表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

夢を奪った女性声優の末路

惨劇、ふたたび

「絶対に、殺してやる」


僕は日菜の血を啜った刃の光沢を眺める。

瑞樹を地獄に突き落とすときを待ち構えている。


惨劇の2ヶ月後、声優専門学校の同級生だった瑞樹から告白された。

彼女は挑発的なグラマラスな体躯と妖艶な笑みが魅力的な美女だ。

僕は惨劇を忘れるために、彼女の告白を受け入れた。


仕事では恋人役を演じ、プライベートではそのままの関係をなぞった。

瑞樹の締まった身体には薔薇の香りが纏っている。


その香りは、媚薬のように僕の心を鷲掴みにしようとした。

一方で、日菜の存在を押し除けようとするどことない不快感を感じさせた。


最近、僕は新進気鋭の声優として注目を浴びつつあった。

犯人役を演じれば右に出る者がいないのでは、と言われるほどに。

先日、ミステリー映画の出演も決まった。


仕事が終わった後、高級フレンチの個室で瑞樹と夕食を共にした。

成人した僕たちはワインを注文した。

僕は少し上目遣いで言った。


「君の両親のおかげで、色々な仕事をさせてもらえて助かるよ」


「当然でしょ」


瑞樹は満更でもない態度でワインに口をつけた。

僕は内心苦笑した。

話題は声優専門学校の思い出に移った。


「湊の演技って、突然化けたよね」

「日菜と付き合い始めたときだったかしら」


僕は飲んでいたワインを吹きそうになった。

瑞樹は長い髪を指で遊びながら言った。


「あたし、いいなって思って」


「えっ、何が?」


「日菜と湊の関係よ」


瑞樹は当時を思い出してやるせない表情をした。


「日菜のことは残念だったわ。才能溢れる子だったのに」


「そう、だね……」


僕はそう言うのがやっとだった。


「パパとママに相談したの」

「日菜がいると、あたしの仕事なくなっちゃうかもって」


僕は瑞樹の発言に引っかかった。

彼女は毛先をくるくる回していた。


「だから、日菜はオーディションに合格できなかった……?」


瑞樹の遊んでいる指がピタリと止まった。

彼女は僕を睨みつけ、低い声で罵った。


「あたしのせい? 日菜が死んだのは」


「い、いや」


高層ビルが解体爆破されるような衝撃だった。


日菜を苦しめた元凶。

日菜と僕の関係を引き裂いた元凶。

それが、目の前にいる--!


同時に後悔が僕の心を押し流した。


もし、真夜中まで日菜を励ましていたら、

もし、周囲の大人に相談していたら、

今頃、日菜は声優として活躍していたのでは--?


