ごめんなさい。君を愛せない
婚約破棄騒動に巻き込まれた夫婦の間の子供が出来たらどうなるか妄想してみた。
「初めまして、セージさま。わたくし、ポプリ・シークレットガーデンと申します」
祖父が見つけてくれた婚約者と初顔合わせで婚約者になるポプリ嬢が可愛らしく挨拶をしてくれた。
とても可愛らしい子だ。
自分と同じ8歳の女の子だけど、しっかり挨拶も出来ていて、話をしてみると次から次にと興味深い話をしてくれる。
ああ、楽しい。もっと話をしたい。
でも、辛い。
「ごめんなさい。君を愛せません……」
ぼろぼろと涙を流しながらポプリ嬢に謝る。
「せっ、セージさまっ!!」
泣いている私に気付いて気を使ってくれる様を見て、ああ、ますます愛せないと心が圧迫されるような苦痛に襲われた。
セージ・ウィンターは公爵令息として生まれ育った。父はとても領民想いの公爵で母も民に慕われていた。
そんな両親をセージは尊敬していた。
「おはようございます」
セージの朝は時間が合う限り両親のどちらかと食事をする。
「おはようセージ」
ああ、今日は母と食事をするのだと食卓で腰を下ろしている母を見る。
「おはようございます。母上」
目を見て挨拶をして、次に視線を下に向ける。
「おはようございます。父上」
と母の椅子になっている父に挨拶をする。
「何を言っているのセージ?」
母は自分の椅子になっている父に声を掛けるセージに不思議そうに首を傾げる。
「お父さまはすでに仕事をしているわよ。わたくしも食べ終わったら手伝わないとね」
とふふっと笑う母に、椅子の父はそっと首を横に振って椅子のふりをし続ける。
母が食事を終えて食堂から出ると父は椅子ではなく人間に戻る。
「駄目だろうセージ。椅子になっている父さんに声を掛けては」
人間に戻った父は肩を回しながら注意する。
「で、でも、父上がいるのに挨拶をしないのはいけないことだと母上が」
「それは私が人間の時だけだろう。私が椅子の時は声を掛けてはいけない」
私は椅子だからなと誇らしげに告げる父。
「さて、ノーチェが私を探しているだろうから仕事に戻らないとな」
強張った身体を解しながら執務室に向かう父。しばらくして執務室から父と母が話し合っている声が聞こえる。
「若。あの二人の様にならないでください」
年配の執事がそっと忠告をしてくる。
「あの二人? 父上と母上のこと?」
領民に慕われる良い領主だと聞いているのだが、違ったのかと尋ねるが、
「それは合っていますが、その」
執事が説明しようとしているが、毎回その続きが聞けていない。いつもタイミング悪い父か母に執事が呼ばれるのだから。
いや、説明しようとすると父が、
「間違っていないぞ。これが我が家での正解なんだから」
と言わせないというべきだろうか。
母は仕事をしている時は父を人間として接するのに仕事を一歩抜け出すと父を椅子にする。だから、食事をする時は三人揃ったことがない。
「ああ、あれがノーチェの愛なんだ」
父は椅子になることに喜びを見出して、母が普通の椅子を使うのを許せないと椅子があっても退かしてしまう。
母は父を尊敬しているので食事中に父の仕事中の話をしている。
「母上は父上のことをどう思っているんですか?」
椅子になっている父をどう思っているのだろうかと尋ねると、
「もちろん愛しているわ」
と綺麗な笑みを浮かべて教えてくれる。
ああ、愛するというのは椅子にしたりされたりする関係なんだ。
仕事中は話をするけど仕事から一歩抜け出すと全く話をしないで椅子になってそれに座るだけの関係になるのだ。
目の前の可愛らしいポプリ嬢を見ていると愛せないと悲しみが襲ってくる。だって、愛し合うと目も合わせないで話もしないでただ椅子と座る人の関係になってしまうのだ。
「僕は愛せないよぉ……。ごめんなさい……」
次期公爵になるのに情けない。涙を流し続けるとポプリ嬢が必死に慰めようとしてくれる。
「どうしてそう思われるのですか?」
ポプリ嬢が尋ねてくるので、セージはますます悲しくなってしまう。
「ポプリ嬢は素敵です。話をしているときゅんとするけど愛せません」
ごめんなさいと謝り続けると緊急事態だと察したのだろうお茶の給仕をしていた祖父の従者が、
「失礼します」
