表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『伝説の剣も魔法もなし! 営業カバン片手に異世界営業、仲間は胡散臭い商人と肉食獣人少女!』  作者: じろう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/28

第24話 巨大船来航

お気に入り登録と感想をいただけると作者がとても喜びます。

『帳簿記録:森の黒魔銀、サンプル確保。――この黒い石ころが、空飛ぶ巨船を支えているらしい。世の中、何が支柱になるか分からないものだ』



1.空の上の憂鬱


雲海の上――高度三千メートル。

常識という枠を軽々と否定する巨大な影が、蒼穹を滑っていた。

『アルカ浮遊魔導学院』。

全長は数キロ。

白亜の流線型を描く艦体は、豪華客船を何十倍にも膨張させたような優雅さを保ちながら、甲板には尖塔やドームが見事な調和を成して並ぶ。

無数の魔導推進機が低い唸りを響かせ、青白い光跡を雲海へ引き散らすその姿は、知識の聖域であると同時に――揺るぎない権威の象徴だった。


 その船内、第3魔導研究室。  神経質な指先が、羽ペンを机に叩きつける音が響いた。


「……またか! また、出力が安定しない!」


 声を荒げたのは、実利派の筆頭教授、ガリウスだ。  彼の目の前では、書きかけの魔法陣が不快な異音を立てて明滅し、やがて焦げ臭い煙を上げて霧散した。


「インクの粘度が低すぎる! 魔力の定着率がこれでは、初等科の授業すらままならんぞ!」


 ガリウスはインク壺を睨みつけた。  中に入っているのは、漆黒の液体――『神聖文字記述用インク』。  魔法陣や契約書、そして『神授の原本』のメンテナンスに不可欠な触媒だ。


 助手が青ざめた顔で報告する。


「も、申し訳ありません。納入業者のグランツ商会からは、『最高級品』として納品されたのですが……」

「これが最高級品だと? 不純物が混じって魔力伝導が濁っているのが分からんのか!」


 ガリウスはインク壺を振った。チャプ、と軽い音がする。  本来なら、蜂蜜のように重く、魔力を吸い込むような粘度があるはずなのだ。


「……最近、質の低下が著しい。原石の『黒魔銀』の採掘量が落ちているという報告だが……それにしても酷すぎる」


 ガリウスは舷窓げんそうの外、遥か眼下に広がる雲海を睨みつけた。  その視線の先には、商人の都ノワルマルシュがある。


「学院長による『王都大神殿』のメンテナンス儀式は来月だ。その時にこんな粗悪品を使えば、儀式は失敗する。……いや、それどころか、学院の権威が地に落ちるぞ」


 彼は決断し、艦内通信機を掴んだ。


「ブリッジへ繋げ! 予定を変更する。本艦はこれよりノワルマルシュ上空へ停泊、緊急視察を行う!」 「は? しかし教授、予定には……」

「黙れ! 供給網サプライチェーンが腐っているなら、直接メスを入れるまでだ!」


 空を行く象牙の船が、ゆっくりと舳先へさきを下げる。  彼らはまだ知らない。  腐敗の原因が原石不足ではなく、自分たちが手を組んでいる商会の「中抜き」にあることを。



2.策士の計算


 一方、地上。ノワルマルシュ、グランツ商会支部。  静まり返った執務室で、一枚の報告書が暖炉の火にくべられた。


「……上空にて、学院の魔導反応を確認。やはり、降りてくるか」


 揺らめく炎を見つめながら、通称『策士』と呼ばれる男、ヴェルナーが独りごちる。  手元のチェス盤には、黒と白の駒が複雑に配置されていた。


 ゴッズの失態により『黒魔銀』の原石ルートは奪われた。  そして今、品質低下に業を煮やした最大の顧客(アルカ学院)が、直接乗り込んでこようとしている。  凡庸な商人ならパニックになる局面だ。