店を出ると瑞樹は僕に抱きつき耳元に囁いた。


「日菜を殺したの、あなたでしょ?」


僕も彼女をそっと抱きしめた。


「......違うよ」


瑞樹は一笑すると僕にキスした。

別れた後も僕の身体に染みついた薔薇の香りが纏わりついた。


瑞樹、君に相応しい舞台を用意してあげよう--。


リハーサルを理由に、僕は瑞樹を自分の楽屋に呼んだ。

そろそろ瑞樹が楽屋にやってくる時間だ。

僕は匕首を鞘に収める。


楽屋の壁は白く塗装されている。

床は白いタイルで敷き詰められる。

南側の窓から日中の日差しが入ってくる。


瑞樹が楽屋に入る。

胸元の開いた黒いタイトワンピース姿だ。

日差しが彼女の艶肌に反射して僕を眩ませる。


僕は窓の厚手のカーテンと楽屋の鍵を確実に閉める。


僕たちは抱き合ってキスを始める。

彼女のねっとりとした艶かしい舌が、絶えず僕を誘惑する。

ナイフのように鋭い鼻梁が、僕の薄目を突き刺そうとする。


瑞樹は僕の股を摩る。

僕は彼女の手を軽く掴む。


「リハーサルしようか」


「もう……後でいいじゃない」


瑞樹は僕にくっついたまま、上目遣いで自分の唇を舐める。

僕は彼女を素っ気なく振り解く。

彼女は不満気な表情でバッグから台本を出す。


「湊、台本は?」


「覚えたから、必要ない」


瑞樹は対抗心を燃やしたのか、台本をバッグに戻す。


『破滅の愛』

柊木会と白鷺一家の抗争が勃発した。

柊木会若頭・矢代は、白鷺一家組長・神堂を殺害した。

だがその代償に、矢代の愛人・花音を殺害されてしまった--。


悲しみを忘れるために、矢代は神堂の愛人だった美紅と逢瀬を重ねる。


「お前のおかげで、手打ちにできたぜ」


「これでも、組長の愛人だったんだからね」


矢代は美紅に手を合わせる。

彼女は長い髪を指で遊びながら溜息をつく。


「神堂って、いやらしい男だったわ」

「あたいを手に入れようとしたときだけ一生懸命で」

「手に入ったら暴力を振るうのよ」


矢代は眉間に皺を寄せる。

だが、彼は満足したように言い放つ。


「殺して正解だったな」


美紅は一笑する。


「でも、花音さん、残念だったわ」


「そ、そうだな」


矢代は古傷を抉られる思いをする。

美紅は毛先をくるくる回す。


「神堂が抗争を始めちゃったのはびっくりしちゃったわ」

「『矢代にも苦しんでもらおう』って言い出したの」


矢代は美紅の発言に引っかかった。


「『にも』ってどういうことだよ?」


美紅の遊んでいる指がピタリと止まった。


「だから、『矢代にも苦しんでもらおう』ってどういうことだよ?」

「まるで俺が、何かしたみてえじゃねえか」


美紅は視線を落として沈黙する。

矢代は語気を強め、問い詰める。


「てめえ、何か知ってるんだな?」


「知らないわよ!」


矢代は美紅を平手打ちする。

恐怖のあまり美紅は一気に白状する。


「あたいはあんたに惚れてただけなの!」

「神堂もあの女も邪魔だった。だから嘘ついたの」

「矢代にレイプされた。花音と矢代を始末してって」

「でも、喧嘩強いでしょ? あんたなら神堂を始末できると思って」


美紅の荒い息だけが、周囲にこだまする。


矢代は匕首を勢いよく抜き、鞘を投げ捨てる。

美紅は震えながら壁に背中をつける。


瑞樹は演技に夢中で匕首を小道具だと勘違いしているようだ--。


「死にさらせ!」


矢代は両手で握った匕首で美紅の腹をブスリと刺突する。


「うっ!」


匕首が美紅の締まった肉を無惨に切り裂いた。


彼女の作られた表情は、徐々に本物に変わっていく--。


瑞樹はゆっくりと視線を落とす。

刃がお腹に食い込み、刺創を中心に放射状の皺ができている。

彼女はお腹を抑えて、上半身を僕に預ける。


「な、なんのつもり……?」


「日菜の痛みを知れ」


彼女の豊かな胸が押し潰されるほど、僕は体重を乗せる。

ズブリと瑞樹の肉を掻き分けながら、刃は深く沈んでいく。


「ぐふっ……!」


瑞樹の肺から空気が放出される。


僕は匕首をゆっくり引き抜く。

グチュッと肉が匕首に張りつくような音が出る。

瑞樹は仰け反りよろめく。


僕は瑞樹の首を壁に抑えつける。

彼女の大きな目は恐怖と怒りを僕に訴える。

僕は意に介さず、再びズブリと一撃を加える。


「ぐっ......」


彼女は僕に荒い息を吹きかける。

腐った薔薇の臭いがする。


僕が匕首から手を離すと、瑞樹はよろめきながらドアに歩き出す。

傷口からドクドクと流れ出た血が床を赤く染め上げる。


瑞樹は途中膝を折るが、力を振り絞るようにドアノブに手をかける。

だが、その努力も虚しくドアは開かない。


彼女はドアに赤い手形を残しながら、ゆっくりと崩れた。

最後までお読みいただきありがとうございました。

次回作も楽しみにお待ちいただけたら嬉しいです。


禁断の芸術はまだ始まったばかりです--。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