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『伝説の剣も魔法もなし! 営業カバン片手に異世界営業、仲間は胡散臭い商人と肉食獣人少女!』  作者: じろう


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第2話 商業ギルドと飛び込み営業!?

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俺の名は佐藤健二。

ブラックホールに吸い込まれて異世界に飛ばされ、胡散臭い行商人ライルと肉に釣られる獣人少女ミナに巻き込まれた凡人営業マンだ。


昨日は荷物運びを手伝っただけで銀貨をもらい、思わず

「残業三時間より稼げるじゃねぇか」

と感動した。

……が、同時に「帰る方法が見つからない」という現実が、胃の奥にずっしり重くのしかかっている。

「よし健二! 次はもっと大きな商談だ!」

胡散臭い笑みを浮かべるライル。

「肉を買え! 肉を山ほど!」

尻尾をぶんぶん振るミナ。

……いや、俺だけ不安の方向性が違うんだけど!?

「商売を続けるなら、まずは商業ギルドに登録だな」

ライルに連れられ、石畳の大通りを抜けた先に、ひときわ目を引く建物がそびえていた。

灰色の石を積み上げた重厚な造りで、壁面には蔦が絡み、窓枠には鉄格子がはめ込まれている。

まるで城塞の一部を切り取ってきたかのような威圧感だ。

入口のアーチには、金属のプレートに大きく「商業ギルド」と彫り込まれている。

文字は深く刻まれ、長年の風雨で縁が黒ずんでいるが、それがかえって歴史と権威を感じさせた。

両開きの扉は分厚いオーク材でできており、表面には無数の商人たちが叩いたであろう拳の跡が残っている。

取っ手は真鍮製で、磨かれている部分と手垢で黒ずんだ部分がまだら模様になっていた。

「……なんだこれ、銀行か役所か? いや、むしろ異世界版の国税庁って感じだな」

思わず背筋が伸びる。

中からは帳簿をめくる音や、羽ペンが紙を走るかすかな音が漏れ聞こえてくる。

商人たちの笑い声と、時折混じる怒号。

金の匂いと人間臭さが、扉の隙間から漂ってきた。

ライルはにやりと笑い、羽根付き帽子を押さえながら言った。

「さぁ健二、ここが俺たち商人の戦場だ」

「……いや、俺は異世界初心者なんだけど!?」

俺は営業カバンを抱きしめながら、まるで就活の面接会場に突入する新卒の気分で、重たい扉を押し開けた。

中に足を踏み入れた瞬間、鼻をつく独特の匂いが押し寄せてきた。

乾いた羊皮紙の香り、インクの酸味、そして人いきれと汗の混ざったむっとする空気。

まるで図書館と満員電車を足して二で割ったような匂いだ。

「うっ……なんだこの匂い。図書館と電車が合体事故でも起こしたのか?」

思わず顔をしかめる俺。

「ははっ、これが金の匂いってやつさ」

ライルは妙に誇らしげに胸を張る。

「肉の匂いはしないな……」

ミナは鼻をひくひくさせて不満げだ。

広間は天井が高く、二階まで吹き抜けになっている。

上階の回廊からは職員が書類の束を抱えて駆け下り、階段の踊り場では商人同士が口角に泡を飛ばして言い争っていた。

「俺の契約だ!」

「いや、先に話をつけたのは俺だ!」

「値下げ競争はやめろ、相場が崩れる!」

「……うわ、異世界でも営業の世界は仁義なき戦いかよ」

俺が呟くと、ライルはにやりと笑った。

「いいだろう? 血で血を洗う商談合戦! これぞ商人の華!」

「いや、華っていうか泥仕合だろ……」

帳簿を抱えた職員たちが慌ただしく行き交い、灰色の制服に身を包み、腰には羽ペンと小型の算盤をぶら下げていた。

「在庫確認! 次の馬車はいつ到着する!?」

「領収書は三部複写だ、間違えるな!」

「……完全に異世界のオフィスだな。俺、また残業させられる未来が見えるんだけど」

「安心しろ健二、残業代は銀貨で払われるぞ!」

「いや、それはちょっと魅力的に聞こえるからやめろ!」

壁際の掲示板には、依頼書がびっしりと貼られていた。

ただし、よく見ると材質が二種類ある。

一方は羊皮紙。厚みがあり、表面はなめらかで、インクの線もくっきり残っている。

「護衛付き輸送依頼」「大口契約の証明」など、重要度の高い案件はすべてこちらに書かれていた。

もう一方は、安っぽい紙。

灰色がかった黄ばみ、ざらついた表面、端は湿気で波打ち、インクはにじんで裏まで透けている。

