第21話 街道の隙間産業(ニッチ・ストラテジー)
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『帳簿記録:売上目標、銀貨10枚。ターゲット層、C級〜B級冒険者。……商機は「無視された場所」にある』
俺たちが宿場町「ルーベン」に着いたのは、出発から三日目の昼だった。
距離は馬車なら一日半だが、経費節減の“自力移動”は想像以上にしんどい。
「……つ、着いたぁ……」
俺は肩に食い込んでいた革ベルトを外し、その場にへたり込んだ。
背後にあるのは、職人ドルゴが餞別にと譲ってくれた手引き荷車だ。『お前ら馬なんぞ買う金ねぇだろ? 車輪の軸を強化しといたから、人間でもスイスイ引けるぜ!』 というドルゴの言葉通り、性能は抜群だったが……それでも重いものは重い。
「健二、だらしないなぁ! あたしはまだ平気だよ!」
ケロッとしているのは、獣人のミナだけだ。
彼女の細腕のどこにそんな力があるのか、道中の上り坂はほとんど彼女が荷車を引いてくれた。
「……たく、獣人の体力には勝てねぇな」
ライルも息を切らせながら、荷車の幌を整えている。
中には商材である保存食や工具、そして修理用の機材が満載だ。
ここルーベンは近隣に手頃なダンジョンがあるため、多くの冒険者が集まる拠点のひとつだ。
だが、街の空気はどこか殺伐としていた。
「……チッ、また断られやがった」
グランツ商会の支店の前で、若い剣士が錆びついた剣を地面に投げ捨てていた。
装備はボロボロ、革鎧のベルトは切れかかっている。
典型的な駆け出し、C級冒険者のパーティだ。
「グランツ商会の支店、なんて言ったの?」
仲間の僧侶が尋ねる。
「『買い替えなら金貨2枚。修理は首都ノワルマルシュ送りで1週間待ち、銀貨5枚だ』だとさ! そんな金も時間もあるわけねぇだろ!」
剣士が頭を抱える。
「このままじゃダンジョンに潜れねぇ。でも潜らなきゃ稼げねぇ……詰んだな」
俺はその様子を、少し離れた屋台の陰から観察していた。
隣でライルが呆れたように肩をすくめる。
「相変わらずだな、グランツの殿様商売は。金にならねぇ下っ端は客じゃねぇってか」
「でも、その下っ端が一番多いんだよ」
俺はミナに目配せをする。
「ミナ、あの剣士たち、どんな匂いがする?」
ミナが鼻をひくつかせた。
「うーん……汗と、鉄の錆びた匂い。あと、すごい困ってる匂い! お腹も空いてるかも」
「だろうな。……よし、ターゲット確認。ライル、店を開くぞ」
俺たちが広場の隅に展開したのは、ドルゴの荷車を改造した即席の露店だ。
看板には、手書きでこう書いた。
『冒険者サポート「あきんど」出張所 〜その装備、まだ使えます〜』
「へいらっしゃい! 剣の研磨、鎧の紐交換、ポーションのバラ売り! グランツ商会で門前払いされた旦那方、一度見せてみな!」
ライルのよく通る呼び込みに、先ほどの剣士たちが足を止めた。
「……おい、修理やってんのか? でも俺たち、金が……」
「安心しな。うちは『新品』は売らねぇ。あんたらの『今ある武器』を生き返らせるのが仕事だ」
ライルは前に出て、剣士の錆びた剣を受け取った。
刃こぼれはあるが、芯までは腐っていないことを確認したライルは俺の耳元で囁いた。
「この剣、生き返るぜ……」
俺はにこやかな営業スマイルで流れるように提案した。
「研磨と油のコーティング、グリップの革紐交換で……大銅貨3枚(3000円)でどうだ?」
「えっ!? だ、大銅貨3枚!? 銀貨(1万円)じゃなくて!?」
剣士が目を丸くする。
「ああ。その代わり、新品同様にはならない。あくまで『次の探索を生き残るため』の応急処置だ」
俺はニッコリと笑う。
「それと、オプションでこの『ダンジョン生存セット』をつけるなら、5合わせて大銅貨5枚(5000円)にまけとくよ」
