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『伝説の剣も魔法もなし! 営業カバン片手に異世界営業、仲間は胡散臭い商人と肉食獣人少女!』  作者: じろう


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第27話 裏口入学(バックドア・リスティング)

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『帳簿記録:ゴミは嘘をつかない。……どれほど綺麗に飾られた決算書も、廃棄物置き場を見れば、その会社の「健康状態」がすべて分かる』

 ジジジ、ジジジジ……。

 不快な羽音のような振動が、腰の辺りを這い回る。

 俺は眉をひそめ、商人袋のポケットに手を突っ込んだ。

 指先に触れたのは、熱を帯びた硬い感触。

「……なんだ、これ」

 取り出したのは、以前『賢者の塔』から回収したものの、鑑定不能のガラクタと断定された「黒焦げのSOS魔導符」だった。

 ただの炭の塊だったはずのそれが、今は高熱を発し、激しく脈打っている。

「熱っ! ……おい、これヤバいぞ」

 隣で着替えを手伝っていたライルが、その異様な振動を見て顔をしかめた。

「通信か? 誰かが呼んでんのか?」

「いや、違う。……これは『共振』だ」

 俺は魔導符を強く握りしめた。

 これは、言葉ではない。もっと原始的で、物理的な現象だ。

 頭上の巨船から降り注ぐ、あの不快な気配。粗悪なインクによる魔力の不完全燃焼が、高周波のノイズとなってこの遺物を震わせているのだ。

 まるで、強力な電波障害ジャミングを受けて暴れる精密機器のように。

「……現場が、悲鳴を上げている」

 俺は天井――その向こうにある『アルカ浮遊魔導学院』を見上げた。

 焦げ付いた絶縁体の匂いがする気がした。

 かつての大手メーカーで、「リコール隠し」が発覚する直前の工場に漂っていた空気と同じだ。

「行くぞ、ライル。……中の人間(賢者)が焼き切れる前に、電源を落としに行く」

 一時間後。

 俺たちは、きらびやかな正門ではなく、船体後部にある薄暗い搬入口の前に立っていた。

 身にまとっているのは、油と煤で汚れた灰色の作業着。

 鼻を突くのは、生ゴミと廃棄オイルの腐った臭い。

 俺とライルは、急造した『廃棄物処理業者』の偽装通行証を首から下げ、重い手押し車を押していた。

「……よし。ミナの姿は見えないな」

 俺は小声で確認した。

 今回の変装作戦に、ミナは連れてきていない。

 彼女の獣耳と尻尾はこの作業着では隠しきれないし、何より彼女の鼻は敏感すぎる。この悪臭の中では気絶しかねない。

「ああ、あいつなら別ルートだ。『臭いけど、我慢して外壁の排気口から登る』ってよ。一番鼻が利くあいつが、外から『毒の元』を特定してくれる手はずだ」

「頼もしい限りだ。……じゃあ、俺たちは正面(裏口)から行くとしよう」

 俺たちは搬入口へと進んだ。

「……それにしても、よく出来た通行証だな。本物にしか見えない」

 俺が首から下げたプレートを感心して眺めると、ライルがニカっと笑った。

「ドゥランの仕事だ。あいつの指先は魔法みてぇだからな」

「ドゥラン? お前の知り合いか?」

「ああ。おいらと同じ、グランツ商会が運営する孤児院の出だよ」

 ライルは懐かしむように、だが少し複雑な目で巨船を見上げた。

「あそこの孤児院はただの施設じゃねぇ。商会の『裏仕事』を担う人材を育てる養成所だ。ドゥランは偽造工作を、おいらは……潜入や開錠、ものの価値を見抜く『盗賊技能スカウト』を叩き込まれた」

 俺は息を呑んだ。

 ライルの並外れた目利きや、裏社会への嗅覚。そのルーツが敵であるグランツ商会にあったとは。

「……おいらはある人との出会いで足抜けしたけどな。まあ、育ててもらった恩と技術には感謝してるさ。おかげでこうして、借金まみれの行商生活でも生き延びられてる」

 ライルは肩をすくめ、悪戯っぽく笑った。

「皮肉なもんだろ? 商会が教え込んでくれた『汚れ仕事』のスキルを使って、今から商会の喉元に食いつこうってんだからな」

 そう言うと、彼は顔つきを一変させた。

 気のいい相棒の顔から、気配を殺した「プロ」の顔へ。

「行くぞ、ケンジ。……演技とハッタリは、おいらの専門分野ホームだ」

 警備兵が槍を交差させて立ちはだかる。

 ライルが俺を遮り、一歩踏み出してドスの利いた声を上げた。

「あぁ? 下請けの『クリーン・スイーパーズ』だよ。今日は特別講義の後始末でゴミが増えるから、増員しろって言われたんだ。……ほら、通行証だ。早くしてくれねぇか? こっちは腐った廃液まみれで気が立ってんだよ」

