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破滅より王子の溺愛が脅威なんですが!?  作者: ささい


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16/22

【ラスティエル視点】無理だ。しんどい。かわいくてしんどい。


セシリアが王宮を離れてから、三週間が経とうとしていた。


三週間。

たった三週間だ。

だが、俺にとっては永遠のように長かった。


薄曇りの午後、執務室の空気はひどく静かだった。

紙束に視線を落としても、集中できるはずがない。


扉が叩かれ、テオドールが入室する。


「殿下、調査結果がまとまりました」


分厚い書類の束が机に置かれ、鈍い音が響いた。


「……全部か?」


「はい。噂を流した使用人の特定、買収の証拠、

 アルフレイド・レグナント、エドウィン・アレシュフォード、リシャール・エルロイ、

 三名の動きの詳細、全てです」


ページを捲る指が止まる。

下級使用人への金銭の授受、噂を広める組織的な動き、

貴族たちへの根回しの記録。

黒々とした事実が容赦なく紙面を埋めていた。


「……よくやった、テオ」


「ありがとうございます。それから、もう一つ」


「何だ?」


「セシリア様から連絡が。証言を十分に集められたと。

 あと二日で王宮に到着されるそうです」


その一言で、胸がぐっと震えた。

ああ、会いたい。早く。



「……やっとか」


「はい」


思わず立ち上がると、椅子の脚が軽く軋んだ。


「テオ、セシリアのために舞台を整えておけ」


「承知しました」


窓辺に歩み寄り、王都を見下ろす。

遠くの鐘の音がかすかに響く。

ようやく、本当にようやく、止まっていた時間が動き出す気がした。




二日後。


夜会の広間は、華やかな装いの者たちと音楽で彩られていた。

だが、俺の意識は別の一点にしか向いていない。


「殿下、すべて不足なく整いました」


テオの普段揺れない声音にも緊張が滲んでいた。


「ああ。良い舞台だ」


会場を見回す。


レヴィーナ王女は会場の中央で楽しそうにしている。

その周囲にはアルフレイド、エドウィン、リシャール。

セルヴァンとフェルミオも控えめに立っていた。



完璧だ。

あとは主役が来るだけ。


夜会のざわめきが波のように広がっていく。


扉が開いた。


「セシリア・フォン・リヒトヴェルト様、ご到着です」


その一言で、胸が一気に熱を帯びた。

視線を向けると、銀の光がゆっくりと歩み入る。


……綺麗だ。


三週間ぶりの姿に息が止まりそうになる。

翡翠の瞳はまっすぐで、背筋はすっと伸びて、薄紫のドレスがよく似合っていた。


俺は無意識に歩き出していた。

気づけばセシリアの前に立ち、その手を取る。


指先の温度が、やわらかくて、ほっとして、

ああ、これだ。ようやく呼吸が戻る。


セシリアが驚いた顔を上げる。


その表情があまりに愛しくて、

返事より先に感情があふれ、

指が自然と彼女の手に絡んでしまう。


抱きしめたい。離したくない。

かわいい……ああ、かわいい。

理性が溶けそうになるのに必死に抗う。

まだ気を抜くわけにはいかない。


「こちらへ。君の隣に居させてほしい」


俺が導くと、セシリアは静かに頷いた。


そして広間の中央へ。


その瞬間――

俺が断罪を宣言しようとした、その直前。


セシリアが俺の手を、そっと押さえた。


「殿下。……ここからは、わたくしが」


小さく、けれど凛とした声だった。

きゅっと結んだ小さな唇。覚悟を決めた強い視線。

不安に揺れていた頃の面影はどこにもなかった。


うわ……だめだ。何だこれ。

尊すぎる。かわいい。強い視線もいい。すごい。

泣きそうなんだが。


頭の中で語彙がどろどろに溶けるのを感じながら、

俺は言葉を失ったままうなずくしかなかった。



セシリアが一歩だけ前に出る。


会場の視線が一斉に彼女へ向いた。


「本日は、王家のご厚意により、この場をお借りいたしました。

