ただ震えながら息をしている。
時間は、異様なほどゆっくりと流れた。
そして――深夜。
アカリは、すでに決めていた。
来たなら、今度は――
俺が支配する。
その瞬間。
森の奥から、
凄まじい気配が一直線に突き抜けてきた。
ドン――!
地面が震え、
木々がざわめき、
鳥たちが悲鳴を上げて飛び立つ。
アカリは立ち上がらない。
ただ、静かに待っていた。
重い足音が近づく。
一歩ごとに、
大地が軋む。
そのとき――
幼いユニコーンが、甲高く鳴いた。
恐怖ではない。
それは、
父の気配を感じ取った声だった。
そして――
闇の中から、
巨大な影が姿を現す。
全高二・五メートルを超える、
異様な体躯。
赤く濁った瞳。
抑えきれない殺気。
その姿を見た瞬間、
アカリは確信した。
「……やはり、お前か」
獣の脇腹には、
**大きな“×字の傷跡”**が刻まれていた。
アカリの胸が、わずかに締め付けられる。
――それは、十年前。
彼の親友が命を懸けて刻んだ傷だった。
自分を救うために。
その代償として、命を失った友の――証。
アカリは、静かに息を吐いた。
恐怖ではない。
怒りでもない。
そこにあったのは、
冷え切った決意だけだった。
「……そうか」
彼は、手を上げる。
圧力が、一気に増幅する。
幼体は抵抗する間もなく、
意識を失った。
アカリは、それを望んだ。
――自分の父が死ぬ光景を、
この子に見せるつもりはない。
視線を上げる。
闇の中で睨み合う、二つの存在。
一方は、
人を殺し、生き延びてきた獣。
もう一方は、
生き残った人間。
「……今夜で終わりだ」
この夜、
森を出られるのは――ただ一人。