 ライルは汚れた手押し車を、警備兵の方へ強引に押し出した。

 中身は、市場でかき集めた生ゴミとヘドロだ。強烈な悪臭が漂う。

「うっ、くせぇな……!」

 警備兵は顔をしかめ、鼻を片手で覆った。だが、その目は疑り深い光を宿したままだ。

「口頭確認だけじゃ通せねぇよ。……おい、これを出せ」

 彼がもう片方の手で腰から取り出したのは、掌サイズの水晶板――簡易型の『魔導スキャナー』だった。

 俺の心臓が早鐘を打つ。

 見た目は誤魔化せても、魔力波長データまではどうか。

「……チッ。早くしろよ」

 警備兵は嫌々ながら近づき、スキャナーを俺とライルの通行証にかざした。

 ブゥン……。

 低い駆動音が鳴り、一瞬の静寂が流れる。

 次の瞬間、水晶板が鮮やかな緑色に発光した。

 『認証完了:正規登録業者』

「……なんだ、本物か」

 警備兵がスキャナーを収める。

 俺は内心で冷や汗を拭った。すげぇ。見た目だけじゃない、魔力パターンまで完全にコピーしてやがる。ドゥランの技術は化け物か。

「よし、確認した。さっさと行け! ここに汚物を撒き散らすな!」

 彼はシッシッと手を振り、逃げるようにゲートを開けた。

 ライルがニヤリと口の端を吊り上げ、俺に目配せを送る。

 ガタゴトと車輪を鳴らし、俺たちは巨大な船の胎内へと滑り込んだ。

 ここが、最もセキュリティの甘い「信頼の隙間」。

 裏口入学バックドア・リスティングの成功だ。

 船内に入ると、そこは迷路のようなパイプラインと、巨大な集積コンテナが並ぶバックヤードだった。

 表の華やかさとは無縁の、薄暗く湿った空間。

 俺は周囲を警戒しながら、新調した商人袋――麻と革を重ねて縫い合わせた特注の頑丈な袋を肩から下ろした。

 そして、コンテナから溢れ出ている「廃棄物」の山に手を突っ込む。

「……おい、ケンジ。こいつを見てみろよ」

 ライルがコンテナの中から、一つの部品を拾い上げた。

 それは、複雑な幾何学模様が刻まれた水晶板の破片だった。

「こいつは『制御中枢』に使われる一級品の魔導回路だ。少しヒビが入ってるだけで捨ててやがる。……おいらが裏稼業にいた頃なら、こんなの直して闇市で売り捌けば、一ヶ月は遊んで暮らせたぜ」

「……ああ、その通りだ」

 俺はライルが拾った回路や、空になったインク瓶を次々と袋に放り込んだ。

 焦げた基盤。ひび割れた触媒。底にヘドロのような沈殿物が残った瓶。

 袋が、ずしりと重くなる。

 その重みを腕で感じた瞬間、俺の中で冷徹な計算機が弾き出された。

「……重すぎる」

 俺は袋の口を絞り、その感触を確かめた。

「歩留まり(イールド)が悪すぎる。……ライルが言う通りだ。本来なら修理して使えるはずの『準良品』まで、すべて廃棄されている。そして、その損失を埋めるために、さらに大量の粗悪品を作ってラインを回している」

 俺は一本の空瓶を振った。

 こびりついたインクの粘度が、正規のものより明らかに薄い。

「通常、これだけの廃棄が出るなら、生産ラインは止まるはずだ。だが、奴らは動かし続けている。……つまり、不良品の山を隠すために、『数』だけを合わせる粉飾工作を行っているんだ」

 これは、かつての営業時代に何度も見てきた光景だ。

 納期に追われた工場が、品質を無視してラインを暴走させ、結果として膨大な産業廃棄物を生み出す。

 その赤字ゴミの重みが、今この袋の中にある。

 ベルン教授たちは、「最高級」という看板の裏で、取り返しのつかない負債を積み上げている。

 このゴミの山こそが、動かぬ証拠だ。

 その時。

 コツ、コツ、と背後から軽い足音が近づいてきた。

「……そこで何をしているの?」

 警備兵ではない。鈴のような、少女の声。

 ライルが瞬時に反応し、音もなく俺の前に滑り出て身構えた。

 そこに立っていたのは、大きな丸眼鏡をかけ、自身の体ほどもある古書を抱えた小柄な女子学生だった。

 制服のデザインが他の学生と少し違う。転入生か?

