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『伝説の剣も魔法もなし! 営業カバン片手に異世界営業、仲間は胡散臭い商人と肉食獣人少女!』  作者: じろう


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第26話 証明責任と『母の傑作』

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『帳簿記録:ブランドとは信用を担保するもの。だが、中身のないブランドはただの「包装紙」だ。……剥がしてみれば、そこにあるのはゴミか、宝石か』



 ガシャンッ、ガラガラ……。  無慈悲な音が、薄暗い市場に響き渡る。


 ベルン教授が去った後も、市場には彼の「代行者」たちが残っていた。  紺色の制服に身を包んだ、アカデミーの上級生たちだ。彼らは「査察官」という肩書きを盾に、まるで汚物処理でもするように俺たちの商品を荷車へ放り込んでいく。


「おい、そこ! まだ隠している袋があるだろう。全部出せ」


 リーダー格の学生が、革靴の爪先でミナの足元にあった木箱を蹴った。  中から『黒魔銀』の小袋が転がり出る。


「待ってくれ。せめて試してからにしてくれないか? 一度使えば、これが粗悪品じゃないと分かるはずだ」


 俺が食い下がると、学生は鼻で笑った。  整えられた髪、染みのない制服。現場の泥など一度も踏んだことのない、温室育ち特有の匂いがする。


「試す? 時間の無駄だ。学院の認可印ブランドがない魔導具は、すべてゴミだ。我々はベルン教授の命により、市場の『浄化』を行っているのだよ」


 彼は手袋をはめた手で、俺たちの商品を指先で摘まみ上げ、ゴミ箱へ捨てるように放り投げた。  ドサッ、と鈍い音が俺の胸を叩く。  ライルが殺気立つのが気配で分かった。俺は無言で彼の方を掴み、首を振って制する。  ここで暴れれば、それこそ彼らの思う壺だ。


 その時だった。  凍りついた空気を裂くように、市場の入り口がざわめいた。


「お、おい見ろよ……あの紋章!」 「嘘だろ? 帝国の『閃光』……ジョゼアか!?」 「なんでこんな市場にAランクがいるんだ!?」


 人波が割れ、一人の女性が歩いてくる。  ジョゼアだ。  背中には愛用の魔導剣を背負い、腰には無骨だが機能美を感じさせるベルトポーチを装着している。  だが、その表情は険しい。  彼女は腰のベルト――『属性付与キット』を苛立たしげに叩きながら、俺たちの前で足を止めた。


「……騒がしいな。何事だ? これでは補給路も通れん」


 彼女の鋭い視線が、散乱した商品と、偉そうな学生たちを射抜く。  学生リーダーが、一瞬怯んだものの、すぐに媚びへつらうような笑みを浮かべて歩み寄った。


「おお、これは帝国の英雄、ジョゼア殿ではありませんか! 遠征の補給で立ち寄られたのですか? いやはや、未認可の危険物を摘発しておりましてね。貴女のような高貴な方が歩くには、この市場は少し空気が汚れていますな」


「汚れているのは、どっちだ?」


 ジョゼアは冷たく言い放つと、ガチャガチャと異音を立てている自分の腰の装備に手をやった。


「……ちょうどいい。学院の者なら分かるか? ここを通りがかったついでに、街の『公式ショップ』でメンテナンスを受けたばかりなんだが、どうも調子が悪い。魔力の通りが詰まるような感覚がある」


 彼女が示した『属性付与キット』は、年季が入っていた。  革は擦り切れ、金属部分は何度も継ぎ接ぎされ、真鍮の部品で補強されている。  だが、手入れは完璧だ。使い込まれた道具特有の、鈍い輝きを放っている。


 学生リーダーはそれを一瞥すると、あからさまに嘲笑の表情を浮かべた。


「ハハッ、これですか? ……ジョゼア殿、失礼ですが、これは骨董品ジャンクですよ。今の規格には合わない、数十年前の遺物だ」


「……何?」


「だから、調子が悪いのです。学院が提供する『最新の最高級オイル』は、もっと繊細な最新鋭機に合わせて作られている。……こんな、田舎の職人が作ったようなツギハギのガラクタに使えば、馴染まないのも当然でしょう」


