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推しがうちの玄関にいるけどどう見ても毛虫な件  作者: 乃間いち葉
2章 王太子の食客、メインキャラと遭遇

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32. 共犯者

 

 カインが寝室に戻ったときには、少女はもう泣き疲れて眠り込んでいた。ぴたりと寄り添って眠っていた真っ白な犬が顎だけ上げてカインを見つめ、そして興味がなさそうに目を閉じる。それでもピンと立つ耳はカインを警戒している証だ。カインが少女を害そうとすれば手を噛み砕くことを厭わないだろう。


「フィナ・サルソン」とカインは確かめるように少女の名前を呼んだ。


 秘書官のヒューイットに情報収集を投げたが、一日あたりで大体の情報は集まった。ギフト持ちで、ヒュドールの前王の弟と平民のオペラ歌手の仲人となったことから、「結縁師」と呼ばれている。


 生まれはヒュドールの端にある農村だ。特筆すべき点は特になく、祖母と二人暮らし。祖母の来歴も調べさせてはいるが、それはまだ時間がかかるだろう。


 農民にしては洗練された佇まいと、端正な顔立ち。祖母の教育によるもの、と本人が言っていたが、貴族と遜色ない振る舞いができる時点でおかしいのだ。貴族の私生児の可能性が高い。没落した家門の娘かと思ったが、そうなればヒュドール側も素性を掴んでいたはずだ。


 カインが同盟のためにヒュドールに訪問して一番楽しみにしていたのが、ローゼルシア・ウィリデの存在だった。神秘の国ウィリデの唯一の皇女。あそこの皇族は全員が非常に強力なギフト持ちだという。


 だが、ローゼルシアはギフトを持っていなかった。まだ発現していない可能性もあるが、カインでさえ十才で発現したのだ。そもそもギフト持ちでない可能性が高い。


 だからこそ、フィナを見つけたのは僥倖としか言いようがなかった。「運命の相手を見つける」という安っぽいギフトだと思っていたが、蓋をあけてみれば「縁を切る」ことで人の命を断つことができる。


 それを知ったときのカインの歓喜を、誰がわかってくれるだろうか。


 カインは孤児だったが、ギフトの開花により「王国の守護者」に運命づけられた。

 カインのギフトは「グラニテスに仇なす者の命を消す」というものだ。グラニテスの国益を損なうものを、グラニテスの害となる者を、蝋燭の火を摘むように指先を揺らすだけで殺すことができた。


 十四のときにテネブラエ大陸からの侵略者である亜人種たちをギフトで大量に殺したとき、男神ソルデンを信仰するルクス教の教主はカインを「グラニテス王国の守護者の誕生である」と大袈裟に称えた。


 それが当時の王の癪に触り、刺客は送られてきたが無意味だった。そして王でさえカインのギフトの範疇にあった。「グラニテスに仇なす者」こそ当時のグラニテス王だったのだ。


 謀反は一瞬で終わった。ギフトの発動にも限界はあるが、みながカインのギフトを恐れて士気を失い、兵士は投降して王を差し出した。カインはギフトを使わずにその首を切り落とし、城門へと晒して王の座につくことになった。

 それが十九の夏の頃の話だ。それから四年、カインはグラニテス王として頂点に座している。


 カインのギフトにはルールがある。「グラニテスに仇なす者」と「カインに仇なす者」は違う。前者はギフトが適用されるが、後者は適用されず私刑の範疇になるようだ。このルールを誰が決めているのか、カインはずっと腹立たしかった。


 民心はカインを表では尊敬してみせるが、裏ではいつも怯えていた。宮殿勤めの人間もそうだ。

 反逆者でなければ殺せない、ということをそもそもカインは伏せていたからだ。絶対的な恐怖こそがグラニテスを真の国家にすると考えていたからこそ、カインの弱みになることは表には出さなかった。


 グラニテスにギフト持ちが少ないのも功を奏した。ギフトにはルールがあることを知らない者が多いからこそ、死神としてカインは君臨できたのだ。


 カインはフィナの眠る側のベッドの縁に腰をかけた。向こう側でスノウがジトっとした目を向けてくる。

 ベッドに眠る少女の顔はまだあどけない。泣き腫らした瞼が痛々しく見える。カインとは違う色味の赤毛がシーツの上に散らばり、カインはそれを一房手に取った。緩やかなウェーブを描く髪は触ると思ったよりも柔らかい。


 さて、彼女を処遇を決めなければならない。


 ジェンキン・カイン・グラニテスの弱みを知る娘。そしてあらゆる縁の見えるギフトを持つ女。ただ観測できるだけではなく、干渉をしてそれを命という形で断つことができる異能。──それをヒュドール側は知らない。


 平民のギフトにしては強すぎる。カインと同じだ。不相応な力を与えられた子供。それをカインだけが知っている。


 背筋を駆け上がる悪寒にも似た感覚は、まぎれもない興奮と歓喜だった。


 同じ人間がいる。神から命を奪う玩具を贈られた人間が、カインの目の前にいる。カインの苦悩を理解できる唯一無二がカインのベッドで眠っているのだ。


 それを悦ばないわけがなかった。少女は優しさというには生温い人間性で、カインの前で人を殺した。


 ──カインのためにギフトで人を殺したのだ!


 それだけで笑いたくなってしまうのだ。他国の王が死んでもこの少女に影響はない。だが、彼女はカインにあのとき心を傾けた。

 こんな甘っちょろい同族を見つけたカインが、見なかったふりをするわけがないのだ。


 ヒュドール側にはすでに刺客に襲われたがカインのギフトで相手を始末したと報告してある。


 その際に「フィナが最初に気づき、カインを押し倒して命を救ってくれた」と証言した。そしてショックで気絶したフィナに一国の主人として丁寧に歓待したい、という旨をヒュドール王に伝えてある。


 ヒュドール王としてはギフト持ちと言えど「縁の見える」だけの平民の処遇などどうでも良いだろう。

 ヒュドールの宮殿に刺客が入り込んだ手落ちを相殺できるのなら、少女を生贄にするなど容易いはずだ。


 ああ、そうだ。カインは思いついたアイデアに口の端を引き上げた。こんなにも胸が躍ることは久しぶりだ。本命はハズレだったが、こんな大きな当たりを引くなど思わなかった。


 カインはフィナの右手を取り、指を絡めた。スノウが牙を剥いて唸っているが、不届な行いをするつもりはない。ただ、薬指のサイズを確かめるだけなのだから。


あぶねー男のターン。次回から死神王の愛人役編に入ります。あらすじとサブタイトルもテコ入れする予定です。


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