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『伝説の剣も魔法もなし! 営業カバン片手に異世界営業、仲間は胡散臭い商人と肉食獣人少女!』  作者: じろう


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第22話 故郷の森と呪い

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『帳簿記録:目的地、獣人の隠れ里。積載物、岩塩と大量の干し肉(お詫び用)。……これで許してもらえるといいんだが』


ルーベンの街を後にした俺たちは、街道を外れ、鬱蒼とした森の中を進んでいた。

道なき道を行くこと半日。

普段なら「お腹空いたー!」と騒ぐはずのミナが、今日は借りてきた猫……いや、叱られたビーグル犬のように大人しい。

「……うぅ、帰りたいけど帰りたくない……」

ミナはピンと立った尻尾を足の間に巻き込み、大きな垂れ耳をぺたんと伏せている。

その背中は、これから処刑台に向かう囚人のように小さい。

「大丈夫だってミナ。これを見ろ」

俺は荷車の幌をめくって見せた。

そこには、廃坑で見つけた岩塩の塊と、大量の保存食、それにドゥランの店で安く譲ってもらった農具の刃先などが満載されている。

「これだけの手土産ワイロがあれば、どんな頑固な長老だって笑顔になるさ。塩は今、首都ノワルマルシュ周辺じゃ金貨並みに貴重だからな」

ライルもニヤリと笑って、ミナの頭を小突く。

「そうだぜ。お前が食い尽くした肉庫の分くらい、これで十分お釣りが来る。『王都の流行り物だ』って言えばイチコロさ」

「うぅ……でも、長老ババ様、怒ると怖いんだもん。杖でゴチンってするんだもん……」

ミナは涙目で荷車の岩塩にしがみついた。

かつて「肉庫を空にして追放された」という伝説を持つ彼女にとって、故郷の敷居はエベレストより高いらしい。

だが、森の奥深く――巨木に守られた集落の入り口に差し掛かった時、俺は違和感を覚えた。

普段なら手入れされているはずの小道は雑草に覆われ、あちこちで枝が折れたまま放置されている。

獣道が荒れている。

まるで、森そのものが手入れをする余裕を失っているかのようだ。

ミナの表情が変わった。

垂れた耳の付け根がピクリと動く。

濡れた鼻先を天に向け、ビーグル特有の鋭敏な嗅覚で風の匂いを何度も探る。

「……変な匂い」

「変な匂い?」

「うん。いつもの森の匂いじゃない。鳥の声も、虫の音も……。風の下に、何か焦げたような……誰かが黙って息を潜めてる匂いが混じってる」

俺とライルは顔を見合わせた。

森全体が、何かに怯えている。

ルーベンでドゥランが言っていた言葉が脳裏をよぎる。

『獣人の集落……あそこも最近、グランツの下請け業者が入り込んで、妙な契約書を押し付けてるらしい』

「急ごう」

俺たちは荷車を押す手に力を込めた。



集落は、静まり返っていた。

木の上に作られた住居からは煙が上がっておらず、広場には痩せた子供たちが力なく座り込んでいる。

「……匂いが、薄い」

ミナが呟く。

本来なら濃厚に漂うはずの獣人たちの生命力の匂いが、枯れ木のように乾いているのだ。

「ミナ!? ミナじゃないか!」

声をかけてきたのは、槍を持った見張り番の獣人だった。

だが、その腕は細く、槍の穂先は錆びついている。