と近くに控えていたメイドに合図を送る。メイドは慌ててお見合いの席を外れて走り出していく。
「どうしたセージ?」
すぐに駆け付けた祖父が尋ねるがうまく答えられずに、ますます泣き続ける。
「とりあえずお見合いは中止にしておこう」
「ああ、そうだな」
祖父とポプリ嬢の祖父が話し合って、馬車に乗って帰ることにする。
「お義父さま。セージ」
家に帰るとすぐに母が出迎えてくれる。
「ノーチェ。イヤルドは?」
「旦那さまは……」
母が答える前に父が姿を現す。
「旦那さまは仕事中です」
だが、母は父に一瞥をする事もなく答える。
「ノーチェ?」
「確か今日は領地の見回りに向かっています。ええ、そうですよ」
にこやかに告げる母に違和感を感じる。だが、それに気付く前に父がいきなりいつもの椅子の格好をし始めると、ちょこんと母はいつものように腰を下ろしていた。
「イヤルド」
「父上。私はノーチェの椅子です」
声を掛ける祖父に父は椅子のまま答える。
「あら、いやだ。椅子がしゃべりましたよ」
母はおかしそうに笑う。
「イヤルド。まさか、まだ許してもらっていないのか。セージという子供が居ながら」
「違いますよ。これはノーチェの愛。愛の証なんです!!」
「あらあらうふふ」
そこではじめて自分の家がおかしい事実に気付いた。
…………気付かされた。
「ノーチェは私に椅子になることで愛を与えてくれているのです。私の裏切りを見てそれでも許そうとして、ノーチェは私に椅子になれと告げたのです」
父が胸を張って伝える。
「仕事上の関係なら結べるが以前のような無為の愛を向けれないと言われて、それならどんな方法でも罰してくれと頼んだら椅子になりました」
椅子になれるのが誇らしいとばかりに椅子の状態で父が答える。ちなみに母はずっとそんな父を椅子にしてお茶を楽しんでいる。
「それにしても……まさか、無理やり結婚させてノーチェにそんな影響が出ているとは」
額に手をやって苦悩するように祖父が告げる。
そして、
「セージ。お前の父と母の愛し方は一般的ではないんだ」
と視線を合わせて慰めるように頭を撫でて、
「少し難しいかもしれないが……昔話をしよう」
と祖父が決心したように語りだした。
父と母は幼い頃から婚約者同士だった。二人はとても仲良く、将来は安泰だなと思われた。
だけど、それに陰りが差したのは学園に入った時。
一人の女子生徒に男子生徒のほとんどが大なり小なり好意を抱いたのだ。そして、それは父も同様で、父は母がいるのにその女子生徒にくっついて過ごしたのだ。
まあ、幸いにもそこまで親密な関係にならなかった。なので、その女子生徒を中心とした婚約破棄騒動に巻き込まれず、その後いろいろあった廃嫡騒動。王太子交代などがあったがウィンター公爵は跡取りも婚約者も交代することはなかったが、それが母ノーチェを追い詰めていったのだ。
「婚約が決まっていたが裏切った男性との結婚。貴族間の繋がりだからそんなものだと理解していたが、心は納得いかなかったのだろう。後継者づくりと業務以外は接触しないと契約書を書かせたのだが……」
父はその母の態度を自分を愛してくれるから許してくれたのだと思い込んで、母に付きまとった。そして、母はそんな父が不快で目に入れたくないという態度を崩さずにならば椅子として扱うことで嫌気を覚えさせて接点を無くしてもらおうと思ったけど、父はそれを愛の鞭だと判断してすんなり受け入れたのだ。
「だから、あの二人のような関係を築けないからと愛せないわけではないから」
必死に説得されて、情操教育に悪いからとすぐさま隠居した祖父の元で暮らすことが決定した。父も母も執務だけは十分大丈夫だと太鼓判を押されていたから。
で、そこで正しい愛し方を教えられた。
「と言うことがありましたね」
「………………忘れてください」
学園に入る頃にはポプリ嬢に揶揄われるくらいその時のことは無事黒歴史になって、関係も良好に……そう、きちんと愛し愛される関係になれたので、ちなみにあの時の反応が正常だったので、母と父のような関係を無理して築こうとしなくてよかったと胸を撫で下ろしたのだった。
乙女ゲームの逆ハールートから婚約者に対して真の愛に(椅子になる)に目覚めた現公爵