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『伝説の剣も魔法もなし! 営業カバン片手に異世界営業、仲間は胡散臭い商人と肉食獣人少女!』  作者: じろう


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第14話 雷神裁

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塔の外、戦場の音がようやく途切れ始めていた。

勇者たちが残党狩りを終え、瘴気の残滓が風に流れていく。

健二は荷車の記録を確認しながら、周囲の地形を見渡していた。

「塔の中……物資の残り、まだ残ってるかも」

ミナがふと立ち止まる。

鼻をひくつかせ、風の向きを変えるように首を傾けた。

「……匂う。怖い匂い……でも、泣いてる。誰か、ここにいる」

ライルが荷車の陰から顔を出す。

「おいおい、泣いてる匂いって……そんなのまで嗅ぎ分けられるのかよ」

ミナは尻尾をぱたぱた揺らしながら、真剣な顔でうなずく。

「うん。泣いてる匂いは、ちょっと湿ってて、胸がぎゅってなる感じ」

ライルが目を丸くする。

「それ、匂いっていうか……感情じゃねぇか?」

「そういえば、あの子たちも感情分かってたな」

健二はふと、泣いている妹の膝に寄り添っていた実家の猫たちを思い出す。

あの子たちは、言葉じゃなくて、匂いで気持ちを感じ取っていた。

今、ミナが感じているものも――きっと、同じだ。

そしてミナと一緒に塔内部に入った。

塔の奥、崩れかけた石壁の影。

幼い狼型ヴァルグルムが、毛を逆立てながら震えていた。

隣の獣人型ヴァルグルムが、擦り寄るようにその背に手を添える。

ミナがそっと手を伸ばす。

「怖くないよ。……助けに来たの」

ミナがもう一度鼻をひくつかせる。

崩れかけた階段の影から、微かに“記憶の匂い”が漂ってくる。

そして―― 風が、塔の奥から静かに吹き抜けた。

塔の裏手、崩れかけた階段の影。

瘴気の薄い空間に、幼い獣人型ヴァルグルムが蹲っていた。

その隣に、親が膝をついていた。

「……いいか、よく聞くんだ。この符は“人間に見つかったとき”に使うんだ」

親は懐から、布に包まれた魔導符を取り出した。小さな手にそれを握らせる。

「これは、昔……坊やが生まれたときに、母さんが作ったんだ。 “もしものときは、これで助けを呼べ”って……」

「でも……人間は、こわい……」

「そうだね。こわい。けど……中には、違うやつもいる。 父さんは、信じてる。この符が、助けてくれる。坊やが、生き延びるって」

幼い獣人ヴァルグルムが、涙をこらえながらうなずいた。

親は額に口づけを落とした。

「塔の奥に隠れて。音が止むまで、じっとしてて。それまで、絶対に……生きてるんだぞ」

そして、親は立ち上がる。

崩れかけた扉の向こうへと歩き出す。

その背中は、もう振り返らなかった。

健二は息を整え、ミナの視線を追った。

ミナは耳をぴくりと動かし、健二の袖をぎゅっと握る。

「健二……あの子、匂いが、震えてる」

瘴気の残滓がまだ空気に漂っている。

息をするだけで、喉が焼けるようだった。

「……こわい……でも、これ……押すしか……」

小さな手が、魔導符に触れる。

符の表面が淡く光り、瘴気の粒が震えた。

塔の外に向けて、魔力の光が放たれる――それは、SOSの信号。

空に音が鳴り響いた。

塔の外に出た健二が呟く。

「……っ! 空が……鳴った……?」

遠くの雲が裂け、飛行魔物たちが旋回しながら降下してくる。

その動きは、まるで“呼ばれた者”のように迷いがなかった。

勇者ロシュが叫ぶ。

「魔物!? なんで今さら……!」

戦場がざわめく。

勇者パーティの戦士ザルドが剣を構え直し、魔法使いレティアが魔力を練り直す。

だが、空からの襲撃に対応できる者は少ない。

ミナはかすかに光っていた、魔導符を見つめる。

