第14話 和解
目を覚ますと、俺はいつの間にか自室のベッドに寝かされていた。
「あ……」
「坊ちゃまっ!!」
すぐさま、座っていたイスを倒す勢いで、アズリアが立ち上がる。
彼女の目元には薄らと涙の跡が残っていて……どうやら、普段よりずっと心配を掛ける寝方をしていたらしい。
「おはよう、アズリア」
「おはようじゃないです! 坊ちゃま、一週間も目を覚まされなかったんですよ……」
「い、一週間!?」
俺もつい叫んでしまう。耳を疑いたくなる長期間だ。
しかし、まさに生死の境を彷徨ったかのような脱力感も確かにある。
……それほどまでの負担を掛けてしまったということか。
いや、そんなことより、一週間も経ってしまったのは大問題だ。
確かイスカの休暇は3日だったはず。ということは、もう騎士団に戻ってしまっただろう。
(つまり、計画失敗か……)
つまり、イスカに後押ししてもらい、修行の場を整えるという目論見は叶わなかったことになる。
イスカとの勝負……と言っていいかは分からないが、とても充実した時間だった。
彼女とも以心伝心できていたような……いや、一週間も倒れてしまったんだ。他でも無い、俺自身の責任だ。
(なんにせよ、またこの部屋からふりだしか)
残念ではあるが、絶望するほどじゃない。
得難い経験を積めたんだ。失敗例も、次に進むためのイメージもできた。
それこそ悔やんでいる時間がもったいない。
(イスカには後でアズリア経由で感謝を伝えておこう。もしかしたらまたわりかし早く帰ってくるかもしれないし――)
「アルマっ! 目を覚ましたか!」
「ぶっ!?」
なんて考えていたら、そのイスカがいきなり部屋に入ってきた!?
「姉様!? な、どうしてここに……!? 休暇は終わったんじゃ……」
「終わってないさ。私は『弟と過ごすため』に休暇を取ったんだ。アルマとはまだ1日しか過ごしていないじゃないか!」
「な、なるほど」
そういう問題? と、思いつつ、しかし、俺は最近の騎士団事情は詳しくないからな。
親衛隊ともなると随分と融通が効くんだな。
なんて思いつつ、ついアズリアを見ると……彼女は渋い顔をして首を横に振った。
うん。やっぱりイスカが変なんだな。
「休暇についてはともかく……いいタイミングで現れましたね、イスカ様」
「はははっ、アルマが目を覚ました気配を感じたんでな。慌てて飛んできたんだ。アズリアの独占タイムを奪ったのは悪いと思っている」
「全く悪びれずに……!! でも、いいです。私は坊ちゃまが目を覚まされたことを各所に報告に行きますので。若干不安ではありますが、イスカ様、坊ちゃまのこと見張っていてください」
「ああ!」
見張る?
ちょっと気になるワードを出しつつ、アズリアは席を立つと、俺にだけ深々お辞儀し、部屋から出て行った。
「ふぅ、アズリアは真面目だな。アルマは知らないだろうが、あいつ、殆ど食事も睡眠も取らず、ずっとお前が目を覚ますのを待ってたんだぞ。今もそそくさ去ってったのは、ずっと身を清めていなかったから恥ずかしかったんだろう」
「はあ……」
それは頭の下がる献身っぷりだが、言わない方がアズリアの為なのでは?
イスカはやっぱり、変わらずイスカ姉様だ。
「あの、聞いてもいいですか」
「ああ!」
「何個かありますけど……まず、あの後はどうなったんですか」
「ふむ、そうだな。どう話したものか」
俺の記憶は最後、イスカの魔剣によって貫かれたところで途切れている。
まあ、貫かれたといっても、魔剣は特殊で、所有者の意志に応じてその威力や殺傷力を変えることができるのだ。相手を殺さず、意識だけを奪い取る――みたいな。
……なんて、1000年前の知識ではあるが、実際に今俺が生きていることから、共通性質は変わりないようだ。
(にしてもあの斧捌き、見惚れるものがあった。もう一度見たい。頼んだらやってくれるだろうか……? 間違いなく意識は吹っ飛ばされるだろうけど、喰らってみたい……)
なんて考えていると、イスカはこほんと咳払いをした。
「まず、あの夜。お前は自分で部屋から抜け出したということになっている」
「まあ事実ですね」
「アズリアは怒っていたがな」
「ははは……」
それは仕方がない。
一週間寝込んだことも含めて、とんでもなく叱られるそうだ。
「そして、そんなアルマを偶然私が見つけた。本来なら夜更かしを叱る立場だが、つい弟と夜の語らいをしたくなってな。結果的にアルマに無理を強いて倒れさせてしまった、というわけだ」
「なるほど」
夜の語らい、というのは少々意味深ではあるが、嘘はついていない。
イスカも嘘が得意なタイプじゃないからこそ、事実から面倒な部分をこそぎ落とす形で説明を組み立てたわけか。
なんとも分かりやすく、ありがたい。
「わざわざありがとうございます、姉様」
「なに、私にとってもこの方が都合がいいからな。とはいえ、問題はアズリアだ」
「ああ……そうですね」
一週間眠り続けて、それでも目元に涙の跡が残っていた。
イスカもずっとこの家に居たなら、そんな彼女の姿を見てきたのだろう。
「あいつは私よりもずっとお前の側にいて、お前を支えてきた。だから、お前の意志を知れば、きっと傷つくだろうな」
「…………」
「しかし、立ち止まるつもりはないんだろう?」
「はい。もう十分休みましたから」
そう頷くと、イスカは微笑みつつ俺の頭を優しく撫でた。
「心配しているのはアズリアだけじゃないからな。あまり無理はするなよ」
「分かっています。また一週間も眠るのは嫌ですから」
「はぁ……分かっていないだろう」
イスカはそう呆れつつ、笑う。
釣られて俺も。
なんというか、ようやく、姉弟らしくなれた気がした。
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