表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/36

第11話 痛み

(くそ……!)


 息が苦しい。全身が痛い。

 体でなく、精神的な苦痛でも発作が出るなんて、ものすごく嫌無いタイミングでの気づきだ。


 突然喀血した弟の姿に、イスカも固まっている。

 確かに彼女がこんな俺の姿を見るのは初めてのはず。それなりのショックを受けてもおかしくはない。


 そんな彼女を見つめつつ、俺は荒い呼吸をなんとか整え、立ち上がる。


「姉様、一つ誤解をしています。俺は悪霊になど取り憑かれてはいません」

「……っ! そ、その筈は無い。私は感じ取っている。アルマ放つ気配が以前とは変化しているのを……」

「年頃の男子ですよ。一年も会わなければ変わって見えるものでしょう」

「言葉遊びをしているんじゃない!」


 イスカは大人げなく、余裕の無い怒鳴り声を上げた。


(もしかして、あんたも見ているのか。過去の俺達を)


 姉に武勇伝をねだる弟。そんな弟に笑顔で応える姉。

 仲睦まじく、温かな思い出。しかし、それは……


「言葉遊びじゃない。ただ、貴女が見てきたのが、本当の俺じゃなかったってだけですよ」

「な……!?」

「病弱で、笑顔しか見せない俺は、愛玩動物としてさぞ優秀だったでしょうね。俺はずっと……苦しみに耐えてきた……!」


 ずくん、と痛みが走る。

 そう、この痛みだ。興奮はいつだって痛みを呼び起こす。

 それでも、俺は姉様と話したかった。彼女だけが知る、心躍る戦いと冒険を、俺も知りたかった。


「これには俺も必死だった。もしもバレれば、貴方は俺を遠ざけるって思ったから」

「私が遠ざける……? 何を言っている……」

「けれど、本当に聞きたかったのは貴方の旅の話じゃない。俺が――ぼくが、本当に知りたかったのは……」

「アルマ……お前は、いったい何を……!?」


 痛い。苦しい。貧弱な肺が悲鳴を上げる。

 全身が沸騰するように熱い……!


 けれど、止まるな。この熱は、俺の力になる。

 立ち向かうのなら、後悔しないやり方でだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……!!」

「あ、アルマ……?」

「どうですか、姉様。これが俺ですよ。弱く、脆く、一人で立つのでさえやっとな、醜いこの姿が!」

「やめろ! お前の体が壊れるぞ!!」

「壊れるんじゃない……もう壊れてるんだ! でも足りない……! 貴女の足下にさえ及ばない、こんな力では!」


 血の巡りが収まらず、青白かった肌が今は赤紫に濁ってきている。

 痛みはどんどん増していくし、口には血の味が溢れていて……けれど、もっとだ。

 もっと熱く、もっと強く……もっと、もっと、もっと!!


「くそっ!」


 我慢の限界と言わんばかりに、イスカが地面を蹴り、剣を振りかぶった。

 地面を蹴った音が耳に届くより先に、距離をゼロに詰めてくる——それほどの超スピードに、俺の目は難なくついていっていた。


(覚悟がどう、と息巻いていた割に、峰打ちか)


 振りかぶった際の構え、剣の角度。

 命を取るのではなく失神を狙うなら、その軌道も容易に読める。


「すまない、アルマっ! ……っ!?」

「何が、『すまない』ですか?」


 身を屈め、直後、頭の先を刃が掠めていった。

 紙一重には僅かに遅れたか。しかし、親衛隊の騎士様相手に掠り傷で済ませたのなら十分儲けものだ。


「フッ!」


 イスカには動揺があった。迷いも、恐れも。

 剣閃は鈍り、心身のバランスが崩れれば動きにも歪みが生じる。


 俺はその隙を見逃さず、イスカ——彼女の手首を容赦なく蹴り抜いた。


「ぐっ!?」


 全体重を乗せた蹴りだが、骨をへし折るほどの威力は無い……が、問題無い。

 不意を打たれ、イスカは剣を手から零していた。

 俺の狙いはこれだ。


「っ! 手が痺れて……!?」

「これ、お借りしますよ」


 一言、形だけの断りを入れつつ、剣を掴み取る。


 当然、今の蹴りはただの蹴りじゃない。

 武術の達人が掌底で直接内蔵を穿つように、彼女の手のツボを刺激し、強制的に痺れを誘発させたのだ。

 敵への攻撃ではなく、武器を奪うのを目的とした……名付けるなら、そうだな。


 ……いや、それは後でにしよう。

 今はそんなことより――


(ようやく、この手に剣が収まった……!!)


 体が喜びに震える。

 たとえ生まれ変わっても、この柄を握りこんだ感覚は変わらない。


 想定とはまったく違う。現実はずっと悪い。

 それでも、まるで世界が広がったかのような清々しさに、俺は涙を溢さずにはいられなかった。


面白ければ、ぜひブックマーク登録、★評価のほど、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