【テオドール視点】半歩後ろから呼吸と視線を読むお仕事
本編でラスティエルは側近を呼んだとなってますが、あの時点では側近候補でした。
王太子補佐として殿下の背後に立つようになってから、
私は何度も、同じ場面を思い返す。
あの時、自分は何を見て、どう判断し、どう動いたのか。
正式に側近となった直後、胸にあったのは達成感ではなく、
むしろ納得に近い何かだった。
だが、その理由をはっきりと言葉にできるようになったのは、
ずっと後になってからだ。
側近候補だった頃。
殿下との間には、常に一本の線が引かれていた。
仕事は任される。
だが、理由までは語られることはない。
判断を求められても、その先にある意図までは共有されない。
不信、ではなく、踏み込まないと互いに自然と成り立った距離だ。
だからこそ、あの学園サロンでの出来事は決定的だった。
あの瞬間の空気を、今でもはっきりと思い出せる。
学園の高位貴族専用サロン。
天井の高い室内に、午後の光が斜めに差し込み、磨き上げられた床に淡く反射していた。
人の数は多くないはずなのに、どこか息苦しい。
声を潜めた談笑と、衣擦れの音が重なり、空気だけが微妙に重くなっていた。
私は、殿下の斜め後ろに立っていた。
ほんの半歩。
近すぎず、離れすぎず、いつでも動ける位置を維持する。
視線は自然と、殿下の横顔に向く。
表情はいつも通り穏やかだ。
呼吸が違うことに気づいた。
殿下の吐く息が、わずかに深い?
何だ? 何かあるのか。
殿下の眉がほんの少しだけ動いた。
さっと周囲に目を走らせる。
視線の先にあるのは、扉から離れた位置にある、前方中央の席。
本来、セシリア様が使うはずの場所だ。
その席をエリィ・フェルゼンに勧めて誘おうとする四人の姿が目に入った。
遠慮する令嬢をニヤけた顔で囲う彼らは
先を見通す目を持っていないのだ。
彼らの顔と名を記憶しておく。
あの手の人間を殿下の側に置くことは出来ない。
セシリア様のために殿下が特別製の椅子を用意された場所。
殿下が彼らを正面から止めるとするなら、殿下は場を荒らさない言葉を選ぶ。
だが、その選択は、必ずセシリア様に余計な気遣いをさせる。
殿下は、それを良しとしない。
だから、殿下に呼ばれた瞬間に私はもう理解していた。
短い言葉、説明など一切なく迷う余地すらなかった。
私は踵を返し、侍従を伴って動く。
足音を立てないよう注意しながら、午後の廊下を進む。
頭の中では、椅子の配置と人数、それに伴う導線を一気に組み立てていた。
ここで私が行動を間違えれば、殿下を前に出すことになる。
それだけは避けなければならない。
人を集める。
椅子を運ばせる。
数を増やし、構造そのものを変える。
特別扱いが成立しない状況を、意図的に作る。
サロンに戻った時、空気はすでに変わり始めていた。
椅子が並び、視線が分散し、先ほどまでの歪んだ集中が薄れていく。
殿下が歩み出る。
四人の前に立ち、穏やかな声で何かを告げる。
私は、その声の調子だけを聞いていた。言葉の内容ではない。
声の高さ、話す速度と間。
……公的な立場と私情、その一線は踏み越えていない。
王太子として殿下は感情で動いていない。
それがはっきりと分かる。
安堵と同時に、背筋に冷たいものが走る。
もし、私が一手遅れていたら。
殿下は迷いなく、別の選択をしただろう。
やがて、椅子で埋め尽くされたサロンに、
セシリア様が足を踏み入れた、その一瞬。
殿下の視線が、真っすぐに、迷いなく彼女を捉える。
私は無意識に、指先に力を込めていた。
殿下は笑みを崩さない。
声も、平常通りだ。
殿下がセシリア様に歩み寄り、そっと席へ導く。
隣り合って腰を下ろした。
喧噪の中で二人の周囲だけが、不思議なほど静かだった。
――ああ。
あの時、殿下はもう、守るものを決めていたのだ。
正式に側近となり殿下を支えることが当たり前となった今でも、
あの張り詰めた空気をはっきりと覚えている。
もしあの時、迷って動きが遅れれば、私は今この場所に居なかっただろう。
◇
◇
◇
ラスはセシリアに条件反射で視線向けて、テオはラスに条件反射。
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