牙を隠したFランク
学園裏の第二訓練場。そこは主に、正式カリキュラムに含まれない者たち——つまり、Fランク生徒の自主練スペースだった。
「うおおおおっッ!!」
地面を砕くような轟音と共に、鉄杭の標的が吹き飛ぶ。
——巨大な鉄の拳。
いや、違う。それは少女の拳だ。
獣人族の少女、カグラ・シンエン。
筋力強化系のスキルを持ち、かつてはAランクとして名を馳せていた。
だが今は——Fランク。
「っち……また制御できなかったか」
汗を拭い、溜息をつく。
スキル暴走。彼女がFに落ちた理由はそこにあった。
力はあるが、それを使いこなせない。制御不能。
それが彼女に貼られたレッテルだった。
「……あんた、派手にやるね」
聞き覚えのある声が響いた。
振り返ると、木陰に座っていたのは——天城レン。
例の模倣スキル疑惑のFランク男子。
「何だよ、お前。冷やかしか?」
「いや、同じF同士、仲良くしたいだけさ」
「気安く言うな。あたしは落ちただけで、元はAだ。お前と一緒にすんな」
ギラリと獣のような目が光る。
が、レンはまったく怯まず、にやりと笑った。
「……じゃあ、試すか?」
「は?」
「今の拳、試させてよ。俺とスパーリング」
「……あんた、死にたいのか?」
「まさか。死なない程度で頼むよ」
冗談混じりに言いながら、レンは訓練用の木刀を手に取った。
カグラの眉がピクリと動く。
「いいだろう。後悔しても知らねぇぞ、コピー男」
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訓練場に立ち、カグラが構える。
両腕には、獣のような毛皮と鋼の籠手が巻かれている。
スキル《獣撃》——筋力を爆発的に増幅し、打撃に変える近接特化型。
——そして、その制御が課題。
「いくぞ!」
瞬間、地を蹴った彼女が、目にも止まらぬ速度で接近する。
「はっ!」
一撃。木刀が間一髪で受け止める。
——重い! 速い!
「ふぅん、なかなかやるじゃん!」
バン、バンッ!
二撃目、三撃目。圧力が増していく。
彼女の拳は、獣そのものだ。
だが——
(……パターンが、見えてきた)
レンはタイミングを見計らい、再び接触。
《スキル解析:ビースト・ブロウ》
《コピー開始》
「はっ……!」
レンの体が一瞬だけ獣のように光る。
次の瞬間、彼の足がぐんと踏み込み、逆に木刀でカグラの拳を弾く。
「なっ、なに……っ!?」
「力だけじゃ、勝てないよ。ちゃんとコントロールしないと」
「っ、うるせぇっ!」
怒りの突進。今度こそ暴走が始まる——その直前。
「止まれッ!!」
レンの叫びと同時に、彼の木刀が地面を叩いた。
砂煙。距離が開いた。
そして——
「お前、ほんとは、もう制御できてるだろ」
「……は?」
「さっきの連撃。わざと限界手前で止めてた。無意識にな」
カグラが言葉を失う。
図星。自分でも気づいていなかった事実を突かれたのだ。
「お前、もう一度やり直せる。俺が保証する」
「……何でそこまで言い切れんだよ」
「同じFだから。底辺から見える景色は似てるからな」
その言葉に、カグラの瞳がわずかに揺れる。
やがて——彼女は、低く笑った。
「はっ、気に入らねぇけど……面白いじゃん」
「協力してやるよ、レン。お前の白紙の力ってやつ、ちょっと見せてもらおうか」
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こうして、Fランク最強と呼ばれた、落ちこぼれの獣は、天城レンと手を組むことになった。
牙を磨き直すために。
再び、頂点を狙うために。
そして、Fクラスが異常だと噂され始めるのは——このすぐ後のことだった。