「薬草百束買い取り希望」「干し肉卸値交渉可」など、日常的な取引依頼はこの紙に殴り書きされていた。

「……これ完全にコンビニのコピー用紙以下だろ!」

思わず口から出たツッコミ。

「コンビニ? コピー? なんだそれは?」

ライルが眉をひそめるが、すぐに鼻で笑った。

「まあいい。とにかく羊皮紙は高い。信用や契約の証明に使う。安い紙は消耗品、貼って剥がして終わりだ」

ミナは安っぽい紙の依頼を指差し、尻尾をぶんぶん振る。

「肉の依頼は全部こっちだな!」

「……いや、肉に公式文書はいらないだろ!」

俺は即ツッコミを入れた。

――まるで求人広告と業務委託の張り紙がごちゃまぜになったようなカオス。

「おいライル、“干し肉卸値交渉可”って書いてあるぞ!」

ミナが尻尾をぶんぶん振る。

「お前は依頼内容を肉フィルターでしか見てないのか!」

さらに奥には倉庫へと続く大扉があり、荷車を押した職員が次々と出入りしている。

木箱の隙間からは薬草の青臭い匂いが漂い、干し肉の香ばしい匂いと混ざって、空気はさらに濃厚になっていた。

窓口には、眼鏡をかけた女性職員が座っていた。

髪をきっちりまとめ、羽ペンを走らせる手は一切の無駄がない。

冷たい視線でこちらを見上げ、事務的に言い放つ。

「登録には保証人か実績が必要です」

ライルが胸を張り、得意げに言い放つ。

「俺は信用がある商人だぞ!」

女性職員は羽ペンを止め、眼鏡の奥から冷たい視線を投げた。

「……前回の未払い分、まだ処理されてませんよね?」

その声は氷のように冷たく、広間のざわめきの中でもはっきりと突き刺さった。

ライルの笑みが一瞬だけ引きつる。

だが、すぐに咳払いをして取り繕う。

「そ、それは……ちょっとした手違いでして。ほら、商売には流動性がつきものだからな!」

女性職員は眉一つ動かさず、淡々と書類をめくる。

「未払いは“手違い”ではなく“債務”です。こちらの帳簿には、銀貨三枚分が未処理と記録されています」

羽ペンの先が、まるで処刑台の斧のようにカリカリと音を立てる。

ライルは額に汗を浮かべ、必死に笑みを浮かべた。

「ま、まあ……今日中に、必ず、ね?」

女性職員は冷ややかにうなずいた。

「必ず、です」

その一言に、俺の背筋に冷たいものが走った。

――異世界でも、未払いは地獄より恐ろしい。

「肉は保証人になるか?」

ミナが真顔で干し肉を差し出す。

「ならねぇよ!」

俺は即ツッコミ。

思わず背筋を伸ばしながら、心の中で呟いた。

「営業=信用第一」――その常識が、異世界でも通用する気がしてならない。

ここはまさしく、異世界の“会社”だった。

結局、俺は必死に「営業トーク」で食い下がった。

「顧客の信頼を第一に考え、誠実な取引を心がけます!」

「異世界初心者ですが、数字には責任を持ちます!」

窓口の女性職員は、冷たい視線を外さなかった。

羽ペンを走らせながら、淡々と質問を投げかけてきた。

「……あなたの強みは何ですか?」

「えっ、強み!? あ、はい! えっと……フットワークの軽さと、どんな相手にも笑顔で対応できるコミュニケーション能力です!」

……なんだこれ、完全に就活面接じゃねぇか。

「では、弱みは?」

「弱み!? えっと……ついサービス精神が過剰になってしまうところです! でも、それを改善するために日々努力しています!」

俺は汗をかきながら必死に答える。

ライルが横から口を挟んだ。

「こいつ、数字に追われると顔が死ぬんだぜ!」

「余計なこと言うな!」

女性職員は小さくため息をつき、さらに問いを重ねる。

「当ギルドの理念をご存じですか?」

「御社の理念に共感しました!」

……あ、やべ。

口が勝手に就活モードになった。

「御社?」

女性職員が眉をひそめる。

「いや、その……ギルド様の理念に……!」

俺は慌てて言い直した。

ミナが横で干し肉をかじりながら、のんきに言う。

「肉を大事にする理念か?」

「そんな理念あるか!」

女性職員はしばらく俺たちを見つめていたが、やがて羽ペンを置き、事務的に告げた。

「……条件付きで仮登録を認めます」

「やった!」

思わずガッツポーズを取る俺。

「近隣の村で余っている商品を売りさばいてきてください。それが実績となります」

「……飛び込み営業かよ」

俺は頭を抱えた。

ライルはにやりと笑う。

「健二、これで正式に商人仲間だな!」

「肉も売れるんだろ!?」

ミナは尻尾をぶんぶん振っている。

……いや、俺はただ帰りたいだけなんだけど!?

