【マリー視点】昼/殿下一時帰還
正午の鐘が鳴り終わる頃。
マリーは来客用の小卓に軽食を整えながら、内心で段取りを組んでいた。
殿下は昼の政務が立て込む日だ。
戻られるとしても夕刻。
だから、この時間帯は穏やかで、セシリア様の休息に最適……の、はずだった。
廊下の向こうから足音が聞こえる。
それほど複数ではない。護衛の気配も最小限。
(ん? 誰……?)
扉の前で足音が止まる。
ノックは三度。迷いのない間隔。
マリーは一瞬、時刻を確認した。
合っている。昼だ。錯覚ではない。
「失礼する」
聞き慣れた低い声に、マリーの動きが完全に止まった。
は? ……殿下?
扉が開き、入室されたのは間違いなくラスティエル殿下だった。
装いはきちんとしている。外套も整っている。
つまり――
(仕事、ちゃんと終わらせて来たの……!?)
マリーは反射で一礼したが、頭は完全に真っ白だった。
(え、え、え、昼ですよ!? 今、戻る!? しかもこの顔……)
殿下の表情は穏やかだ。どこか軽やかにも感じる。
仕事を片付けた人間特有の余裕と軽さ。
視線は入室した瞬間から一度も迷わず、部屋の奥――セシリア様の方を向いている。
「セシリア、少し時間ができた」
少し、という言葉を使うところがもう……。
セシリア様が顔を上げる。
その瞬間、殿下の肩の力がほんのわずかに抜けた。
(あ、これ……会えたから力抜けちゃうやつ〜〜……)
マリーは悟った。
殿下はセシリア様の補給に戻ってきたんだ。
「お昼は……?」
「向こうで済ませた。君の顔を見てから、戻る」
業務効率の化身か。
マリーの脳内で、理性と推し心が激しくせめぎ合う。
表情は完璧な侍女の顔を保っているが、内心は大混乱。
(仕事を終わらせて戻ってきて、顔を見て、また戻る予定!?
なにそれ、王太子の正しい使い方ですか!?)
殿下はセシリア様の前に立った。
触れたそうにしているけど、周囲の目があることを考え、敢えて触れるようなことはしない。
「無理はしていないか」
「大丈夫です。マリーがいてくれますから」
その一言に、マリーは心の中で敬礼した。
(ありがとうございます……今の私は壁です……ただの壁……)
殿下は短く頷くと、セシリア様の手元に視線を落とした。
そこに置かれた書類や、読みかけの本を一瞥する。
「……午後も静かに過ごして。
夕方には戻れないかもしれない」
「はい、分かりました」
返事を聞いて、殿下は満足そうに息を吐いた。
それから一歩、セシリア様に近づくと、声を落とし、
マリーにも聞こえない角度で何かを伝えている。
セシリア様の表情がわずかに緩む。
(はい優勝……昼休憩で溺愛補充……午後の政務がますます捗るやつ)
殿下は名残惜しさを隠すでもなく、元の立ち位置に戻った。
「行ってくる」
「はい、いってらっしゃいませ」
そのやり取りだけで、十分すぎた。
扉が閉まり、足音が遠ざかる。
完全に静かになった部屋で、マリーはわずか数秒、動けなかった。
短時間での推しカプ供給。
絶句以外の言葉が浮かばない。
ようやく息を整え、振り返る。
「……殿下は本当にお忙しいのですね」
「ええ、そうね」
セシリア様は穏やかに微笑んでいる。
(忙しい、の概念が違う……これはもう……
離れている時間を最短化しているだけじゃん……)
マリーは確信をもって思った。
溺愛がスケジュール管理に組み込まれている。
(強い……王太子殿下……強すぎる……)
内心で深く頷きながら、マリーは次の仕事に取りかかった。
――今日も推しカプは、王国運営と並行して順調でございます。
◇
◇
◇
よければまた読みに来てあげてください(*'▽')