「おじさん! ただいま! ……あ、あの、肉庫のことは……」

ミナが恐る恐る謝ろうとすると、見張り番は首を振った。

「そんな昔の話はどうでもいい! よく帰ってきた……いや、逃げたほうがいいかもしれん。今は時期が悪い」

「どういうことですか?」

俺が割って入ると、見張り番は俺たちの荷車――特にその積載量を見て、縋るような目を向けた。

「商人か? すまないが、買い取れる金はないんだ。……全部、『徴税官』様に吸い上げられちまってな」

案内された長老の家には、村の大人たちが集まり、深刻な顔で話し合っていた。

部屋の中央には、羊皮紙の束が置かれている。

素人の俺にはただの紙束に見えるが、隣のミナが鼻を押さえ、ライルが顔をしかめている。

「うぅ……」

「……相当キツそうだな」

俺は営業カバンから『簡易魔力検査鏡モノクル』を取り出し、片目に装着した。

首都の露店で「偽物つかまされないために必須だぞ」とライルに勧められて買った安物だが、効果は十分だ。

「うわ、なんだこれ……」

レンズ越しに見るその紙束からは、不気味なほど整然としたどす黒いもやが立ち上っていた。

「……ミナか。性懲りもなく戻ってくるとは」

長老のババ様――小柄だが眼光鋭い老女が、杖をついて現れた。

「ひぃっ!」

ミナは俺の背中に隠れる。

「ババ様、彼らは私の仲間! すごい商人なんだよ! お土産もいっぱい持ってきたの!」

「商人だと? ……フン、どうせまた、我らを騙しに来たハイエナだろう」

長老は俺とライルを睨みつけた。

その敵意は、単なる余所者への警戒を超えている。

「誤解です。俺たちはただ、ミナの里帰りに付き合っただけです。……ですが、何かお困りのようですね」

俺は机の上の羊皮紙を指差した。

「その契約書、見せてもらっても?」

「……読めるのか? これは『神聖文字』で封じられた、王都の書式だぞ」

「商売柄、契約書の『裏』を読むのは得意でして」

俺は許可を得て、羊皮紙を手に取り、 ざっと目を通す。

文字の縁が不気味に淡く脈動し、判の魔紋がドス黒く変質しているのが見て取れる。

「……なるほど、これは酷い。巧妙かつ悪辣だ」

『特産品納入契約書』

第一条:本契約は『神授の原本(写本版)』に基づく『神託の誓約ギアス』により拘束される。

乙(集落)が契約に違反した場合、神罰(体調不良、麻痺)が下るものとする。

第二条:乙は、毎月以下の品を納入すること。

「乾燥薬草500束」「上質な毛皮100枚」「希少鉱石20キロ」

第三条:未達時の補填

指定数に満たない場合、不足分を「労働力」として補填すること。

「……無茶苦茶だ」

俺は呻いた。

隣で覗き込んだライルも、顔をしかめる。

「おいおい、ギアスで縛った上で、この納入量、この村の規模じゃ物理的に不可能だぞ。寝ずに働いても半分もいかねぇ」

「ああ。最初から達成させる気がない。狙いは第三条……つまり、村人を合法的に奴隷として連れ去ることだ」

長老が重く口を開いた。

「分かっておる。だが、判を押してしまったのじゃ。奴らは言った。『王都では今、未登録の集落を魔物とみなして焼き払っている。この契約書にサインすれば、我が商会が盾となって村を守ろう』とな……。 物流が止まり、塩も尽きかけていたワシらは、その『救済』という甘い言葉に縋ってしまった。 書かれている文字が、友好の証などではなく、我らを縛る鎖だとも知らずにな……」