その光は、攻撃の色ではなかった。

それは、命の震え――助けを求める光だった。

ミナは外にいる健二に近づきながら、そっと呟く。

「匂いが……怖いけど、泣いてる匂い。あの子たち、助けを呼んだんだよ」

レティアは左手首に巻かれた魔力計測環マナトラックをちらりと見た。

表示された魔力残量は、12%。 波形は不安定。雷属性が、まだ微かに残っている。

空気中の魔力マナは濃い。

だが、彼女の体内には、もうほとんど残っていない。

「……飛行型か。雷撃なら落とせるけど、これが最後。空気が濃くても、吸えないんじゃ意味がない……」

ライルが荷車の陰から顔を出す。

「魔力回復薬、あと2本。誰が使うか、教えてくれ」

レティアは静かにうなずいた。

「この一発で、飛行魔物を止める。私にちょうだい!命の分岐点よ」

飛行魔物が旋回しながら、翼を大きく広げた。

その動きは、まるで空気を吸い込むようだった。

「……あれ、吸ってる」

ミナが鼻をひくつかせる。

「マナの匂いが……薄くなってる。あの魔物、翼で魔力マナを吸ってる……」

健二が帳簿を開いた。

「魔物の魔力回復速度、肺活量依存……記録しておく」

レティアが魔力計測環マナトラックを見ながら、苦笑する。

「こっちは吸えないのに、あいつらは呼吸するだけで回復か……ずるいわね」

飛行魔物《雷嘴》が翼をすぼめ、空を裂くように落下する。

その嘴は、まるで雷のような魔力で光り輝いていた。

雷鳴をまとった巨影が、矢のようにグラウへ突っ込んでくる。

全長三メートルを超える翼が空気を裂き、瘴気混じりの風が谷間を震わせた。

「来る……っ!」

勇者ロシュが盾を構え走るが、間に合わない。

グラウは血走った目で祈祷鈴の欠片を握りしめ、声は震えていた。

だが、その震えの奥には確かな力が宿っていた。

「穢れし風よ退け、命よ留まれ――結界展開バリア・フォルム!」

だが、砕けた鈴はもう完全な媒介ではなかった。

結界の光は揺らぎ、雷撃が防壁を貫く。

「ぐっ……ああああああっ!」

轟音とともに光が弾け、グラウの胸を雷が焼いた。

焦げた毛皮の匂いと血の鉄臭さが一気に広がり、仲間たちの喉を詰まらせる。

「グラウッ!」

ザルドが叫び、駆け寄ろうとするが、瘴気の風が押し返す。

「……まだ……立てる……」

グラウは膝をつきながらも、砕けた鈴を握りしめていた。

だがその手は震え、血が滴り落ちて石畳を赤く染めていく。

「嘘だろ……守りが……崩れた……」

ライルの声が震え、ミナは垂らした耳を抑えながら健二の顔を見た。

「健二……匂いが……冷たい……グラウが……消えちゃう……!」

健二は帳簿を開きかけたが、指が止まる。

数字では、この絶望を覆せない。

そのとき――。

「……私がやる」

レティアが一歩前に出た。

額には汗、魔力計測環マナトラックの表示は残りわずか。

「待て、レティア! お前の魔力じゃ――」

ロシュが制止する。

「わかってる! これが最後よ!」

レティアは震える声で叫び、魔力回復薬を飲み干し、杖を高く掲げた。

「雷よ……最後に応えろ……!」

詠唱が始まる。

その声は希望ではなく、賭けに挑む者の声。

仲間たちは息を呑み、ただその言葉に縋るしかなかった。

雷雲が渦を巻き、空気が震える。

だが同時に、飛行魔物《雷嘴》の翼が再び広がり、魔力マナを吸い込みながら急降下を始める。

「間に合え……!」

健二の心臓が早鐘を打つ。

薄氷の上に立つような希望と、崩れ落ちる絶望が、戦場を同時に支配していた。

雷鳴をまとった飛行魔物《雷嘴》が再び急降下する。

魔力マナを吸い込み、翼を震わせ、雷光を纏った嘴が狙うのは――勇者たち。

レティアは震える手で杖を握りしめた。

その瞬間、杖の表面に刻まれた細かな紋様が淡く光を帯びる。

「……っ、これは……」

一瞬、脳裏に浮かんだのは学院を卒業する日の光景だった。

魔道具士の家族が、笑顔で彼女にこの杖を差し出したときの言葉。

――“死なないように。必ず帰ってきてほしいから”