俺が差し出したのは、麻袋に詰め合わせたセット商品だ。
中身は、少し硬くなった保存パン(賞味期限ギリギリの仕入れ品)、端切れ布(止血用)、そして岩塩の欠片。
首都ノワルマルシュで塩が手に入りにくくなっている今、この「岩塩」は貴重だ。
「か、買う! 頼む、すぐやってくれ!」
「それにしても、よくこの『岩塩』が手に入ったな。この辺りじゃ金貨を出しても買えないぜ?」
客の冒険者が、セット商品の塩を舐めて感心している。
俺は横にいるミナの頭を撫でた。
「うちの優秀な『仕入れ担当』のおかげですよ」
数時間前、 ルーベンの町外れでミナが突然言い出した。
「しょっぱい風の匂いがする!」
彼女の鼻を頼りに見つけた廃坑には、廃棄されていた岩塩の山があった。
「えへへ、鼻が役に立った!」
ミナは褒められて尻尾をブンブン振っている。
どんなに市場が封鎖されても、現場には必ず「埋もれた資源」がある。
それを見つけるのが、俺たちの仕事だ。
俺たちの店は、瞬く間に行列ができた。
B級下位、C級の冒険者たちは、常に金欠だ。
新品への買い替えを強要するグランツ商会よりも、安価なメンテナンスを求めていたのだ。
ライルが手際よく剣を研ぎ、ミナがセット商品を渡して代金を受け取る。
チャリン、チャリンという硬貨の音が、心地よいリズムを刻む。
だが、商売が順調な時こそ、トラブルはやってくる。
「おいコラァ!! 昼から客が来ねぇと思ったら……原因はお前らか!俺の店の前でガラクタ広げる詐欺師どもめ!」
怒鳴り込んできたのは、広場の向かいにある古びた武具屋の親父だった。
筋肉隆々で、顔中煤だらけの頑固そうなドワーフだ。
名前はドゥラン。
この街で代々続く武具屋らしい。
「ガラクタとは心外ですね。我々は顧客のニーズに応えているだけですが」
俺が冷静に対応すると、ドゥラン親父は真っ赤な顔で唾を飛ばした。
「ふざけるな! そんな『研いだだけ』の剣でダンジョンに行かせるなんざ、自殺行為だ! 冒険者なら、借金してでも一級品を持つべきなんだよ! 安かろう悪かろうを広めるな!」
彼の主張は、職人としては正しい。
だが、ビジネスとしては「市場」を見ていない。
俺は静かに反論した。
「ドゥランさん。あなたの店にある剣、一番安いものでいくらですか?」
「……銀貨30枚だ。俺の自信作だ」
「素晴らしい。ですが、ここに並んでいる彼らの所持金は、平均して銀貨2〜3枚です。あなたの剣を買うには、あと10回ダンジョンに潜って生還しなければならない」
俺は行列の冒険者たちを指差した。
「彼らは今、その10回を生き残るための装備がないんです。あなたの『一級品』を買う前に、死んでしまう」
「ぐっ……それは……」
「我々が提供しているのは『つなぎ』です。彼らがこのメンテナンスで生き延びて、稼いで、B級やA級に上がった時……その時こそ、彼らはあなたの店の『一級品』を買いに来るでしょう」
俺はドゥラン親父に、一歩近づいた。
「いわば、我々はあなたの『未来の顧客』を育てているんです。……どうでしょう、提携しませんか?」
「て、提携だと?」
「ええ。うちで修理不可能なレベルの破損があった場合、紹介状を書いてあなたの店に送ります。その代わり、あなたの店で『金がなくて買えない客』がいたら、うちを紹介してください。互いに客を取り合うのではなく、住み分けるんです」
これが、『Win-Win(相互利益)』の関係だ。
ドゥラン親父は腕を組み、しばらく唸っていたが、やがて渋々といった様子で鼻を鳴らした。
「……フン。口の減らねぇ商売人だ。だが、言ってることは一理ある」
彼は俺を睨み、太い指を突きつけた。
「……だが覚えとけ。客を生かす商売は嫌いじゃねぇ。変な修理して死なせたら、俺が承知しねぇぞ」
