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第17話 小さな風穴

 その日の夜。

 夕食も風呂も終え、就寝ムードになった頃、イスカが再び部屋へとやってきた。


 入った瞬間、ほどほどに酒気を帯びているのが分かり、アズリアが不快そうな態度を示す。


「ここは宴会場ではないですよ」

「父様と母様に勧められれば断るわけにもいかないだろう。大丈夫だ、酔ってない」


 イスカはそう言いながら服を脱ぎ捨て、下着姿でするするっとベッドに入り込んできた。


「ちょ、姉様」

「私、ひとつ気になってるんだ。前世の記憶を思い出したアルマにとって、私は肉親故に性の対象外なのか。それとも異性として感じられるのか」

「イスカ様っ!!」

「はははっ! 冗談さ、冗談!」


 そう高笑いしつつ、肩を組んで胸に埋めさせてこようとするイスカ。

 完全に酔っ払っている。


「その様子、アズリアも既に聞いているのだろう? 気にならないか、例えば……ほら、アルマは既に人生一つ分の経験を積んでいるわけだ。つまり、見た目よりその精神は成熟していると言える。私やお前はアルマよりそこそこ年上だが、実際は子どもに見えているかもしれないだろう」

「そんなの……私のアルマ様への忠誠心は揺らぎません」

「もしかすれば、恋愛対象内かもなぁ?」

「っ!?」


 アズリアが怯む。

 イスカには彼女の攻め方が見えているらしい。


「っ、こ、コホン。そんなことで私のアルマ様への忠誠心は揺らぎません……が! 主については何でも把握しておくのが従者の務め。そういう意味では、確かに興味はありますね」

「はははっ! だろう? 姉としても同じだ。さあ、アルマ、多数決ではこちらが優勢だ。聞かせてもらおうか!」


 それはどっちの話題だろう。

 前者は……ややこしくなりそうだから、後者でお茶を濁しておくか。


「精神的な年齢の話をするのなら、実年齢——他の10歳に比べれば多少成熟しているかもしれませんが、あくまでその程度でしょう」

「有識者の言う、『素人質問で恐縮ですが~』に似た雰囲気の返しですね」

「いや、本当に。なんせ、前世の俺は20歳に届かない内に死にましたから。精神的には未熟もいいところですよ」


 それに人間性も誉められたもんじゃないしなぁ……と苦笑する俺だが、イスカとアズリアの反応が鈍い。

 二人とも、触れてはいけないものに触れてしまったといったような気まずい感じで——


「アルマっ!」「アルマ様っ!!」

「へ?」


 二人はなぜか、俺を強く抱きしめてきた。


「すまない。私はなんて酷いことを聞いてしまったんだ。どうか許してくれ」

「必ず、アルマ様の人生が豊かであったと言えるように、私も全身全霊でお支えしますから!」

「お、おう……?」


(苦しい。は、吐きそう……!)


 でも、こんな状況で血を吐けば、余計気まずくなりそうなので、なんとか必死に堪えるのだった。


◇◇◇


「さて、父上とお前のこれからの処遇について話してきた。もちろん前世云々は伏せておいたが……とはいえ、あの人の意見は変わらずだ」


 イスカは改まると、そう報告を始める。

 父様の意志、か。まぁ「アルマの望むように」と、その一言だけだろう。


 これを放任と取るかどうかは人によるだろうけれど、俺は子どもを持ったことが無いからなんとも言えない。

 ただ、今の俺にとって都合がいいのは確かだ。

 有りがたく甘えさせてもらおう。


「と、いうわけで! アルマはこれから、私の弟子という形になるっ!」

「姉様の弟子ですか?」

「不服か?」

「いえ、全然。ただ、忙しいんじゃないかと」

「まぁ、体裁の話だ。お前が部屋暮らしでは覚えられないはずの剣術を突然振るい始めれば奇妙だろう? 私が教えた、という言い訳を通せば、ある程度の道理は通るだろうからな」


 確かに。

 後ろ盾があれば、その盾の大きさが都合の悪いものを隠してくれる。

 むしろ、俺がイスカの汚名にならないかが心配だけれど——


「その時はその時さ」


 俺の心を読んだみたいに、イスカは笑った。


「早速だが明日、軽く稽古をしよう。私もここにいられるのは明日までだからな。証明代わりにの形だけのものになるだろうが」

「はい、よろしく頼みます」


 さすがに、この間の夜のような無茶は無しだな。

 弟子入りの成果が早く出過ぎだし、アズリアも卒倒してしまうだろう。


「ああ、それと、父上から言われたことが一つあった」

「なんでしょう」

「もしも本気で強くなる気があるのなら、『アカデミー』への入学を目指せ、とな」

「……っ!」


 絶句したのは俺でなく、アズリアだった。


 アカデミー。

 それはこの国の貴族の子息や優秀な才能を持った子ども達が通う学術機関だ。

 イスカも入学し、騎士科と呼ばれるコースを、確か首席で卒業したんだったか。


 ある程度の入学試験は敷かれているものの、当然、子爵家の子どもであれば通うのが当たり前。

 ただ、俺に関しては完全に未定だった。なぜなら――


「アカデミーへの入学は15歳になる年から……あと5年、ですか」


 健康上の問題より、遥かに根源的な壁。

 病魔に冒されたアルマ・クレセンドは、15歳まで生きるということ自体絶望視されている。

 入学まで生きられたら奇跡以外の何物でもない。


「まぁ、貴族の子息として生まれたからには当然でしょうね」

「アルマ様……」

「なに、別に酷い話なんかじゃ全く無いさ。あくまでそれまで生きていたら、という話だろ。行動に制限を掛けられるわけじゃない」


 父様なりのエールとでも受け取っておこうか。

 それに、目標が具体的になるのは良いことだ。優先順位は低いけれど。


(僅かでも世界は広がっていっている。なんでもいい。利用できるものは利用するだけだ)


 イスカ、アズリアという協力者も手に入れた。

 あとはこの手札をどう活用するかだ。

 この部屋から屋敷全体、そしてその外……俺の生きる世界を広げるために。


 やれることはいくらでもある。風穴は既に開いたんだ。

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