 セシリア・フォン・リヒトヴェルトより、皆様にお伝えすべきことがございます」


声は柔らかいのに、よく通り、不思議な静けさを伴っていた。

アルフレイド、エドウィン、リシャールの表情が硬直する。

セシリアは静かに続けた。


「まず、王宮内で広まった虚偽の噂について。

 その発端と指示を出した人物、金銭の流れ、

 使用人への強要と買収の記録。すべて揃っております」


書記官と共に控えていたテオドールが、セシリアの視線を受けて証拠を掲げる。

セシリアの声は冷静で少しも揺れていない。


「アルフレイド・レグナント様。

 エドウィン・アレシュフォード様。

 リシャール・エルロイ様。

 あなた方三名が主導し、王宮内の評判操作を行ったことは、

 証拠によって明らかです」


三名の顔色が一気に蒼白になる。


「ち、違――」


「……言い逃れは、おやめくださいませね」


柔らかい声なのに、刃のように鋭い。

会場の空気が一瞬で凍りついた。


「さらに、レヴィーナ王女殿下の善意を利用し、

 わたくしを王宮から追い出すための計画を立てたこと。

 これも証言にあります」


レヴィーナが震えた声で小さく「そんな……」と呟いた。

セシリアは王女を一瞥し、ただ悲しそうに目を伏せる。

その優しさが、逆に三名の胸を刺していく。


「わたくしは、あなた方の家名を貶めたいわけではございません。

 ただ。 誰かの未来を奪うために嘘を積み重ねる行為は、

 決してあってはならないものです」



俺は見惚れていた。

気品があって、優しくて、強くて……もう無理。

ほんとに惚れ直す。かわいい。すごい。かわいい。ああああ。


「すでに王家に提出済みの証拠に基づき、

 処遇については、王家の判断を仰ぎます」


セシリアがそう言って一歩下がった瞬間、

俺は深く息を吸い込んだ。


「……王家は、セシリアの告発および提出証拠に基づき、

 アルフレイド、エドウィン、リシャール三名に対し

 王宮からの永久追放を命じる」


会場がどよめいた。


「殿下! 我々は――」


「黙れ」


俺の声が響く。

怒りではなく、ただ事実を告げるだけの声で。


「名門であるならなおのこと、誇りを持て。

 卑劣な陰謀は許されない」


三名は崩れ落ち、近衛騎士に連れられて退出した。



その後。


「セルヴァン・オルディアス様、フェルミオ・レンベルド様。

 お二人は彼らの企みに直接加担してはいませんでした。

 ですが……疑念を抱きながら、目を背けられましたね。

 殿下のお側で働くあなた方が、最も犯してはならない罪だと、ご理解していらっしゃますか?」


セルヴァンが深く頭を下げた。


「……申し訳ございません」


「傍観は、時として加担よりも罪深いこともございます。

 どうか、今後の戒めとしてお心に刻んでくださいませ」


フェルミオの肩が震える。

彼の視線は真っすぐで、何も言えずに頷いた。


その姿を見つめながら、

俺はまたセシリアへ視線を戻す。


……優しい。

強いのに優しい。気高い。女神か。

かわいい。


無理だ。しんどい。かわいくてしんどい。


ようやく断罪が終わり、

セシリアが小さく息を吐いた、その瞬間。


気づけば俺は、セシリアを抱きしめていた。


小さくて、温かくて、いい匂いがして、

三週間ぶんの渇きを一気に自覚する。


会場から拍手が広がる。


視線を横に流し側近を目の端に捉える。

テオドールは「はぁ……」と組んでいた腕をほどきながら拍手していた。


もういい。テオは今はどうでもいい。


今はセシリアが近くにいる。俺の腕の中だ。

あったかい。

かわいい。

ちいさい。

かわいい。

かわいいかわいいかわいい。


彼女を抱き寄せながら、

ひとつだけ、どうしても言いたくなった。


「……おかえり、セシリア」


「……はい。ただいま戻りました。ラスティエルさま」



 

 

IQ下がりすぎてやばい。


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