「肝に銘じます」
俺はドゥランさんと交渉を終え、店に戻る。
そのタイミングで、メンテナンスを終えたC級冒険者のリーダーが恐る恐る話しかけてきた。
「あの……実は、修理だけじゃなくて、相談があるんだが」
彼は背中の袋を開けて見せた。
中には、魔物の牙や薬草が詰まっている。
「ダンジョンで素材を集めたんだが、グランツ商会が『今は買取停止中だ』って買い取ってくれねぇんだ」
俺とライルは顔を見合わせた。
物流が止まれば、金も止まる。
地方経済は壊死寸前だ。
「……分かった。俺たちが預かろう。手数料として売値の20%をもらうが、それでもいいか?」
「20%!? グランツ商会は普段から『手数料』だなんだと半値まで叩いてくるんだぞ? この状況で8割も俺たちにくれるなんて、神様だよ!」
俺は「預かり証」を発行しながら確信した。
俺たちの営業カバンは、今やこの国で唯一正常に動く「血管」になりつつある。
夕暮れ時。
俺たちは店じまいをし、売上を計算した。
銅貨と大銅貨の山。
〆て銀貨15枚(15万円)。
1日の売上としては上出来だ。
「やったな健二! ちりも積もればなんとやら、だ!」
ライルが銀貨を指で弾く。
「ああ。グランツ商会が『手間がかかる』と切り捨てた市場だ。拾えば宝の山になる」
「お肉! 今日は高いお肉食べれる?」
ミナが目を輝かせている。
「もちろん。今日はドゥランさんの紹介で、地元の美味い店に行こう」
その夜、俺たちはドゥランさんの武具屋の裏にある酒場兼食堂で、安い蒸留酒を酌み交わしていた。
「俺も昔は、お前さんみたいに『良いものを安く』広めようとしたことがあったんだ。だが、グランツ商会が来て、安価な量産品で市場を独占しやがった。俺の仲間はみんな廃業したよ」
ドゥランの太い指が、杯に食い込む。
「奴らは『効率』と言うが、そこには職人の魂も、使う奴への愛もねぇ。……だから俺は、意地でも高い『本物』を作り続けてきたんだ」
「その気持ち、分かります」
俺はドゥランさんに酒を注いだ。
「でも、これからは一人で戦わなくていい。俺たちが『つなぎ』ますよ」
「へっ、キザな営業マンだぜ」
ドゥランは笑ったが、ふと真顔になった。
「……そうだ、気をつけろよ。隣の領にある『獣人の集落』。あそこも最近、グランツの下請け業者が入り込んで、妙な『契約書』を押し付けてるらしい」
ミナの耳がピクリと動いた。
「……あたしの村?」
ドゥランの言葉が、酔いを一瞬で冷ました。
地方の職人の嘆きは、次の戦場への警鐘だったのだ。
翌日、俺たちは宿場町を歩いた。
ふと立ち寄った雑貨屋で、俺は再びあの「影」を感じることになる。
「……悪いねお客さん。木箱も在庫切れなんだよ」
店主が申し訳無さそうに言う。
「最近、ノワルマルシュからの荷馬車がめっきり減っちまってね。
なんでも、グランツ商会が『物流の再編』とかで、荷車を独占してるらしい」
俺の手が止まる。
「……ここでも、か」
首都から離れたこの街にまで、影響が出始めている。
「樽」や「塩」だけじゃない。
木箱、釘、梱包材……物流の基礎となる資材が、じわじわと吸い上げられている。
「……健二」
ライルも気づいたようだ。
表情が険しい。
「あの策士野郎、本気で国中の『流れ』を止める気かもしれねぇぞ」
「ああ。急ごう」
俺はミナを見た。
「次はミナの故郷、『獣人の集落』だったな。……あそこは自給自足に近いと聞くが、影響が出ていないとは限らない」
「うん……。なんかね、風がね」
ミナが鼻をひくつかせ、ぽつりと呟いた。
「村の匂いじゃないの。もっと……苦い匂いがする」
俺たちは夜空を見上げる。
銀貨の輝きは美しいが、その裏に広がる経済封鎖の闇は、確実に濃くなっていた。
「行くぞ。救える市場は、全部救う」