隣にいた村人が続く。

「甘い言葉に騙されてな……。逆らおうとすれば、この契約書が光り、村の住民たちが熱を出して倒れる。……『神の罰』だ」

ミナが垂れた耳を揺らし、鼻をひくつかせた。

「……この紙、嫌な匂いがする。縛り付ける匂い。……お父さんたちが苦しんでる匂いと同じだ」

その時、奥の部屋から咳き込むような音が聞こえた。

ミナの垂れた耳が、音を拾うようにわずかに持ち上がった。

「……お父さん? お母さん?」

ミナが奥へ駆け出す。

長老は止めなかった。

俺たちが後を追うと、そこには粗末な寝台に横たわる、痩せ細った男女の獣人の姿があった。

かつての屈強な狩人の面影はなく、毛艶も失われている。

「お父さん! お母さん!」

ミナが駆け寄り、その手を握る。

二人は薄く目を開け、信じられないものを見るようにミナを見つめた。

「……ミナ、か? 帰ってきたのか……」

「ああ、よかった……。お腹を空かせて、野垂れ死んでいないかと……そればかり心配で……」

「ごめんなさい、ごめんなさい……!」

ミナがボロボロと涙を流す。

かつて肉を食い尽くしたことを怒られると思っていた。

だが、両親の目はただひたすらに優しく、そして悲しいほどに弱々しかった。

「馬鹿だねぇ……。今は、帰ってきても食べるものがないんだよ……」

母親が力のない手でミナの頬を撫でる。

その手首には、黒い痣のような文様が浮かんでいた。

契約書に逆らおうとした「罰」の痕跡だ。

「……長老。これは?」

俺が問うと、長老は杖を強く握りしめた。

「『神託の誓約ギアス』の強制力じゃ。この世界に生まれし者は、すべからく神の帳簿にその魂が記されておる。加護があろうとなかろうと、神聖契約の鎖からは逃れられん」

長老はミナを哀れむように見た。

「特に獣人は、生まれつき『野生の祝福』を受けておる分、感覚が鋭い。あの契約書の呪いは、我らの魂に直接食い込み、精神を焼き切ろうとするのじゃ。……逆らえば、死ぬ」

ミナが震えている。

彼女の鋭敏な感覚もまた、その「鎖」の恐怖を本能的に感じ取っているのだ。

「……だから、従うしかないのですか」

「悔しいがな。……ミナよ、お前も逃げろ。ここにいては、お前も契約の巻き添えになる」

ミナは涙を拭い、両親の手を強く握り返した。

そして、俺の方を振り向いた。

その目は、もう泣いていなかった。

「……健二。助けたい。お父さんたちを縛ってる変な紙、なんとかできないの?」

「できるさ……神の罰、ね」

俺は契約書を机に戻し、ニヤリと笑った。

「長老。この契約、俺たちが無効にしてみせます」

「何だと? 『神託の誓約ギアス』を破る気か!? そんなことをすれば、お前たちまで呪われるぞ!」

「大丈夫です」

俺は自分の胸を叩いた。

「俺には、この世界の神様の『加護』がないんでね。神罰なんて、ただの静電気みたいなもんですよ」

「な……?」

「俺は異世界から来ました。つまり、この世界の神様の『帳簿システム』に、俺の魂のデータは登録されてない。……どれだけ強力な呪いだろうと、対象外エラーの人間には効かないんですよ」

俺はミナの両親に、力強く告げた。

「安心してください。その『鎖』、俺が断ち切ってきます」



翌日の昼。

集落の広場に、派手な馬車が乗り付けてきた。

護衛の傭兵を引き連れて降りてきたのは、脂ぎった小太りの男。

グランツ商会の下請け、徴税官のゴッズだ。

「さあさあ、期日ですよ! 納品物は揃いましたかな〜?」

ゴッズはハンカチで額の汗を拭いながら、下卑た笑みを浮かべる。

広場に集められたのは、かき集められた僅かな薬草と、痩せた毛皮のみ。

「おや? 足りませんねぇ。全然足りませんねぇ!」

ゴッズが大げさに嘆いてみせる。

「契約書第三条! 『未達の場合は労働力で補填』! さあ、若くて丈夫なのを5人ほど連れて行きますよ!」

傭兵たちが前に出る。

村人たちは恐怖に震え、長老が杖を握りしめて耐えている。

「……待った」

俺は人混みをかき分け、ゴッズの前に立った。

隣にはライル、そして威嚇姿勢のミナ。

「あんた誰だ? 村人じゃねぇな」

「通りすがりの行商人です。……この契約について、代理人として交渉に来ました」

「交渉? ハッ! 神聖契約は絶対だ! 部外者が口を挟むと、神罰が下るぞ!」

ゴッズが懐から契約書の写しを取り出し、掲げる。

紙面がカッと光り、周囲の村人たちが頭を押さえてうずくまる。

「うっ……」

確かに、強力な強制力を持つ魔道具の一種だ。

「うぅ……」

ミナも耳を押さえている。

やはり、この世界の住人には効果覿面らしい。

だが。

俺は平然と立ったまま、ゴッズを見下ろした。

「……あれ? 効かないな?」

ゴッズが目を丸くする。

「な、なぜだ!? なぜ跪かない!?」

「残念ながら、俺はこの世界生まれの『無加護者』じゃないんでね。 魂の規格が違うんですよ。あんたの神様の管轄外なんですよ」

俺は一歩踏み出し、契約書を指差した。

「さて、ビジネスの話をしましょう。この契約書、細則に『計量は甲の指定するはかりを用いる』とありますが……その秤、今ここで見せてもらえますか?」

「は、秤だと? そんなもの見せてどうする!」

「ミナ」

俺の合図で、ミナが残像を残す速さで馬車に飛び乗り、荷台から天秤を引っ張り出した。

「これだね! ……くんくん。やっぱり! 底の方から『鉛の匂い』がする!」

ライルが天秤を受け取り、皿の裏側をカチャリと外す。

そこには、重りを誤魔化すための細工が施されていた。

「へっ、古典的な手口だな。これじゃあ、いくら納品しても『目方不足』になるわけだ」

その瞬間、広場のどこかで、子どもの泣き声が上がった。

「兄ちゃん……! もう働けないのに、連れてかれるの……?」

その声が、静まり返った広場に響き渡る。

我慢の限界だった村人たちの感情が、一気に決壊した。

「騙していたのか!?」

「神の名を語って、詐欺を働いたのか!」

殺気立った視線が一斉に突き刺さり、ゴッズの顔が引きつる。

「ち、違う! それは……誤差だ!」

「誤差で済む話じゃありませんね」

俺は畳み掛ける。

「商業ギルド規約第12条。『計量における不正が発覚した場合、該当契約は即時無効となり、倍額の賠償義務が生じる』。……あんた、『神授の原本』を利用して詐欺を働いたとなれば、王都の大神殿も黙ってませんよ?」

