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『伝説の剣も魔法もなし! 営業カバン片手に異世界営業、仲間は胡散臭い商人と肉食獣人少女!』  作者: じろう


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第15話 保護と制度

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焦げた荷車の傍で、補給部隊と勇者隊が合流する。

ジョゼアは毛並みに残る雷光を払うように尾を揺らした。

ミナがそっと近づき、鼻をひくつかせる。

「……匂いが、強い。でも、怒ってない。 この人……戦うために生きてる。制度とかランクじゃ測れない匂い……」

健二が帳簿をパン、と軽く閉じて、ジョゼアを見上げる。

ちょっとした営業トークのようだった。

「いやぁ、さすがAランク勇者。ジョゼア・フェン・セルジーヌさん。跳躍距離も雷嘴の裁きも、文句なしの一級品。補給部隊の商人としては、もう拍手ものですよ」

ジョゼアが無言で視線を向けると、健二は肩をすくめて続けた。

「でもね、僕が帳簿に記したのは、戦闘じゃなくて――命の震えに応えたってとこ。数字は冷たいけど、セルジーヌさんの動きは……あったかかった。制度じゃ測れない“生き方”、ちゃんと記録させてもらいましたよ。 ……うちの補給部隊、そういうの、けっこう大事にしてるんで」

ジョゼアは少しだけ目を細め、風の向きを読むように耳を動かした。

「……補給部隊の商人か。帳簿の匂い、懐かしい。うちは母が魔導具士でね。帳簿と記録が、家族の命綱だった」

健二が驚いたように目を見開く。

「じゃあ……あなたの補給部隊、家族なんですか?」

ジョゼアは静かにうなずいた。

「父は前線の戦士だった。補給の遅れで、命を落とした。 ロイド・マルヴァン――当時の補給隊長は、今でも自責してる。母はその後、魔導具士として私たちを育ててくれた。 弟たちは商人になって、私の遠征を支えてる。……私は、家族のお陰で生きてる。だから、補給部隊には頭が上がらない」

