饅頭恐怖症(mntophobia)
「おい、まっつあん。お前は何が怖えんだい?」
俺は、まんじゅうが怖い。
怖くてたまらないんだ。
いや、アンコが嫌いな訳じゃない。大福も最中も好きだ。下戸な分甘党だしね。それに好き嫌いの問題じゃあない。
怖いんだよ。
想像しただけで全身鳥肌たっちまう。
土産にでも持ってこられた日にゃ、狂って死んじまうね。大袈裟でも冗談でもないんだ。本当に狂っちまうんだよ。
そりゃあ子供の頃は大好物だったよ。こんな旨い食い物は他にないってね。
近所で葬式があれば勝手に上がり込んでね。
「生前お世話になったんですぅ」なんて線香の一つもあげりゃ、もう食い放題さ。あっちの葬式行っちゃあまんじゅう食い、こっちの葬式行っちゃあまんじゅう食い。弔事がない時ゃ墓場の供え物まで盗んでた。それくらいまんじゅう好きだったんだ。
今思うと、そん時のバチが当たったんかもしれないな。
きっかけ? ああ、ちゃんとあるよ。あんまり話したくないんだが……
俺はな、一度だけ人を殺めちまったことがあるんだ。
俺がまだ四つか五つの頃かな。じいさんが死んだってんでお袋の実家に行ったんだ。
東北の寂れた田舎でね。温泉があるって以外は何にもない。小さな村だよ。
まあでも田舎の結束力っていうのかな。随分豪華な葬式だったよ。ウン百人もの人が入れ替わり立ち替わり。村民全員来たんじゃないかって位の大騒ぎだ。
辛気臭さなんて微塵もなかった。
八十まで生きりゃ大往生だっつうんで、ほとんど宴会だったね。
俺もじいさんとは二三回しか会ったことなかったしな。別に悲しくもなかった。
それよりまんじゅうが食えるってんでワクワクしてたくらいだ。
不謹慎とか言うなよ。子供なんてそんなもんだろ。
寿司だ酒だがじゃんじゃん出てくるんだが、肝心のもんが出てこない。
まんじゅうが出てこないんだな。
台所行ってお袋に聞いたら、用意してないってぬかしやがる。
まんじゅうがない葬式なんて考えられるか!
まんじゅうがなきゃ葬式やる意味ねえだろ!
当時の俺はそう思ったわけだよ。ガキだから。
で、お袋が言うには、お袋の兄貴、俺からしたら伯父貴がね。まんじゅう恐怖症だって言うんだよ。
そんなもん自分だけ食わなきゃいいだろって思うんだがな。伯父貴は見るのも嫌、そばにあるだけで狂っちまうんだそうだ。
まあ今の俺と同じだな。
でもそんときは信じられなかったよ。そんなバカな病気があるかってな。きっと俺がまんじゅう好きなの知ってて意地悪してるんだ、なんて思ってた。
悪知恵っていうのか腹いせなのか。妙ないたずら心がわいちまってな。
何であんなことしたのか。
未だに後悔してるよ。
葬式の片付けも終わって、さあ明日帰るってえ日の夜だ。
伯父貴の寝てる部屋をそうっと開けてな。
大量のまんじゅうをばらまいてやったんだ。
そしたら伯父貴、むくっと起き上がって、周りを見た瞬間。
ウギャーーーーー
その慌てようが面白いのなんの。
ちゃぶ台ひっくり返すわ、ふすまぶち抜くわ。
ドッタンバッタン。
一人で大立ち回りだよ。
最初は俺も笑ってたんだけど、なんだか尋常じゃない狂いようになってきてね。
身体中引っ掻きまわして、血だらけになってるんだ。指先には皮膚の破片がこびりついてる。
まるでゾンビだよ。
騒ぎに気付いてお袋が来たときには、もう遅かった。
部屋は血の海。ゲロと糞尿の嵐だ。そこら中に潰れたまんじゅうが散乱していた。
三日後、伯父貴は死んだよ。
あれ以来、俺にもまんじゅう恐怖症が移っちまった。
まんじゅう見るのが怖えんだよ。
伯父貴と同じ様になっちまいそうな、そんな気がしてならねえんだ。
狂っちまいそうで、怖えんだよ。
俺は、あんな死に方したくねえ。
嫌だ、怖えよ。
怖くてたまんねえんだよ。
あーだめだ。思い出したらまた怖くなってきた。
もう俺、帰って寝るわ。
*
「おい鰻屋。まっつあんの話、どう思う?」
「あんなもん作り話に決まってるだろ」
「いやあ作り話にしちゃあ、真に迫ってたぜ」
「じゃあ賭けるか」
「賭けるのはええが、どうやって確かめるんだ」
「まっつあんの家にまんじゅうぶちまけるんよ」
「そいつぁ面白ぇ。のった!」
後日、鰻屋とその仲間は
まんじゅう恐怖症になった。
まっつあんの葬式にも
まんじゅうは出なかったそうな。