35. わたしとルシアちゃんと女子会
「ルシア様からお茶会のお誘いが来ています」
そうライナから聞いたとき、「はい喜んで!!」という居酒屋の返事をしそうになったよね。
わたしの二番目の推しはルシアちゃんだからね。やはりメロつける女子主人公は最高。レオナルドもそうだそうだと頷くはずだ。メロつける姐さん女房なんて最高すぎるだろう。心底羨ましい、その席を最推しに渡してほしい。
ニッコニコのわたしを見たカインは「俺だけじゃ不満か?」とわざとらしく拗ねた顔をした。お、今日も演技が冴え渡ってますね! と思いつつ、わたしは「カイン様は可愛らしさが足りません」と笑った。というか、なにを当たり前のようにわたしの部屋に入り浸ってるんだ。
「午後はお前のお披露目会だからな、早めに帰ってきてくれ」
そう、なんと今日の午後に仕事を頼まれた。つまり、裏切り者の発見だ。なにを根拠に臣下に裏切り者がいると思っているのかは知らない。というか、知りたくない。これ以上は深みにハマりたくないので。
「それまで俺は可愛い忠犬のように待ってるからな」
「まあ、スノウに張り合っているんですか?」
「スノウは可愛い上に賢い、俺の負けは決まってるさ」
「よくご存知で」とわたしは微笑んだ。というか、この会話の虚無感がすごい。すべてビジネスライクなやり取りにしたいが、耳目があるから無理なのはわかっている。
「さあ、着替えをするので出ていってくださいませ」
「またな、ご主人様」
ひらりと手を振った男の背中にドロップキックをしたくなった。なにがご主人様だ。命を握られてるご主人様がいてたまるか。
わたしの怒りを感じ取ったのか、スノウがフンっと鼻を鳴らす。そうだね、犬はスノウしか勝たん。
わたしの犬になりたいなら飼い主のために闇堕ちぐらいしてほしいものである。
◇ ◇ ◇
「フィナさん、顔色が悪いように見えます」
「ローゼルシア殿下は今日も麗しいです……」
噛み合ってない会話をしてしまったが、ルシアちゃんの指摘は合っている。
最近は特に夢見が悪い。わたしがギフトで殺した男が毎夜現れて恨みつらみをぶちまけてくるからだ。人殺し! と詰られるのはもちろんのこと、矢で心臓を射抜かれる夢も見る。相手の顔は夢によって違う。わたしがその男の顔を知らないからだ。
正当防衛だとしても、人を殺したという事実は重くのしかかる。だが、私が殺人を気にしない人間であってもまた、私はそのことにショックを受けたはずだ。転生してから感情が希薄になったように感じていたが、やはり倫理に反することには抵抗を覚える。
そして、その抵抗にわたしは心から安堵を覚えているのだ。
人を人たらしめるもの。わたしをわたしのままで保ってくれるもの。それがまだ心にあることに、心底満足している。
紅茶を一口飲みながら、コーヒーが恋しいと思った。
紅茶派のおばあさまがたまに入れてくれるコーヒーは、魔法のように美味しくて特別だった。どんな高級な茶葉にも勝てない、あの馥郁とした香りとコクのある苦味。
「フィナさん?」
ハッと我に返り、わたしはルシアちゃんに微笑んだ。
──わたしが人を殺したことを彼女が知ったら、どう思うだろうか。嫌われてしまうだろうか。いや、嫌悪の目で見られるかもしれない。
「なにか困りごとがあるのかしら?」
「いいえ。皆さまにとてもよくしていただいております」
「そう……。なにかあったら、すぐに私に知らせてね。絶対に力になるわ」
ルシアちゃんに心配げな眼差しを向けられて、まず困惑が先走る。
一般モブには過ぎたる眼差しである。ルシアちゃんは優しい人柄ではあったが、平民のぽっと出の女にここまで優しくする子だっただろうか。彼女は原作では、心優しい正義感の強い少女として記されていたが、それでも機転が利いて強かな部分も見受けられた。
……それに。
「ふふ、スノウはよく食べるわね」
スノウに珍しく懐かれている。頭を撫でられてご満悦だ。ちょっと待ってくれ、わたしのことが一番好きだったんじゃないの?
本当に飼い主が闇堕ちするからやめてほしい。やっぱり美人な女の子が好きなの? オスだから? 許せん。
スノウはサイコロ状に切られたステーキを平らげて満足げに舌なめずりをしている。
一秒間に三ペロリ。これは相当美味しかったときの仕草だ。ステーキに負けたのか、わたし。ダークサイドに落ちることもやむ無し、犬の飼い主は犬の愛情について敏感なんだぞ。ため息が零れ落ちそう。
「グラニテス国王陛下は……あなたに優しくしてくださってる?」
逡巡を含みながらもそっと聞かれた言葉に、なるほど理解した。
ルシアちゃんが優しいのは、わたしがカインという危険な男に捧げられた人質だからだ。なるほど、心優しいヒロイン過ぎる。大優勝。推しと結婚してほしいランキング一位を独走するだけある。
「大丈夫です。カイン様はとてもよくしてくださっているので」
嘘つきを許してね、ルシアちゃん。わたしはあなたに嫌われることを恐れている。そして背後にいる推しにも、畏怖の視線を向けられたくないのだ。
──すべてを投げ出して帰るには、この世界に大事なものが増えすぎた。
スノウがやってきて、私の隣にぴったりとくっつく。わたしはその頭を、ただただ優しく撫でた。そして呟いた。
「浮気者」
スノウはそっとそっぽを向いた。
犬、わりと話が通じる説を提唱したい。
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