 ジョゼアの目が細められた。  その瞳の奥で、静かな青い炎が揺らめく。


「……ガラクタ、と言ったか? これは、私の母が私の魔力波長に合わせて組み上げ、弟たちが素材を集めて維持してくれている『特注品』だ。私の家族チームの結晶なんだよ」


「はぁ、家族経営ですか。……これだから平民上がりの冒険者は。道具を変えれば、もっと効率的に戦えるものを」


 学生は肩をすくめ、周囲の部下たちに「これだから現場の脳筋は」と目配せをした。


 ブチッ。  何かが切れる音がした。  それはジョゼアの堪忍袋の緒か、あるいは俺の理性の糸か。


 ジョゼアは無言でポーチに入っていた筒状の『雷属性カートリッジ』をキットに差し込み、レバーを引いた。  魔力を強制循環させ、意地でも動かそうとする。  だが。


 ギャリリリリッ……!


 耳障りな金属音が響き、キットの隙間から焦げ臭い煙が噴き出した。  赤い火花が散る。  昨日塗られたばかりの『最高級オイル』が、摩擦熱に耐えきれずに炭化し、回路を詰まらせているのだ。


「ああっ! ほら見たことか! 暴走だ、下がってください!」


 学生たちが大げさに叫び、逃げ腰になる。  ジョゼアが悔しそうに唇を噛み、レバーを戻そうとするが、焼き付いて動かない。


「くっ……母さんの作ったキットが……弟たちが運んでくれた部品が、焼き付くなんて……!」


 その手が震えているのを見た瞬間、俺は動いていた。  没収されかけた荷車から、小瓶を一本ひったくる。  中身は、先ほど彼らが「ゴミ」と呼んだ『黒魔銀の精製オイル』だ。


「どけっ!」


 俺は学生を突き飛ばし、ジョゼアの元へ滑り込んだ。


「ケンジ!?」


「動くな! ……ライル、排気口を開けろ!」


 阿吽の呼吸でライルがキットの蓋をこじ開ける。  中では、どす黒く変色した学院のオイルが、ヘドロのように歯車に絡みついていた。  これが「最高級品」だと? 笑わせるな。混ぜ物だらけの粗悪品じゃないか。


 俺は小瓶の栓を抜き、焼き付いているギアの隙間に手を伸ばす。


 (――これで駄目なら、俺たちは終わりだ)


 一瞬、指が止まる。


「任せるわ、ケンジ。……あなたの帳簿には、嘘がなかったから」


 俺は知っている。この商品の「声」を。純度100%の真実を。


 俺は迷いを断ち切り、慎重に一滴だけ垂らした。


 とろりとした、漆黒の液体。  それは煙を上げる熱い金属に触れた瞬間、蒸発することなく、まるで生き物のように金属の表面へと吸い込まれていった。


 その直後。    ヒュンッ……。


 耳をつんざくような金属音が、唐突に消えた。  代わりに聞こえてきたのは、風を切るような、滑らかで澄んだ駆動音。


「な……っ!?」


 学生たちが目を見開く。  ジョゼアがおそるおそるレバーを押し込むと、抵抗など皆無だった。  ガシャコンッ、と軽快な音がして、ボロボロだったはずのキットの先端から、眩いほどの青白い雷光が全身にほとばしる。


 バチバチバチッ!