胸の奥が熱くなる。

その願いを裏切らないために、ここで倒れるわけにはいかない。

レティアは血の気の失せた顔で、立ち尽くした。

「……この杖は、家族が“死なないように”って贈ってくれたもの。なのに……私は今、この命を削って使おうとしてる……」

ロシュが叫ぶ。

「レティア! お前の家族はそんなこと望んでない!」

レティアは震える声で返す。

「わかってる!でも……ここで守らなきゃ、帰る場所なんてなくなる!家族の願いを裏切らないために――私は命を賭ける!」

杖が閃光を放った瞬間、雷雲が唸りを上げて渦を巻く。

空気が焼けるように震え、谷間の瘴気が一瞬だけ引いた。

だが――その隙を狙うように、飛行魔物《雷嘴》の群れが動いた。

それはただの突撃ではない。

群れの一羽が急降下し、レティアの視線を引きつける。

その瞬間、左右から別の個体が滑空し、死角を突くように軌道を交差させる。

まるで空中に罠を張るように、獲物の動きを封じる連携――ハヤブサの狩りを思わせる空の戦術。

レティアは一瞬、息を呑んだ。

だが、地面に刻まれた魔法陣が、レティアの足元から広がるように淡く光り始める。

その光は脈動し、まるで雷神の心音のように、戦場全体に響いた。

レティアは声を張り上げた。

「天を裂く雷よ、我が杖に宿る力と共鳴せよ!

穢れし者を焼き、瘴気の風を断ち切れ!

我が血を代価に、我が魂を触媒に――

いま、雷神の一閃となりて応えよ!

