【2】ナンバーワンよりオンリーワン()
男は兵士や役人、農民たちの前で積み木を並べた。
「これがこの子の家の畑の形だ」
「だからどうした」
役人は最初から否定する気満々だ。しかし男は構わず、そこに半円のブロックを重ねた。
「これが川の部分だ。こう重ねると畑の広さはどうなる?」
「どうなるって……」
役人は何かに気がついたようだが、それでも納得いかず首を傾げた。
「ふふっ。まだ解らないのか。それじゃあ」
男は持っていた四角いパンを見せた。前にいた世界で、スーパーで買った半額の食パンだった。
「このパンが畑の広さだ」
「そしてこれをかじる」
男は遠慮なく丸く食べてしまう。
「うん。パサパサでまずい……」
半額パンは乾燥しているが、普段の男にとってはご馳走だった。
「このかじった分が川だ。どうだ? 畑の広さは」
「ち、小さくなった……信じられん」
役人は驚愕した。
「千年前から伝わる絶対的に正しい手法が、こんなことで覆されるなんて」
農民が役人を、兵士を取り囲んだ。
「今まで俺たちから奪った年貢を返せ」
「うちもだ」
「お前ら帰れ! 帰れ」
役人は農民の殺気に囲まれ慌てて逃げ出した。
「あとは任せた」
追いかける農民に兵士が立ちはだかる。今度こそ殺意ある兵士に農民が震え上がる。しかし兵士の攻撃は瞬時に弾かれた。
「おのれ」
兵士たちを華麗にかわし、不健康な体からは考えれない強力な剣戟で奴らを次々と仕留めてゆく。
「殺しはしないさ」
「覚えてろよ」
ボロボロの兵士が逃げ出すと農民たちに笑みがこぼれた。
この人は天才だ!
いや神だ!
「俺、こんなに褒められることしたかなあ」
男が戸惑っている。
「旅の方。本当にありがとうございました」
「ほんのちょっと、元いた世界の知識を使っただけだ」
人垣の前で娘が遠慮がちに男に聞いた。
「どうした?」
「旅の方には、す、好きな人はいるんですか」
「いや。いない」
一度だってモテたことなんかないから。
「それなら、わたしと付き合ってください」
待ってましたとばかりに娘が男と腕組する。男は柔らかい感触に驚き戸惑った。こんなシチュエーションは、元の世界なら夢であり幻だった。ここでは紛れもない現実だ。
すると周囲が一瞬にして夜になる。あれだけ賑わっていた城下から人が消え去った。
「うちの家で泊まってください。わたしの部屋に」
主人公の鼓動が爆発した。
「本当にいいの」
「あなたになら何をされても」
小学生、いやそれ以下の知識と経験でも望むことは何でも叶う。
「何て羨ましい」
「この世界は誰でも英雄になれる」
「ダメな奴でも夢が叶うんだ」
粗末な家の周囲からそんな声が聞こえる。
数百人。彼らはこの世界の中世っぽい服装ではなく、明らかに現代の人々だ。娘の家が彼らに取り囲まれている。
すると屋根と壁がまるでドールハウスのように手前に倒れ、中が丸見えになった。電気のない時代設定なのに周囲から強力なライトが当てられ、娘が男の前で脱ぐ様子が丸見えだ。娘は全く気付く様子がなかった。しかし男だけは周囲のギャラリーを確認するように不敵に笑った。
「俺もやる! 主人公になる」
「僕も主人公だ」
興奮するギャラリーが、いつの間にか男と同じ格好になっている。不潔なオタクもキモいブサメンもそのままに、全員が『主人公』としてその家に飛び込んでゆく。
彼らは鼻の下を伸ばして娘の手を引いた。
すると驚いたことに娘が、全く同じ姿で次々と増えたのだ。
男の数だけ増えた娘は、男――『主人公』に接するのと全く同じように、キモい連中に夢中になった。男はライトの中で迷わず自分の服を脱いだ。
そうやって興奮した一人が突然倒れた。
「何だ寝てるのか? いいところなのに」
そう呆れる奴も次の瞬間意識を失う。
欲望剝き出しの連中が次々と倒れてゆく。
その事態に気がついたのは、男――『主人公』だった。彼は娘をベッドに投げ捨て、裸のままで歩いてきた。娘は人形のようにまるで動かなかった。
「誰だ」
「お前と同じ世界の住人だよ」
軽く言い放ったのは若い男子だった。少なくとも二十歳そこそこに見えた。男子はいまにも折れそうな細い剣を下向きに構えていた。
男子はこれ見よがしに近くの家の壁に蹴りを入れる。
丈夫な石壁のはずの家が、まるでべニア板のように倒れた。
家の内側は白い平面で、テクスチャの貼られていないポリゴンだった。家を壊されたにも関わらず住人はまるで反応なく、がらんどうの屋内で死んだように静止している。
「この世界はハリボテだ。そしてお前らもな」
そう言い切ると、男子は数メートル軽々とジャンプした。着陸に合わせて足を突き出し家の屋根を軽々と貫いた。体が大穴を開けた床と地面も裏側は真っ白の平板だった。
どれだけ暴れても市民の反応はまるでなかった。
「なんてことしやがる」
「僕たちの世界を壊すな」
驚き騒ぐのは現実の人間であるギャラリーだけだ。
中世の夜に煌々とサーチライトが灯る。
「俺の作った舞台が」
「まだまだこれからだ」
『主人公』が止めようとする中、男子は今度は娘のもとに向かった。シーツの上の裸の娘。男子はシーツごと娘を床に転がした。娘だと見えていたのは、成人雑誌やいかがわしい画像や動画コンテンツが人形に固められたものだった。
「僕たちの理想が」
「これがお前らに都合のいいものの正体だ」
ギャラリーが男子を睨みつけた。そして剣を抜いて次々と襲い掛かってきたのだ。
「この世界は僕たちの理想だ」
「世界を壊す奴は許さない」
彼らも夜闇に高々と跳躍する。よく見ると空中に階段があってそれを駆け上っているのだ。
「お前ら現実を見ろ」
「現実? 碌な仕事もない現実なんか」
「だったら勉強しろ! 努力して成功を掴め」
反論する奴らを男子は怒鳴りつけた。
「努力したら必ず成功するってお前は言い切れるのか」
「そうだそうだ」
「小学校中学校高校大学と、ひたすら努力を重ねてきた奴がホームレスになる社会なんだ! 努力が何の役に立つって言うんだ」
「要領のいい奴だけが勝ち組だ」
「努力せずに金持ちになりたい」
「この世界の主人公みたいに楽に偉くなりたい」
彼らは口々に欲望をぶちまけていた。
「現実じゃあ彼女なんて居たことないんだ」
「こっちから告白したらストーカー呼ばわりだからな」
「モテる奴、偉い奴らはみんな親が金持ちだ」
「だから僕らはこの世界で永遠に過ごすんだ」
「俺は現実を捨てる」
奴らは恨みをぶつけるように空中から飛び降り攻撃してきた。それはこの世界の『主人公』になり切ったものだった。男子は細い剣を下向きに構えた。
「その妄想が国家を滅ぼすのがまだ解らないのか」
「夢も希望もない国なんか滅びろ」
「滅びるのはお前らの方だ」
落ちてくる敵に、構えた剣を振り上げる男子。鈍いうめき声とともに建物や城に弾き飛ばされ、ハリボテのそれを次々と破壊した。