表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『伝説の剣も魔法もなし! 営業カバン片手に異世界営業、仲間は胡散臭い商人と肉食獣人少女!』  作者: じろう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/28

第24.5話 裏章:毒の流し方

お気に入り登録と感想をいただけると作者がとても喜びます。

1.見えない水源


 ノワルマルシュ、グランツ商会支部。  窓の外では、アルカ浮遊魔導学院の来訪に沸く街の歓声が、遠い潮騒のように響いていた。


 だが、支部長室の空気は、深海の底のように静まり返っている。  策士ヴェルナーは、手元のチェス盤に視線を落としたまま、影のように控える男――商会の裏仕事を取り仕切る『情報屋』に淡々と指示を出した。


「噂を流せ。ただし、我々の口からではない」


 ヴェルナーは、盤上の黒いポーンを指先で撫でる。


「まずは下町のスラム、賭博場のゴロツキに『金になるネタ』として漏らせ。奴らが酒場で得意げに喋り、それを聞いた給仕が市場で主婦に囁く……。水源は濁った泥水だが、川下に届く頃には『真実』という名の清流に変わっている」


「内容は?」

「『獣人の村から流れてきた黒い石は、呪われている』だ」


 ヴェルナーは冷酷に笑った。


「あいつらは森の奥で、邪神の儀式に使った石を売っている。だからあんなに安く、あんなに純度が高いのだ、とな。……人は、理解できない高品質よりも、納得しやすい悪意の方を信じる生き物だ」


 情報屋がニヤリと笑い、闇に消える。  数時間後には、市場の空気は一変しているだろう。  「安いから買う」という大衆の心理に、「怖いから避ける」という釘を打ち込む。  それは、商売の邪魔をする最も効率的な毒だった。



2.粗悪な模造品


 同時刻。商会直属の『闇工房』。  ここは地図にも載っていない、地下の粗悪品製造ラインだ。


 薄暗い部屋で、職人たちが廃棄寸前のクズ鉱石に、怪しげな黒い塗料を塗りたくっている。  そこへ、ヴェルナーが足を踏み入れた。


「出来栄えは?」

「へい。……こんな感じです」


 職工長が差し出したのは、小瓶に入った黒い粉末だ。  ラベルには、健二たちの商会名を模した文字が印字されている。  だが、インクが少し滲み、紙質もわざと粗悪なものが使われていた。


「少し雑すぎませんか? これじゃ偽物だとバレます」

「それでいい」


 ヴェルナーは小瓶を受け取り、光にかざした。


「完璧な偽物を作る必要はない。むしろ、『本物と微妙に違う』という違和感こそが重要だ。客はこれを見て思うだろう。『やっぱり、獣人の作るものは粗雑だ』と」


 彼はその小瓶を、職工長に投げ返した。


「これを、市内の『評判の悪い工房』や『経営の苦しい魔導具店』に格安で卸せ。奴らは飛びつく。そして、その粗悪な粉を使って機械を壊し、こう叫ぶのだ。『騙された! あのアカツキ商会の黒魔銀のせいで、大事な商売道具が壊れた!』とな」


 被害者はサクラでいい。  だが、壊れた機械と、怒りの声は本物として記録される。  その既成事実さえあれば、あとは「正義」が勝手に動いてくれる。



3.権威への着火


 上空、アルカ浮遊魔導学院。  第3魔導研究室では、ガリウス教授が苛立ちを募らせていた。


「ええい、まだ原因は分からんのか! なぜインクが安定しない!」


 そこへ、一人の学生(グランツ商会からの奨学生)が、おずおずと入ってくる。


「き、教授。実は……街の市場で『安くて高品質な黒魔銀』が手に入ると聞きまして、試してみたのですが……」


 学生が差し出したのは、先ほど闇工房で作られた『偽造黒魔銀』だった。  ガリウスは藁にもすがる思いでそれをひったくる。


「純度が高いだと? 貸してみろ!」


 ガリウスは検証もせず、その粉末を触媒炉に放り込んだ。  ――その瞬間。


 ボォォォンッ!!


 赤黒い炎が噴き上がり、実験器具が爆ぜた。  黒煙が研究室に充満し、ガリウスは咳き込みながら床に這いつくばる。


「な、なんだこれは……! 魔力が逆流したぞ!」

「も、申し訳ありません! まさか『呪い』が本当だったなんて……!」


 学生がわざとらしく叫ぶ。  煤けた顔のガリウスの元に、タイミングを見計らったように一通の書簡が届く。  差出人は、グランツ商会支部長。


『――急啓。昨今、未認可の危険な鉱石が出回っており、それがインク品質低下(不純物混入)の原因となっている懸念がございます。学院の権威を守るため、くれぐれもご注意を……』


 ガリウスの手の中で、書簡がくしゃりと握りつぶされた。  彼のプライドは傷つけられ、怒りの矛先は明確に定まった。


「おのれ……! どこの馬の骨とも知れぬ小商人が、粗悪品をばら撒いて私の研究を妨害しているのか! 許さん……徹底的に排除してやる!」


 着火は完了した。  これで、学院という巨大な暴力装置が、健二たちを潰すために動き出す。



4.最初の火種


 ノワルマルシュの支部長室。  ヴェルナーは静かに羽ペンを置いた。


「市場は、毒を信じた者から壊れていく」


 彼は窓の外を見下ろす。  街はまだ、学院の来訪に浮かれている。  だが、その喧騒の裏で、最初の悲鳴が上がろうとしていた。


 ――市場の片隅。  小遣いをはたいて、露店で『格安の黒魔銀(偽物)』を買った魔導具好きの少年がいた。  彼が家に帰り、宝物である自作の魔導ランプにその粉を入れた瞬間。


 パリンッ。


 小さな破裂音と共にランプが砕け、少年の手に破片が突き刺さる。  赤い血が滴り落ち、黒い粉の上に染みを作った。


「うわぁぁぁん! 壊れたぁ!」


 少年の泣き声が響く。  駆けつけた母親が、その黒い粉を見て顔色を変える。  「やっぱり、あの噂は本当だったんだわ……!」


 その小さな火種は、明日には業火となって、健二たちの店を焼き尽くすだろう。  彼らが気づいた頃には、もう手遅れだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