第1話 剣鬼の末路
新作始めました。
タイトルは模索中のため突然変わるかもしれませんが、どうかご了承ください。
「ああ、やはり正解だった」
目の前から迫る魔物の大群を前に、オレは深く溜め息を吐いた。
紅の空、枯れた荒れ地。
あの有象無象はこの朽ち果てた世界から逃げ出すために、オレの背後に聳える門を目指している。
当然、それに立ちふさがるオレの役目は、彼らの妨害——いや、殲滅だ。
可哀想とは思わない。
これまで何人、何十、何百何千何万——数え切れないほど多くの人間が、ヤツらに食いつぶされてきた。
そして、ヤツらを見逃せば、さらに多くの人間が、世界ごと食い尽くされる。
それを止めるために、オレは……
「なんて、どうだっていい。ヤツらは斬っていい存在なんだからな」
魔物は悪。
それがオレ達人間の理屈だ。
大義名分も言い訳も無く、斬り捨てていい相手。
それが自ら、視界を覆い尽くすほどに迫ってきている!
「ああ、最高の気分だなぁ! アンリーシュ!!」
亜空間から愛剣を引き抜き、そのまま全力で振り抜いた。
◆
「僕は反対だ! リバール、君が犠牲になる必要なんか無いだろ!?」
俺の提案に、真っ先に叫んだのはイオスだった。
「門の鍵を開けられるのは僕だけだ。その役目は本来僕が――」
「門を開かなければ悪神は具現化しない。門から溢れ出す魔物を止め、悪神を倒すなら、お前が二人必要だ」
「そ、それは……」
当然、有り得ない仮定だ。
イオス――彼は神剣に選ばれた勇者だ。
混沌に包まれたこの世界を救うため、仲間を率いて旅をしてきた。
当然彼は、その本願である悪神討滅に望むべきだろう。
「リバール、全て理解して言っているのよね。……決して助からないと」
「ああ」
意志を確かめるように聞いてきたのはラトリアだ。
「門が閉め切られれば、たとえ神剣を以てしても、外――お前達側からはもう開けられないって話だったな」
状況の整理はとっくについている。
悪神討滅には門を開かねばならない。
けれど、その門の向こうには無数に魔物が巣くい、俺達の世界を食らい尽くそうと攻めてくる。
だから、彼らが悪神を倒し、門を閉め切る――いや、消し去るまで、誰かがその向こうで魔物達を食い止めなければならない。
最低でも一人。この中から人柱を出すのなら……
「俺が最適だ。お姫様、あんただって分かってるんだろ」
「……それは」
「いや、ならば我でも良いはずだ」
会話を遮り声を上げたのは、サイラだ。
「我が一族は戦いに身を捧げることを是としてきた。ならば、我の歩むべき道も——」
「いいや、サイラ。それならなおのこと、お前は生き延びなくちゃならない。戦いが無くなった世界で、お前の一族とやらが生きる道を一緒に見つけてやらなきゃ路頭に迷うかもしれないだろ?」
「う……」
一族を人質に取られれば、サイラも黙るしかない。
彼らの性格は把握していた。
イオスは正義感は強いが向こう見ず。
ラトリアは頭が良く、打算も打てるタイプ。
サイラは短絡的だが自分の生まれ育った一族のことを何より誇りに思っている。
そして、もう一人。
(意外と何も言ってこなかったな)
普段なら一番に噛み付いてくる奴だ。
腕っ節だけを買われてこの一団に加わった俺と違い、強い使命感に捕らわれた少女。
「…………」
じっと足下に視線を落とし、沈黙を保つ彼女に、俺はあえて触れようとは思わなかった。
こいつとは最後まで馬が合わないと思っていたが……もしかしたら最後の最後で気が合ったのかもしれないな。
「それじゃあ決まりだ。安心しろ。魔物は一匹たりとも通さないからよ」
◆
「グギャアアアア!?」
けたたましい断末魔と共に、また魔物が十数体絶命する。
扉を目指す魔物を優先的に殺し、俺を狙う魔物はその次。
おかげで血を流しすぎたが、おかげで魔物の標的を俺に集中させることができた。
「俺を倒さなきゃこの先には行けない。ケダモノにもそう理解するだけの頭が有って良かったよ!」
こうなれば、もう簡単だ。
襲いかかってくる魔物連中を順番に、まとめて斬り殺すだけだ。
「フハッ! フハハハハッ!!」
勝手に笑みが零れた。
笑わずに、心臓を高ぶらせずにいられるだろうか。
絶体絶命。
ここでどれほど魔物を喰い潰したとて、俺はもう生きては帰れない。
確実に、数刻待たずに死ぬ。
けれど――
「これを、笑わずに……喜ばずにいられるかっ! ハハハハハッ!!」
戦いに全力を捧げ、そのまま死ねる。
それ以上の喜びがあるだろうか。
悪しき神を討ち、人々を魔物の脅威から救い――平和な世界を築く。
素晴らしい大義名分だと感心すると同時に、俺はその世界に全く感心を持てなかった。
戦いこそ全て。
命を削ってこそ、生を実感できる。
平和な世界とやらを迎えたとて、ただ無為に虚ろな日々を消化するだけなら……
ここで、終わりなき闘争に飲み込まれることこそ、我が本懐だ!
「どうした……もっとだ! もっと追い詰めてこい!」
もう何百、何千と魔物の首を斬り飛ばした。
けれど、数は一向に減らない。なんたって魔物はどこからともなく無限に現れるっていうんだからな。
(息が苦しい。血が抜けて、くらくらする。心臓も灼けるように痛い……死ぬ。死んじまうよ、このままじゃあ……!)
口の端が勝手に吊り上がる。
死は終わりで、つまらないことだって思ってたけれど、そうでもなかったかもしれない。
死が近づくのを感じるたびに、俺はこれまでにない生の充実を感じずにはいられない。
もっと、もっと、もっと……全力で、全身で、全霊で殺し合いたいっ!!
「グ、グゴオオオオオッ!!」
「っ!! こいつは……!」
魔物達の向こうで、巨大な影が生まれ、膨らんでいく。
巨城を思わせる程に大きく膨らんだそれは、その圧倒的な質量を以て俺を押しつぶそうとでもいうのだろうか。
「面白ぇ……! そっちがその気なら、相手取ってやろうじゃねぇか!」
右手に握ったアンリーシュを天に向かって掲げる。
同時に、俺の意志に呼応するように刀身が黒く禍々しい光を放つ。
「剣神解放ッ! 鍋の底まで喰らい尽くしてやる!!」
結局、いつが終わりだったのかは分からない。
俺は最後の瞬間まで戦いに溺れ、至福の時を過ごした。
いつの間にか周囲の音も、痛みも、血の臭いも消え――何も感じなくなっていたけれど、それでも後悔は無い。
今ならきっと、心地よく眠れるだろう。
目が覚めた後のことだってもう気にしなくていい。
決して長い人生では無かったが、中々に充実した最期だった。
――ごめんなさい、リバール。私達は……私は貴方に、生きる意味を与えてあげられなかった。
もう何も無い世界で、そんな声が聞こえた気がした……いや、気のせいだろう。
すぐに静寂は戻り、俺は溶けるようにどこかへと沈んでいった。