ミナが尻尾を揺らしながら、そっと呟く。

「匂いが……家族の匂いだ。戦ってるけど、守ってる匂い……」

瘴気が薄れた塔の内部。

崩れかけた石壁の奥、風の通らない隅に、二つの影が震えていた。

そのとき――足音が響く。

「……いたぞ。ライル、ザルド、こっちだ」

ロシュが盾を構えたまま、声を潜めて呼びかける。

ザルドが慎重に距離を詰める。

「震えてる……敵意はない。……」

ライルが眉をひそめる。

「おいおい、マジかよ。こんなちっこいのが雷嘴呼んだってのか?」

ロシュがゆっくりと膝をつく。

「魔導符を使ったのは……この子たちか。 攻撃じゃない。助けを呼んだんだな」

ザルドが腰を下ろし、そっと声をかける。

「おい、動かなくていい。こっちは……捕まえに来たんじゃない。保護だ」

獣人型ヴァルグルムが、わずかに顔を上げる。その瞳には、まだ警戒と涙が残っていた。

ライルが荷袋から小さな保存食を取り出し、そっと差し出す。

「ほら、食えるか?補給部隊の在庫だけど、今なら特別価格で命分けてやるよ」

幼い狼型ヴァルグルムが、そろりと前足を伸ばし干し肉を食べる。

その動きに、獣人型ヴァルグルムが幼い狼型ヴァルグルムを見つめる。

「人間、こわくないの……?」

ロシュが静かに言った。

「雷嘴は裁かれた。戦場は終わった。 今は……命を繋ぐ時間だ」

ザルドがうなずく。

「補給部隊と合流する。健二が記録してくれる。君たちの命は、もう“記録外”じゃない」

夜風が静かに吹き抜ける。

瘴気はほとんど消え、空には星が滲んでいた。

仮設テントの中、ミナは毛布にくるまった幼い獣人型ヴァルグルムの隣に座っていた。

ビーグル犬の耳がぴくりと動き、鼻がそっと近づく。

「……まだ、怖い匂いが残ってる。でも、泣いてる匂いは……少しだけ、やわらかくなった」

子供は小さくうなずき、震える声でぽつりと呟いた。

「……お父さん……人間と話そうとしてたの」

ミナの垂れた耳が動く。

「話そうって……交渉?」

「うん……お父さんとお母さんが、塔の外で人間と会ったことがあって…… “子供と生きるためなら、敵でも話せる”って……そう言ってた」

ミナはそっと尻尾を巻き、子供の隣に寄り添う。

「でも……うまくいかなかったんだよね?」

子供は目を伏せ、毛布をぎゅっと握った。

「グラウゼル様が……お父さんたちに烙印を…… それが暴れて……お母さん、もう、言葉が出なくなって…… 人間たち、怖がって……剣を抜いて……」

ミナの鼻がひくつき、目を細める。

「……匂いが、混ざってる。怖い匂いと、守ろうとした匂い。 お母さん、最後まで……君を守ろうとしてたんだね」

子供は小さくうなずいた。

「だから……お父さん魔導符、くれたの。“もしものときは、これで助けを呼べ”って…… でも……雷が来て……怖くて……」

ミナはそっと子供の手を握った。

その手はまだ小さく、冷たかった。

「大丈夫。もう、雷は怖くないよ。だって、あの雷は……君の声に応えたんだもん。ジョゼアが、ちゃんと受け取ってくれた。お父さんの願いも、君の震えも、ちゃんと届いたよ」

子供の瞳に、ぽろりと涙が浮かぶ。

「……お父さんが “人間は怖いけど、違うやつもいる”って…… 本当だったんだね……」

ミナはそっと子供の頭を撫でた。

その手は、戦場を駆けた勇者のものではなく、命の匂いを嗅ぎ分ける、ただの手だった。

「うん。本当だよ。 だから、今度は……君が生きて、伝えてあげて。お父さんとお母さんが、どんな匂いで、どんな言葉を残したか。それが、きっと……次の雷を変えるから」

夜が明けた早朝、健二は焦げたSOS魔導符を手に取り、焼け跡を見つめながら、みんなが集まるテントの中に入っていった。

「この紋章、見覚えがあります。ヴァルグルム指揮官のもの。ミナから聞いた話では彼たちは、子供と生きるために人間との交渉を試みた。でも、“深紅の牙”グラウゼルの烙印暴走で、上手くいかなかった」