女性職員は羽ペンを動かし続け、冷たい視線のまま言い切った。

「当商業ギルドは、戦闘職の転移者を優遇します。護衛にも広告にもなるからです」

「……え、いや待って。商人ギルドなのに?」

俺が食いつくように突っ込むと、女性職員はペン先で書類の項目をなぞりながら、指折り数えるように続けた。

安全確保: 「輸送路の安全は利益そのものです。戦闘職は護衛費の削減と納期遵守に直結します」

政治圧力: 「王侯や貴族が勇者を厚遇します。取引網に関わる以上、真っ向からは逆らえません」

ブランド価値: 「“勇者様御用達”の看板は商会の信用を跳ね上げます。寄付も増えます」

需要の偏り: 「即戦力の戦闘職には依頼が集中します。営業職は現地人でも代替可能と見なされやすい」

癒着とコネ: 「勇者パーティーは大口の商家に繋がりがちです。好条件の案件が回ってきます」

そして最後に、事もなげに付け加えた。

「……結局、商業ギルドも利益第一ですから」

「……生々しい!」

俺の声が裏返る。

ライルは満足げにうなずき、ミナは干し肉を噛みながら目を輝かせた。

《佐藤! 相手の合理性を認めろ。それが交渉の入り口だ》

頭の奥で“鬼軍曹モード”の上司が吠える。

「じゃあ、営業マンの俺は?」

俺が恐る恐る問うと、女性職員は一枚だけ別の羊皮紙を取り上げた。

「条件付き仮登録です。まずは在庫処分を成功させ、数値で価値を示してください」

「数値で……」

俺は営業カバンを握り直す。

《佐藤、数字は冷たい顔をしているが、積み上がれば信用になる》

同じ声なのに優しくなるの、やめてくれ。

倉庫の扉を開けた瞬間、むっとした空気が押し寄せてきた。

湿気と埃が混ざり合い、鼻の奥にカビ臭さがまとわりつく。

中には、売れ残りの在庫が無造作に積み上げられていた――と思いきや、よく見ると壺や干し草の束には番号札がぶら下がり、壁には在庫管理表が貼られている。

「壺(欠けあり)×12」「干し草(湿気)×8」「干し肉(白カビ)×15」――細かく記録されていた。

「……これ完全に棚卸し研修だろ!」

俺の叫びが倉庫に響く。

まず目に飛び込んできたのは、口が欠けた壺の山。

中にはまだ土や砂がこびりついていて、誰も買う気が起きないのが一目でわかる。

「……これ、リサイクルショップでも断られるやつだろ」

次に目に入ったのは、湿気で黒ずんだ干し草の束。

触れると指先にじっとり水気が移り、嫌な匂いが立ち上がる。

「これ、牛ですら食べないんじゃないか?」

そして極めつけは、売れ残りの干し肉。

表面は白く粉を吹き、ところどころカビが浮いている。

ミナが目を輝かせて近づいた瞬間、俺は慌てて制止した。

「待て! それはもう“肉”じゃなくて“歴史資料”だ!」

木箱の隙間からは、酸っぱい匂いや油の腐った臭気が漂ってくる。

倉庫全体が「売れ残り」という言葉を体現していた。

「管理は行き届いているが、売れないものは売れない。だからこうして積み上がっている」

俺は思わずため息をついた。

ライルは感心したようにうなずいた。

「管理が行き届いているな。これなら在庫回転率も一目瞭然だ!」

「いや、回転率以前に腐ってるだろ!」

俺は即ツッコミ。

ミナは番号札を引きちぎりながら干し肉にかぶりつく。

「番号なんてどうでもいい! 肉があるなら勝ちだ!」

女性職員が無表情のまま注意した。

「商品に手を出さないでください」

「いや、もう商品じゃなくて廃棄物だろ!」

俺のツッコミが倉庫に虚しく響いた。

女性職員は一切表情を変えず、事務的に告げる。

「これを売りさばいてきてください。それが実績となれば正式登録です」

……一瞬だけ現れた「異世界棚卸し研修」の幻影は、すぐに現実の重さにかき消された。

ライルは胸を張り、ミナは尻尾を振ってはしゃいでいる。

だが、俺だけは営業カバンを握りしめたまま、足元がぐらつくような感覚に襲われていた。

――在庫処分。

数字で証明。

言葉は簡単だ。

けれど、異世界で、胡散臭い商人と肉しか見てない獣人少女と一緒に、本当にやれるのか?

「……俺にできるのか……?」

その不安だけが、重く胸に沈んでいった。

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