「ひ、ひぃっ……!」

ゴッズが後ずさりした、その時だった。

ゴッズの手元にあった契約書の写しが、突如としてドス黒い光を放ち始めた。

同時に、長老たちが保管していた原本からも、バチバチと火花が散る。

「な、なんだ!? 契約書が……熱い!?」

ゴッズが悲鳴を上げて契約書を取り落とす。

地面に落ちた羊皮紙は、誰が火をつけたわけでもないのに、中心から黒く焼け焦げ始めた。

まるで、遠くにある『大元の力』が、この端末の接続を強制遮断したかのように――。

「うわぁぁぁっ! 神罰だ! 契約が……破棄される!」

それと同時に、今まで頭を押さえて苦しんでいた村人たちの体がフッと軽くなる。

見えない鎖が、弾け飛んだのだ。

「……どうやら、あんたの神様も『不正』はお嫌いみたいですね」

俺は冷ややかに見下ろした。

契約ギアスは『公正な取引』を前提に発動する。……詐欺師が使っていい代物じゃなかったってことですよ」

「お、おい! お前たち、やれ! こいつらを捕まえろ!」

傭兵たちは動かなかった。

それどころか、燃えカスになった契約書を見て、恐怖に顔を引きつらせて後ずさりしている。

「じょ、冗談じゃねぇぞ……! 神罰を受けた奴に加勢なんかしたら、こっちまで呪われる!」

「契約違反だ! 俺たちは降りるぞ!」

傭兵たちはゴッズを見捨て、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

金で雇われただけの関係は、神の怒りを前にして脆くも崩れ去ったのだ。

「あ、ああっ!? 待ちやがれ!」

一人残されたゴッズは、もはや無力な小悪党でしかなかった。

「お、覚えてろよ……! ノワルマルシュ支部の『策士』様が……グランツ商会が黙っちゃいないぞ!」

村人たちの、そしてミナの鋭い視線が彼に突き刺さる。

「ひぃぃっ! ば、化け物め……!」

恐怖で裏返った悲鳴を残し、ゴッズは転がるように馬車に乗り込み、逃げ去っていった。

「やったー! 逃げてったー!」

ミナが飛び跳ねる。

村人たちは呆気にとられていたが、やがて歓声が爆発した。

長老が震える手で俺の手を握る。

「……信じられん。あの契約を、こうも鮮やかに……。お主、何者じゃ?」

「ただの商人ですよ。……さて、長老。契約は無効になりましたが、村のみんなが弱っているのは事実です」

俺は荷車の幌を全開にした。

「そこで、この『岩塩』と『保存食』の出番です」

ライルが手際よく塩を配り始める。

塩分不足で弱っていた村人たちが、スープに岩塩を溶かして飲むと、みるみる顔色が良くなっていく。

「美味い……力が湧いてくる……」

「これが、本物の塩の味か……」

長老は涙ぐみ、ミナを見た。

「ミナよ……お前が連れてきた仲間が、村を救ってくれた。……肉庫の件は、もう許そう。お前は村の誇りじゃ」

「えっ、ほんと!? ババ様、怒ってない!?」

「ああ。さあ、今日は祝いじゃ! 隠しておいた一番いい猪肉を開放しよう!」

その夜、集落では盛大な宴が開かれた。

焚き火を囲み、久しぶりの肉と塩の味に、村人たちが笑顔になる。

ミナは両手に骨付き肉を持ち、幸せそうに頬張っている。

その大きな垂れ耳が嬉しそうに揺れ、尻尾はちぎれんばかりに振られている。

「ん〜っ! やっぱり故郷のお肉は最高! 健二、ライル、ありがとー!」

「まったく、現金なやつだ」

ライルが苦笑しながら、ドゥラン直伝の蒸留酒をあおる。

俺は焚き火の炎を見つめながら、帳簿に記録をつけた。

『特記事項:獣人の集落との新規交易ルート確立。独占契約の無効化に成功。……報酬は、ミナの笑顔と、今後の特産品優先取引権』

ふと、焚き火が揺れた。

その揺らぎが、一瞬だけ闇の中で嗤う「策士」の影に見えた気がした。

ゴッズの捨て台詞。

「ノワルマルシュ支部の策士……」

地方の村まで吸い尽くそうとするグランツ商会の闇は、想像以上に深い。

「……休んでる暇はなさそうだな」

俺は呟き、ミナが差し出してきた肉を受け取った。

今はただ、この勝利の味(塩気強め)を噛み締めよう。

「よし、食うぞ! 明日はまた、商売たたかいだ!」

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