 彼女は怯えたように俺たちを見ているが、その目は逃げていなかった。

「ここは廃棄区画よ。……あなたたち、ただの業者じゃないわね。その足音……全然聞こえなかった」

 ライルの気配を殺した動きを見抜いたか。

 ただの学生じゃない。

 ライルが警戒して身を低くするのを俺は制し、少女の顔をじっと観察した。

 (……ん? この顔立ち、どこかで……)

 栗色の癖っ毛に、少し垂れ気味の大きな瞳。そして何より、古書を我が子のように抱きしめるその仕草。

 王都で世話になった、あの生真面目な記録係セルドと瓜二つだ。

 ――そうか。

 あの時、セルドがあれほど必死になって、身を削ってまで守ろうとしていたもの。

 それが、この子の未来だったのか。

 俺は確信を持って、両手を上げながら問いかけた。

「怪しい者じゃない。……いや、怪しいが、敵じゃない。君は……『リア』さんだな?」

 その名前を呼んだ瞬間、少女の丸眼鏡の奥で瞳が大きく揺れた。

「えっ……なんで、私の名前……」

「兄貴にそっくりだ。……俺たちは王都で『記録係のセルド』に世話になった商人だ。その後、ノワルマルシュの商人ギルドに保護されたと聞いていたが……まさか、ここにいるとはな」

 兄の名前と、ギルドの話が出た瞬間、リアは抱えていた古書を強く抱きしめ、へなへなと安堵の息を吐いた。

「……お兄ちゃんの、知り合い?」

「ああ。彼と『記録』を守った仲間だ」

 リアは警戒を解き、涙ぐんだ目で俺たちを見た。

「……手紙で読んでたわ。変わった商人が、兄を助けてくれたって。……あなたがケンジさん?」

「そうだ。でも、どうしてここに? 王都のクレーヴァル学院にいたはずじゃ……」

「……ギルドの人たちが手配してくれたの。『ここは危ないから、もっと安全で設備の整った場所へ行きなさい』って。それで、このアルカ学院への編入が決まったの」

 なるほど、イレーネさんの采配か。

 王都の政争から遠ざけるために、動く要塞であるこの学院へ送り出したのか。

 俺が王都でセルドを助けた結果が、こうして巡り巡って、今ここに繋がったわけだ。

 リアは周囲を警戒しながら、手招きをした。

「こっちへ来て。ここじゃ巡回に見つかるわ」

 俺たちは古書の山が積まれた死角へと誘導された。

 リアは懐から、一枚の古びた羊皮紙を取り出し、俺に差し出した。

「これを使って。……図書館の整理中に出てきた、学院の『旧式メンテナンス通路』の地図よ。今の改築工事の図面には載っていない、忘れられた血管」

 俺は地図を受け取り、広げた。

 複雑に入り組んだ配管の隙間を縫うように、一本の細い線が最深部の『地下魔導炉』――おそらく賢者が幽閉されている場所へと繋がっている。

「ありがとう、リア。これで勝負ができる」

「ううん。……お兄ちゃんを助けてくれたお礼よ。それに……」

 リアは悲しげに、唸りを上げる天井のパイプを見上げた。

「……最近の学院、おかしいもの。本たちが泣いてる気がするの」

 彼女もまた、この船の悲鳴を感じ取っていたのだ。

 俺は地図を商人袋の奥にしまい、ベルトを締め直した。

 ルートは確定した。あとは走るだけだ。

 ――ゴォォォォォン……!

 突如、腹の底に響くような重低音が、船全体を揺らした。

 鐘の音だ。

 だが、それは授業の終わりを告げるような生易しいものではない。処刑の合図のような、重苦しい響き。

「……なっ!?」

 リアが顔面蒼白になり、壁の時計を見た。

「嘘……『大儀式』の鐘!? 予定より三時間も早いわ!」

「……チッ、最悪のタイミングだな。学校のチャイムってのは、いつだって締切デッドラインの宣告だ」

 ライルが吐き捨てるように呟いた。

 奴ら、こちらの動きを察知して予定を早めたか、それとも魔導炉の限界が近いのか。

 どちらにせよ、悠長に潜入している時間はなくなった。

 俺は商人袋のベルトを、血が止まるほど強く引き絞った。

 肩に食い込むその痛みと重みが、俺のスイッチを強制的に切り替える。

「……急ぐぞ、ライル。逃げエグジットが塞がれる前に、一番高い『売り場』まで駆け上がる!」

 カウントダウンは、唐突にゼロになった。

 俺たちは地図を握りしめ、汚れたダクトの闇へと飛び込んだ。

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