雷槍陣ヴォルト・ランサー!!」

詠唱と同時に、魔法陣の淵から無数の雷槍が地を突き破って現れる。

槍は一本ごとに異なる軌道を描き、群れの軌道を読み切ったかのように、交差する空路を正確に狙う。

雷光が地を這い、槍の柄には魔導紋が浮かび上がる。

雷槍が突き上がるたび、瘴気が焼かれ、空気が澄んでいく。

連携の中心にいた飛行魔物《雷嘴》の巨体が雷に貫かれ、翼が焼け落ち、瘴気の風が悲鳴のように唸る。

雷の残響が谷間に反響し、まるで神の怒りが地を打ち鳴らしているかのようだった。

レティアの瞳に、雷光が映る。

その光は、ただの攻撃ではない。

命を守るために放たれた、祈りの雷槍だった。

だが――その空に、群れの外縁を旋回していた個体が一体だけ残っていた。

雷槍の軌道から外れ、冷静に空を滑るように飛んでいる。

健二が帳簿を見ながら、呟いた。

「……まだ、いる。しかも、狙ってる」

勇者ロシュが剣を握り直す。

「嘘だろ……あれだけの魔法でも、落ちないのか……」

ミナは地面にしゃがんだまま空を見上げた。

「匂いが……熱い。あいつ、怒ってる……」

レティアは膝をつき、魔力計測環マナトラックを見つめる。

残量は2と表示され、もうゼロに近い。

それでも、空にはまだ――雷を纏った狩人が残っていた。

レティアは魔力計測環マナトラックを見つめた。

「……残りの1本を使っても42%。足りない……あと8%……それだけで、撃てるのに……!」

飛行魔物《雷嘴》が空を裂くように旋回し、翼を広げた。

その動きは、まるで空気を吸い込みながら魔力を凝縮しているようだった。

雷光が嘴に集まり、瘴気の風が谷間を震わせる。

戦士ザルドが大剣を盾のように構え、勇者ロシュが盾を前に出す。

その後ろでレティアは膝をつきながら、杖を握りしめていた。

レティアの横には薬草ポーションで回復した熊僧侶グラウがいた。

ライルが荷車の陰から顔を出す。

「補給部隊、下がれ!勇者隊が前に出る!」

健二は帳簿を握りしめたまま、動けなかった。

ミナの尻尾は丸くなり、小さな手が健二の体をぎゅっと握る。

「匂いが……決意の匂い。誰か……消えるかもしれない……」

ロシュが叫ぶ。

「相打ち狙いだ!あいつは必ず急降下してくる。降りてくる瞬間に、全力で叩く!誰かが倒れても、絶対にレティアは守る!」

ザルドが静かにうなずく。

「俺たちが盾になる」

雷鳴が空を裂き、飛行魔物《雷嘴》が急降下を始める。

その軌道は、まっすぐレティアとすぐ後ろの補給部隊を狙っていた。

空が、裂けた。

雷雲の渦の中心から、雷光を纏った影が一閃のごとく落ちてくる。

その速度は、風を超え、音を置き去りにする。

時速300キロを超える急降下――それはもはや、空からの弾丸。

翼がすぼまり、空気が悲鳴を上げる。

雷光が嘴に集まり、瘴気の粒子が吸い込まれていく。

魔力マナが、空気ごと引き裂かれ、雷の尾を引くように軌道が刻まれる。

が――その軌道は、一直線すぎた。

怒りに燃えたその瞳は、雷を放った者――レティアしか見ていない。

仲間を焼かれた憎しみが、空の狩人としての冷静さを奪っていた。

その軌道は一直線。

まるで、雷に報いるためだけに空を裂いているかのようだった。

健二が帳簿を見ながら、呟く。

「……速すぎる。狙いが……絞りすぎてる」

ミナが鼻をひくつかせる。

「あいつ怒ってる。でも、周りが見えてない……」

雷鳴が谷間を揺らす。

飛行魔物《雷嘴》の嘴が、雷の刃となってレティアを狙う。

だがその瞬間――熊僧侶グラウが腰を上げ、立ち上がった。

焦げた毛皮からはまだ煙が立ちのぼっている。

だが、その目は、もう迷っていなかった。

「ライル、薬を……!」

「お、おうっ!」

ライルが荷車の陰から、最後の魔力回復薬を投げる。

グラウはそれを片手で受け取り、口に流し込む。

「……もう一度、張る。今度こそ、通さない……!」

砕けた祈祷鈴の欠片を掲げ、血の滲む手で印を結ぶ。

――その背は、いつもよりも高かった。

「穢れし風よ、ここを越えるな。 揺らぐ命よ、ここに留まれ。 我が声は扉、我が鈴は鍵。 今、聖なる環よ――この地を守れ」

結界展開バリア・フォルム!!」

祈祷鈴の欠片が光を放ち、グラウの体が膨れ上がる。

2メートルだった熊僧侶の体が、3メートルへと拡張される。

その毛皮は雷光を反射し、足元の魔法陣が地を覆うように広がる。

「……でかくなったな、グラウ」

ライルが荷車の陰で呟く。

飛行魔物《雷嘴》の嘴が、雷の刃となって結界に突っ込む。

雷光が弾け、空気が震える。

「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

グラウが吠えるように踏ん張る。

結界が軋み、光が揺れる。

だが――破れなかった。

飛行魔物《雷嘴》が結界にぶつかり、先端がわずかに欠ける。

その瞬間、ロシュが叫ぶ。

「今だッ! ザルド、いくぞ!」

「了解ッ!」

ザルドが大剣を構え、ロシュが盾を前に出して突進する。

「嘴の先端、欠けてる! そこを狙え!」

「了解! 雷の狩人に、大剣を食らわしてやる!」

二人の剣が交差し、飛行魔物《雷嘴》の体や翼に切り込む。

雷光が弾け、瘴気が悲鳴のように唸る。

だが――致命傷には至らなかった。

飛行魔物《雷嘴》は翼を広げ、空気中の魔力マナを吸い込みながら上空へと逃げる。

「逃げたか……!」

ロシュが剣を構えたまま、空を睨む。

「でも、嘴は欠けた。次は、落とせる」

ザルドが静かに言う。

グラウは膝をつきながら、祈祷鈴の欠片を見つめた。