 だが、ヴェルナーは盤上の黒いポーン(歩兵)を指で弾き飛ばした。  カツン、と乾いた音がして、駒が床に転がる。


「タイミングとしては悪くない。……あの小商人が持っている『純度100%の原石』が学院の目に触れれば、我々の不正(混ぜ物)は一発で露呈する」


 彼の細い指が、次の一手を求めて空を彷徨う。  健二という小商人は、物流の「血管」を握った。  ならば、その血管に「毒」を流せばいい。


「学院の実利派はプライドが高い。『品質』よりも『権威』を重んじる生き物だ」


 ヴェルナーは、盤上の白いナイト(騎士)をつまみ上げた。  不規則な動きで敵陣を掻き回す、厄介な駒。


「手配を。……市中に『粗悪な黒魔銀が出回っている』と噂を流せ。出所不明の素材はすべて『未認可の呪物』であるとな」


 彼は口元に冷酷な笑みを浮かべ、ベルを鳴らす。


「質が良いだけでは商品は売れない。信用という包装紙が汚れていれば、中身が宝石でもゴミ扱いされる。……学院が到着する前に、彼らの商品を『産業廃棄物』に仕立て上げろ」


 空からの来訪者を、断罪の剣として利用する。  それが、商戦ビジネスのルールだ。



3.舞い降りる巨影


 翌日の昼。  俺たちがノワルマルシュに戻り、店先に「産地直送」の黒魔銀を並べようとしていた時のことだ。


 ふと、周囲が暗くなった。  雲などない快晴のはずなのに、巨大な日傘をさされたように、街全体が影に覆われたのだ。


「……なんだ?」


 俺が見上げると、そこには信じられない光景があった。  空に、とてつもなく巨大な船が停泊していた。


 それは海を行く船ではない。  白亜の装甲に覆われた流線型の船体は、街ひとつを飲み込むほどの質量を持ち、甲板の上には尖塔やドーム状の学舎が美しく配置されている。  まるで、世界を旅する超豪華客船が、そのまま空へと舞い上がったかのような威容だ。


「うわぁ……! 健二、見て! 空におっきな船が浮いてる!」


 ミナが尻尾をちぎれんばかりに振りながら、空を指差して飛び跳ねる。  街中の人々が足を止め、口を開けて空を見上げていた。  歓声が上がり、どこからともなく歓迎の鐘の音が響き渡る。


「『アルカ浮遊魔導学院』だ……。まさか、こんな時期に寄港するとはな」


 隣でライルが帽子を押さえ、険しい顔で空を見上げていた。  その目には、ミナのような興奮はない。あるのは、商売人特有の警戒心だ。


「……空飛ぶ市場の到来か、あるいは徴税官か。どっちにしろ、ロクなことじゃねぇな」


 俺は呆然と、その圧倒的な質量を見上げていた。  かつての世界で見た、横浜港に停泊する豪華客船や、米軍の航空母艦。  それらすら霞むほどの、空を圧する白亜の城塞。


 (人間は、ここまで巨大なものを空に浮かせるのか……)


 美しい。だが、同時に恐ろしい。

その圧倒的な威圧感は、俺の古傷を疼かせた。

大卒で入った大手企業の、高層階の会議室。  個人の想いや現場の悲鳴なんて届かない、冷徹な『組織の論理』に押し潰され、何度も無力感を噛み締めたあの日々。  俺はあの巨大な歯車の一部になるのが嫌で、そこを飛び出したんじゃなかったか。


 ふと、俺は営業カバンの中の『黒魔銀』を強く抱きしめた。  あの船を飛ばしている燃料の一部は、きっとこの石だ。  獣人の村から搾取し、ゴッズが運び、グランツ商会が中抜きし、そしてこの空の上の楽園へと吸い上げられる。


 (……これが、この世界の『食物連鎖』の頂点か)


 村が根っこなら、商会は茎。そしてあの巨船は、養分を吸って咲き誇る大輪の花だ。  俺たちが相手にしようとしているのは、ただの悪徳商人じゃない。  この世界を回している、巨大な「構造」そのものなんだ。

だが、今の俺はもう、ただの新入社員じゃない。  物流の現場で泥にまみれ、数字と信頼を積み上げてきた「商人」だ。

 底面から噴き出す魔力推進の青い光が、地上の埃を巻き上げる。  巨大な質量がゆっくりと高度を下げるその風圧で、屋台の天幕がバタバタと音を立てた。


 あの優雅で巨大な船の中で、今まさに俺たちの商品の運命を左右する歯車が、軋みながら回り始めていることを、俺は肌で感じていた。


 空からの来訪者。  それは、新たな商機の到来か、それとも破滅の使者か。  これは表と裏の、“巨大な市場の構造”を暴く戦いになる。


 物流戦争の第二幕が、巨大な影と共に降りてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