 その輝きは、周囲の薄暗さを吹き飛ばすほど強烈で、純粋だった。  ノイズがない。不純物がないから、魔力が一切減衰せずに変換されているのだ。


「ひっ……!」


 学生リーダーが悲鳴を上げ、無様に尻餅をついた。  ジョゼアの全身からほとばしる雷光の余波が、彼の足元まで伸び、制服の裾を焦がしたのだ。


「ば、馬鹿な……学院支給の『対魔防護服』が機能しない!? 出力が高すぎて、防御障壁を貫通しているのか!?」


 恐怖。  それは、自分たちが身にまとう「ブランド(装備)」が、現場の圧倒的な「実力」の前では紙切れ同然だと理解させられた者の顔だった。


「す、すごい……。母さんの調整したキットが、こんなに『軽く』動くなんて……」


「古いからじゃない。血管オイルが詰まってただけだ」


 俺は空になった小瓶を握りしめ、呆然としている学生リーダーに向き直った。


「見たか。これが、あんたたちがゴミ扱いした『未認可品』の実力だ」


 学生の顔が赤く染まり、口がパクパクと動く。  ジョゼアが静かに、雷光を纏ったままの右手で、学生の足元の地面を指差した。


「……ベルン教授の部下たちが『最高級』と称して塗った油では、母と弟たちが守ってきたこのキットは悲鳴を上げた。だが、この商人の油は……家族の絆(回路)を、一番素直に響かせてくれた」


 彼女は冷徹な瞳で学生を見下ろした。


「ブランドか、実力か。……どちらが『ゴミ』かは明白だな?」


 周囲の群衆から、ドッと歓声が上がった。  「すげえ!」「やっぱりAランクすげえ!」「あの商人の油、何モンだ!?」


 完全に空気が変わった。  学生リーダーは後ずさり、悔し紛れに叫んだ。


「こ、こんなのは偶然だ! 一時的な過負荷オーバークロックに過ぎない!」


 彼は顔を真っ赤にして、震える指を俺たちに向けた。


「……覚えていろ。学院の規約第408条は、貴様らのような例外を認めない! 学院アカデミーを敵に回して、この街で商売ができると思うなよ!」


 彼らは捨て台詞を残し、逃げるように去っていった。  没収し損ねた荷車の山を残して。  その背中を見送りながら、ミナが小さく鼻を鳴らした。


「……変な匂い」


「ミナ?」


「さっきの、あの『悪い油』と同じ、濁った匂いが染み付いてる」


 その言葉に、俺は背筋が寒くなった。  学生たちは清潔な制服を着ていたはずだ。だとしたら、その「匂い」の正体は――。


「……ふぅ。助かったよ、ケンジ」


 ジョゼアがいつもの笑顔に戻り、俺の肩を叩く。  俺は礼を言いながら、去っていく学生たちの背中を見つめた。


 勝った。  現場では、確かに勝った。  だが――俺の心は晴れなかった。


彼らは最後に言った。「学院アカデミーを敵に回すな」と。  結局、どれだけ現場で性能を証明しても、「制度」という壁がある限り、俺たちは永遠に「例外」や「異端」扱いのままだ。


(……いつだって、証明する責任を負わされるのは現場だ)


 ならば、その責任を果たしに行くしかない。  正面玄関(正規ルート)がブランドという鍵で閉ざされているなら、ゴミと一緒に裏口から潜り込むまでだ。


 俺は足元に散らばる、彼らが「ゴミ」と呼んだ商品を拾い上げた。  ボロボロでも、中身は最高だ。  まるで、ジョゼアの家族が支える装備のように。


 俺の中で、次の一手がカチリと定まった。  巨大な組織ほど、表の玄関ブランドは鉄壁だが、裏の勝手口(下請け管理)は杜撰なものだ。  特に、日々吐き出される膨大な「ゴミ」の搬出口まで、エリートたちが自ら確認することはない。「ゴミ処理」や「汚れ仕事」を扱う業者に対しては、彼らは目も合わせようとしない。  ……そこが、死角だ。


 「ライル、ミナ。……『掃除』の時間だ」


(あいつら、ゴミと一緒に、大事な『横領の証拠(匂い)』も捨てているはずだ)


 俺は巨船を見上げ、不敵に笑った。  奴らは俺たちを「汚物」扱いした。  ならば、その汚物を処理する業者のフリをして、堂々とあの空の船へ乗り込んでやる。


 物流戦争の次なる戦場は、あの空の上だ。

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