第15話 前世
「さて、アルマ。改めて聞かせてくれ」
「はい」
「お前に一体何があった。元々感情を抑え込んでいたのは確かだろう……しかし、それを吐き出させたきっかけがあった筈だ」
イスカには全てを見せたんだ。
今更誤魔化せないし、そのつもりもない。
呼吸法、武術、剣術……更に、失敗はしたが持つはずの無い魔剣を呼び出そうとした。
どれも誰にも習わず、突然できるようになりましたじゃ納得できない話だ。
「…………」
最後に一応だが、他に選択の余地が無いか考えてみる——が、すぐにそんなものは無いと結論が出た。
イスカも言っていた。彼女が俺でも、全て打ち明けるだろう、と。
それは、俺の現状を変えるのに最も適した共犯者が彼女であるということ。
手札が少ない分、悩む時間も少なくていい。
「姉様は、前世というものを信じますか」
「前世……生まれる前の、今とは違う別人としての人生ということか」
「ええ。ついこの間の話ですが、不意に前世の自分を思い出したんです」
「アルマの、前世……」
イスカは口元に指を当て、考え、黙り込む。
さすがに信じられないだろうか。
そりゃそうだよな、前世とか来世とか、あまりに突拍子無いというか――
「やはりそうか……」
「へ?」
「アルマ、幾つか聞いてもいいか」
「あ、えと、はい……」
「前世の自分を、どれくらい覚えている?」
彼女のやはりという言葉が気になったけれど、今は質問に答えるのが先か。
どれくらいか。どれくらいって……どれくらい?
「例えば、前世における自分の名前や家族構成。どういう人生を送り、どう死んだか……あっ、いや、無理して思い出して語れと言っているわけじゃない。単純に覚えているかどうかでいいんだが」
「ああ、それくらいなら全部問題無く思い出せますよ」
もっと細かい話なら分からないけれど……思ったより大雑把な話で良かった。
「そうか……いや、しかし、うむ……」
しかしなぜか、イスカは難しい表情を浮かべる。
何か嫌な心当たりとかがあるんだろうか。
「念のための質問だが……前世を思い出して、アルマとしての記憶を全て失った、ということはあるか?」
「いえ、全く」
「前世を思い出してから、体のどこかに何か模様のような痣が浮かんだとかは?」
「痣?」
そういったものは見える範囲には……うん、無い。
「無いと思います。そもそも、もしもそんなものが突然現れればアズリアが気づくでしょうし」
アズリアの仕事には俺の体を清める——体を洗い、風呂に入れるというものもある。
彼女なら俺以上に俺の体に詳しいだろう。
「うん、そうだな……なるほど、まだまだ私も知見が足りないということか」
イスカはそう言いつつ、安堵するように溜息を吐いた。
「姉様は、前世についてわりとあっさり信じられるんですね」
「ん? ああ、あまり世間に出回っている話ではないが、前世を思い出すか、前世から何かしらの影響を受けるというケースは幾つか知っているからな」
そうなのか。
リバールの生きた時代、1000年前にはまったく聞かなかったが……いや、1000年も経てば常識が変わるのも当たり前か。
「私が知っているのは大まかに二種類。一つは部分的な継承だ。ある日突然、身に覚えのない技を覚えたり、魔力を持たなかった者が魔力に目覚めたり、後はとある流派に皆伝者が出たとき、体得とは異なる形で技の継承が行われるなど……長きに渡る研究で、それらは前世が大きく影響しているのでは、と推測されていると聞いたことがある」
「なるほど」
「ただし、この例の場合、前世の自分が誰だったのかなどは思い出せない。あくまで前世の経験で得た結果のみを受け継いでいるらしい」
つまり俺は、リバールとして歩んだ人生の道程を思い出せるので、その例から外れるってことだな。
「そしてもう一つは、お前の状態に近いかもしれないが……そうでないと信じたい」
「?」
変な言い回しだ。
さっきまでの質問は、その二つ目のケースとやらに関係しているってことか?
「どう説明したものか……そうだな、ある男の中にある日突然、前世の記憶なるものが蘇った。彼は前世の自分を、名前やどういう人生を歩んだか詳細に、余すところ無く思い出せるという」
「俺と同じ状態ですね」
「いや……思い出せるというのは語弊があるな。彼は既に彼ではなく、前世の自分になっていたんだ。それまで今生を生きてきた彼としての意識や記憶は無くなってしまっていた」
「それはつまり……前世が今の自分を奪い取った、ということですか?」
イスカは頷いて答える。
なるほど、それなら彼女の警戒も理解できる。
目の前にいる弟が、弟の皮を被った別人かもしれないとなれば……そうか。
「だから、悪霊と?」
「……ああ。前世が前世なら、誰かに悟られるより先に自分が生まれ変わったと理解し、今の自分の情報をそれとなく聞き出すこともできるだろう。あの日会ったお前は、殆どがアルマのままだった。けれど僅かにアルマでないものが混ざっている感じがして……まぁ、結果的に見立ては間違っていなかったようではあるが」
正解であっても危惧していた答えとは全く違っていた。
全てを聞かされれば、彼女のあの日の態度も、今の安堵も、全て納得がいく。
「彼らの体には共通して、体のどこかに紋様のような痣、曰く『聖痕』が現れるらしい」
「聖痕……」
それが先ほど痣を確認した理由か。
であれば、俺はその例にもそぐわない。
何より——
「しつこいようで悪いが、改めてもう一度、お前の口から聞かせてくれ。お前はアルマか。それとも……」
イスカは俺の目を見つめ、そう問いかけてきた。
俺は彼女を真っ直ぐ見つめ返し……自然と微笑んでいた。
「もちろん、アルマ・クレセンド。貴女の弟ですよ」
疑うまでもない。俺は俺だ。
そう、俺自身が理解している。
「前世はあくまで思い出しただけ。もちろん、影響はあると思います。ただ、なんていうか……混ざり合っているとでも言うんですかね。アルマとして共存している状態です」
言葉にすると難しい。
ただ、聖痕が現れたという例とは違うと断言できる。
こればかりは、信じてくれるよう願う他無いが。
「……そうか」
イスカは何度目かの溜息を吐いた。
「ならば、信じよう。私の直感も、お前は嘘を吐いていないと言っているしな」
「ありがとうございます、姉様」
結局、俺はイスカの知識からは外れた例外となるわけか。
となると、やはり基本的には前世云々は黙っていた方が良さそうだな。
前例が無い、というのは目立つ。良くも悪くも。
少なくとも『クレセンドの面汚し』である俺にとっては、プラスに働かないだろう。
(しかし、『聖痕』か……)
前世に関する例は、二種類とも初耳だった。
しかし唯一、聖痕という言葉は1000年前の記憶に残っている。
女神に選ばれし、救世の聖女。
伝記では勇者が悪神を倒した後に姿を消したとされている四英雄の一人。
(エルディネ……)
彼女は背中に紋様のような痣、『聖痕』を持っていた。
神に選ばれた証と本人は語っていたが——
(ただの偶然か、それとも……)
考えても仕方ない話だと思いつつ、しかし、一度浮かんでしまうと、もう簡単に離れてくれそうになかった。