ジョゼアが目を細める。

「……その子供が、魔導符を使った。雷嘴を呼んだのは、攻撃じゃない。 命を繋ぐためのSOSだった」

健二は帳簿に書き足す。

「命の震えは、雷を呼んだ。そして雷は、命を裁いた。記録外の奇跡――ここに記す」

制度では測れない“生き方”ロシュがジョゼアに問いかける。

「お前、ソロで雷嘴を裁いた。Aランクの実力ってだけじゃない。……何を信じて、あそこまで跳べた?」

ジョゼアは風を感じながら、静かに答えた。

「命の震え。匂い。記録。 制度は、数字で測る。でも、生き方は……匂いで感じるものだと思ってる」

ミナがうなずく。

「うん。匂いは、嘘つかない。 泣いてる匂い、怖い匂い、守ろうとしてる匂い…… ジョゼアの匂いは、“生きるために戦ってる”匂いだった」

健二は帳簿を閉じ、静かに言った。

「制度は揺れる。でも、命の記録は残る。それが、補給部隊の役目だと思ってます」

ジョゼアは微笑み、尾を揺らした。

「なら、私はその記録に応える。いかづちは、命に応えるためにある。雷神裁ディオス・ジャッジは、記録の続きを刻むための剣――そう思ってる」

関所を抜けた一行は、瘴気の薄れた山道を進んでいた。

荷車は焦げ跡のまま残ってる部品を寄せ集め一台にして、ジョゼアたちに分けてもらった補給物資で再編された。

雷嘴と狼型ヴァルグルムの残骸はジョゼアたちの大きな荷車に載せられ、魔導符は健二の帳簿に挟まれている。

ミナが荷車の脇を歩きながら、鼻をひくつかせた。

「……匂いが、静かになってる。雷の匂い、もう怒ってない。 でも……ちょっとだけ、泣いてる匂いが残ってる」

ジョゼアが魔導馬の背から振り返る。

いかずちは、命に応える。怒りも、悲しみも。 でも、裁いたあとは……静かになる。 それが、雷神裁の余韻」

健二が荷車の上で帳簿を開きながら、笑った。

「余韻ってのは、記録係にとっては一番ありがたい時間なんですよ。数字が落ち着いて、言葉が染み込む。……この3日間で、制度に載せる言葉を整えます」

ロシュが荷物を背負い直しながら、歩調を合わせる。

「制度に載るかどうかは、勇者議会次第だろ。グランツ商会が黙ってるとは思えない」

ザルドが大剣を背負いながら、静かに言った。

「でも、記録は残る。誰が否定しても、いかずちは裁いた。それだけは、誰にも消せない」

峠道を抜ける。 木々の間を風が通り、雷の匂いはもう遠い。

ミナがふと立ち止まり、鼻をひくつかせた。

「ねえ、健二。匂いの記録って……制度に載るのかな?」

健二は荷車の脇で帳簿を閉じ、少し考えてから答えた。

「載せるよ。制度が揺れても、記録は残る。 匂いは数字じゃないけど、命の震えは……ちゃんと伝わる。 ミナの嗅覚は、うちの補給部隊の“感情センサー”だからね」

ミナは耳をぴくりと動かし、嬉しそうに尻尾を揺らした。

「じゃあ……泣いてる匂いも、守ろうとしてる匂いも……制度に届く?」

ジョゼアが魔導馬の背から、静かに言った。

「届くよ。いかずちが届いたんだから。匂いも、記録も、命も――全部、制度に届く。……届かせるために、私は跳んだ」

丘を越えた先に、王都クレールヴァルの尖塔が見え始める。

風が変わり、空気が少しだけ硬くなる。

ロシュが剣を握り直しながら、呟いた。

「……王都の空気って、やっぱり制度の匂いがするな」

ライルが荷車の陰から顔を出し、肩をすくめる。

「数字と契約と、議会の言い争い。補給部隊には向いてない場所だぜ」

健二が帳簿を抱えながら、静かに言った。

「でも、記録はここに届く。雷嘴の裁きも、魔導符のSOSも、ミナの匂いも―― 全部、制度に揺らぎを与えるために」

ジョゼアが魔導馬を降り、尾を揺らした。

「雷神裁は、記録の続きを刻む剣。なら、王都で続きを語る。命の震えを、制度に刻むために」

ミナが鼻をひくつかせ、王都の風を感じる。

「……匂いが、硬い。でも、ちょっとだけ……揺れてる。誰かが、待ってる匂いがする」

健二は帳簿を開き、最後のページに一行を書き足した。

「命の記録、王都へ到着。 制度の風、雷の余韻に揺れる――」


王都クレールヴァル・記録庁アーカイブ・セントラル

夜の帳が降りる頃、記録庁の魔導灯が静かに灯った。

庁舎の奥、解析室では魔力波形の報告書が次々と印刷され、紙の匂いとインクの熱が空気に混ざっていた。

記録係は、魔導符の発動記録を前に眉をひそめていた。

机の上には、雷嘴の軌道記録、魔力波形のグラフ、そして補給部隊の提出予定帳簿の控え。

「……これは、攻撃じゃない。救援信号だ。しかも、発信源は魔王軍残党……?」

隣の補佐係が報告書をめくりながら顔をしかめる。

「魔王軍の符が、助けを呼んだ……?そんな記録、前例がありません。

議会が受理するかどうかも怪しい」

記録係は静かにうなずいた。

「前例がないからこそ、記録する。制度は記録から始まる。 ……議会提出用の書式、急ぎ整えてくれ」

補佐係が立ち上がり、報告書を束ねながら問う。

「提出理由はどうします? “命の震え”なんて、制度用語には存在しません」

記録係は魔力波形のグラフを指差した。

「この波形、攻撃魔法のそれとは違う。 魔力の揺れが、感情に近い。……これは、命の震えだ。 制度用語にないなら、記録庁が定義する。 “命の震えによる魔導符発動”――それで通す」

補佐係が目を見開く。

「……制度を変える気ですか?」

記録係は報告書を閉じ、静かに言った。

「制度は揺れるべきだ。命が震えたなら、制度も変えなきゃいけない。それが、記録係の仕事だ」

庁舎の外では、尖塔の旗が風に揺れていた。

その揺れは、まだ誰も知らない雷の余韻だった。

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