エピローグ
あの夜会から二週間が経ちました。
わたくしの日常は、予想以上に……いえ、予想を遥かに超えて変化しました。
ある日の午後、ラスティエルさまがわたくしの部屋を訪ねてこられました。
「セシリア、これを」
差し出されたのは、美しい装丁の本でした。
深い青色の革表紙に、銀の箔押しで繊細な模様が施されています。
ページを開くと、見覚えのある詩が並んでいました。
それは、わたくしが公爵家に戻っている間にラスティエルさまが手紙で送ってくださった、
下書き状態だった詩集でした。
「ちゃんと編纂して製本したんだ」
少し照れたように微笑んだラスティエルさまの穏やかな表情に
わたくしの胸に嬉しさと愛おしさが満ちていきます。
同時に、殿下の心の奥底が綴られた詩を読むのだと思うと、少しだけ恥ずかしいような、
照れくさいような気持ちも湧いてきました。
まるで、殿下の秘密を覗き見るような……頬が少し熱くなるのを感じながら、
わたくしはそっとページを開きました。
一つ一つの詩を読み進めると、そこには様々な感情が綴られていました。
喜び、悲しみ、怒り、そして——愛。
「ラスティエルさま、ありがとうございます」
「気に入ってくれたなら良かった」
殿下はまた嬉しそうに微笑まれました。
それから三日後——
「セシリア、これも」
また、本を差し出されました。
今度は淡い紫色の表紙です。
「……また、ですか?」
「ああ。あの夜会の後に書いた。君が俺の名を呼んでくれた、
あの瞬間から溢れ出た想いをどうしても形にしたくて」
ページを開くと、そこには情熱的な詩が並んでいました。
再会の喜び、愛おしさ、永遠を誓う言葉——
顔が熱くなるような、真っ直ぐな愛の言葉が綴られています。
「あの、これは……」
「俺の本心だ」
真剣な眼差しで言われて、わたくしは熱い頬を冷ます方法を考えながら
俯いて本を抱きしめてしまいました。
そして、さらに一週間後——
三冊目を手渡され、わたくしは困惑しました。
ペースが速くないでしょうか……。えっ? もしかして週刊ですの?
日刊よりはましでしょうか。
置き場所、どうしましょう。
壁際に控えているマリーが遠い目をしています。
ちなみに、今度は真紅の表紙でした。
◇
社交界でも、ラスティエルさまの変化は顕著でした。
とある夜会で、まだ若い伯爵がわたくしに話しかけてこられました。
「リヒトヴェルト公爵令嬢、お美しい……よければ、わたしと」
その瞬間、すっとラスティエルさまが間に割って入られました。
「彼女は俺の婚約者だ。何か用か?」
冷ややかな声音に、伯爵は慌てて退散されました。
あ、テオドール様がにこやかに伯爵の後を追っていますが……。
殿下? 何をお命じになったのですか!?
「ラスティエルさま、あまり怖い事をなさらないでくださいね」
「……何もしてない」
殿下はさりげなく視線を逸らし、ぽそりとおっしゃいました。
わたくしの目を見ておっしゃってくださいますか!?
「本当ですの? 先ほどとても怖いお顔でした」
「俺以外の男が近づくのは許せない」
そう言って、殿下はわたくしの手を取られました。
「今夜のダンスは全て俺のものだ。誰にも渡さない」
その宣言通り、その夜わたくしは他の誰ともダンスをすることはありませんでした。
仕方のないラスティエルさま。
◇
そして、極め付けは昨日のことです。
庭園を散策していたとき、ふと目についた薔薇があまりにも見事に咲き誇っていて
わたくしは思わず感嘆の声を漏らしました。
「あの薔薇は本当に美しく咲いていますわね」
それだけです。
それだけだったのに。
翌日、庭園の一角が全てその薔薇で埋め尽くされていました。
「ラスティエルさま、これは……」
「気に入ったようだったから。もっと近くで見られるようにと思ってな」
「一角全て、ですか……?」
「ああ。セシリアが喜んでくれるなら、庭園全てをその薔薇にしてもいい」
「それは、さすがに……」
庭師たちの苦労を思うと、わたくしは慌てて止めました。
破滅フラグは回避できました。
悪役令嬢の運命からも逃れられました。
でも——
やっぱり破滅より、王子の溺愛の方が脅威なんですが!?
【完】