「……命は、守った」

雷雲がまだ渦を巻いている。

空には、雷を纏った狩人が残っている。

だが――その嘴は、もう完全ではなかった。

嘴が欠けたことで、魔力マナの流れが乱れ始めていた。

飛行魔物《雷嘴》はそれに気づかず、怒りのままに魔力マナを吸い込み、凝縮する。

翼が震え、雷光が嘴に集まる。

だが――その光は、制御された雷ではなかった。

レティアは飛行魔物《雷嘴》を見ながら、眉をひそめる。

「……魔力波形、乱れてる。あれ……暴走してる……?」

ミナが体を小さく丸め、鼻をひくつかせる。

「匂いが……焦げてる。まだ落ちてないのに……」

飛行魔物《雷嘴》が急降下を始める。

だがその嘴から、雷が漏れ始める。

軌道の周囲に、瘴気混じりの雷光が散り始める。

「まずいッ! あれ、狙ってない……!」

ロシュが叫ぶ。

飛行魔物《雷嘴》が地に届く前に、雷光が暴発する。

その軌道の下にあったのは――補給部隊の荷車2台とライルの荷車。

「健二、ミナ、下がれッ!!」

ライルが叫ぶ。

雷光が荷車を貫き、薬草ポーション、保存食、魔導符の束が――一瞬で焼き尽くされた。

荷車の傍にいた健二とミナはライルの声が聞こえ咄嗟に離れることが出来た。

ミナが荷車の焦げ跡に近づき、尻尾を力なく揺らす。

「……っ! 補給物資が……!匂いが……消えた。助けるための匂いが……もう、ない……」

グラウが膝をつきながら、焦げた荷車を見つめる。

「……命は守った。でも、戦は……続けられないかもしれないな」

雷雲がまだ渦を巻いている。

空には、雷を纏った狩人が残っている。

だが――地上には、戦うための糧が焼き尽くされ、焼け焦げた荷車と膝をつく仲間たち。

そのとき――風が変わった。

瘴気の流れが一瞬止まり、空気が澄んだ。

遠くの丘の上に、赤色の紋章と雷の模様旗が翻る。

そして、その前には銀灰の縞模様の猫獣人が魔導馬に跨っていた。

耳は風を読み、尻尾は静かに揺れている。

健二が帳簿を握りしめたまま、呟く。

「……あれは……勇者ランキング発表祭典で見た……今年のMVP……!」

ミナの尻尾が嬉しそうに動く。

「匂いが……強い。でも、優しい。あの人、怒ってない。守るために来た匂い……!」

旗の下、赤の鎧を纏った猫獣人が魔導馬から降り走り出す。

その背には、補給部隊。

荷車には魔力回復薬、保存食、魔導符の束。属性の魔導具が、光を帯びていた。

「Aランク勇者、ジョゼア・フェン・セルジーヌ。 命の震えを受け取った。ここからは、私が支える」

雷雲が、彼女の背に吸い込まれるように静まり始めた。

雷光が空を裂く。

飛行魔物《雷嘴》が怒りに燃え、嘴を輝かせながら急降下する。

その速度は、風を超え、音を置き去りにする。

だが――ジョゼアは、動いた。

「軌道、読めた。……雷嘴、迎える」

銀灰の猫獣人が、助走を終えた瞬間―― 腰に巻いた魔導具が、カチリと音を立てる。

ジョゼアは左手で小さな筒状の魔導具を抜き、 雷属性カセットを装填する。

「雷嘴に届かせるには……これで、2倍まで跳べる」

魔導具が起動し、腰から足そして尾へ雷光が走る。

足元の魔法陣が光を放ち、空気が震える。

「跳ぶ。20メートル、届く」

助走は五歩。

尾で風位を測り、雷光を纏って空へ。

その動きは、まるで瞬間移動。

雷嘴の軌道に、銀の閃光が割り込んだ。

空気が焼け、瘴気が弾ける中、雷撃が走る。

雷の刃が、ジョゼアの左肩をかすめる――

だが、彼女は回転した。

尾で空気を切り、肩を引き、雷の軌道を外す。

雷光が彼女の毛並みを焦がす寸前、彼女は空中で姿勢を変えた。

「……遅い。雷嘴、荒れてる」

雷撃が地に落ちる。

だが、ジョゼアはその上空にいた。

銀灰の毛並みが雷光を反射し、空に一閃の軌跡を描く。

雷嘴の先端が、彼女の目の前に迫る。

ジョゼアは、背中の剣を抜き、構えた。

銀の刃には雷紋が刻まれている。

その紋様が、雷嘴の光に呼応するように脈打つ。

かみなりを裂くのは、いかづちだけ。……見せてあげる」

腰の魔導具が低く唸り、雷属性カセットの残量が警告音を鳴らす。

だが、ジョゼアは迷わなかった。

雷光が剣の紋様に吸い込まれ、刃が青白く輝く。

「雷神よ、我が剣に宿りて―― かみなりを裂き、いかづちを落とせ。 この一閃、裁きとならん!」

雷神裁ディオス・ジャッジ

剣が振り下ろされる。

空中で、雷嘴の嘴がジョゼアの剣と交差する。

雷光が弾ける。

瘴気が焼かれ、空気が澄む。

雷嘴の嘴が、剣に触れた瞬間―― 雷が逆流した。

「キィィィィィィィィッ!!」

雷嘴が、空中で甲高く叫ぶ。

それは言葉ではない。

怒りと混乱と、裁かれる瞬間の恐怖が混ざった、猛禽の悲鳴だった。

その嘴に刻まれた魔導紋が、ジョゼアの剣に吸われていく。

雷嘴の嘴が砕け、魔力の流れが断たれる。

翼が焼け落ち、雷光が消える。

雷嘴の巨体が空中で回転しながら、谷間へと落下していく。

その軌道は、もはや雷ではなかった。

ただの、重力に従う影だった。

ジョゼアは空中で一回転し、地上に着地して剣を収め、尾を揺らす。

その姿は、まるで雷雲の中に立つ裁きの使徒だった。

ミナがそっと呟く。

「猫なのに……雷の匂いを怖がってない。むしろ……馴染んでる。すごい……」

健二は帳簿を開き、震える手で記す。

「飛行魔物《雷嘴》は裁かれた。雷神裁ディオス・ジャッジ――記録外の奇跡」

雷嘴が裁かれたあと、谷間には一瞬だけ静寂が訪れた。

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