30. わたしとカインとスノウのラブコメ
ギスギスしたお茶会は二時間ほどで終了した。わたしの得たものと言えば精神的疲労と少しの情報。お願いだから二度と開催しないでほしい。
お茶会終了後にはルシアちゃんとレオナルドのところに行き諸々の報告、「いきなり顎掴まれたんですけどあの人やばいですよね(笑)」とわたしが言う前になぜかレオナルドに伝わっていた。忍者だ、忍者がこの城にはいる。
レオナルドは少し考え込んだあと、「侍女と騎士を動員する予定だ。侍女の方はあなたがギフトを使って選ぶ方がいいだろう」と言った。わたし付きの侍女はいまライナのみで、宮殿で人員整理が行われている。
「レオナルド殿下、発言をお許しくださいますか?」
「ああ」とレオナルドが軽く頷くので、わたしは放置されてた期間の成果を報告した。
「ここ数日縁の行方を観察していましたが、オルテンシア殿下の運命のお相手はおそらく首都のタウンハウスに滞在していると思われます。来週開催されるグラニテスとヒュドールの同盟締結記念のパーティにはあらゆる貴族が招かれていると聞き及んでいますが、お相手は貴族の方かもしれません」
「なに!?」
すごい勢いでレオナルドが食いついてきた。
「地図をお貸しいただけますか? だいたいの場所はわかるのですが、首都の一等地ということしかわからずどなたのお屋敷かわからないのです」
「アシェル、地図だ!」
もじゃもじゃが素早く地図を取ってきて、ティーテーブルの上に乗せる。それを見てわたしはある一点を指差した。
「こちらです。ここにずっと殿下の縁が吸い込まれて動かないのです」
「ここは……エルドモンテ伯爵家のタウンハウスか?」
「おそらくは。騎士を何名か派遣しますか?」
推しの問いにレオナルドは「頼む」とだけ伝えて、推しが退出していく。
「本当にフィナさんは縁が見えるのね。ロマンチックなギフトだわ」
ルシアちゃんが目を輝かせて言うので、わたしは「ありがとうございます」と素直にはにかんでしまった。
「私達の縁も見てもらおうかしら、レオ?」
「それでお互いが運命の相手ではなかったらどうするつもりなんだ」とレオナルドがふてくされた顔をする。お、めずらしい年下ムーブだ。
「それもそうね。世の中には知らないことも多い方がいいわ」
そうだね、これで婚約破棄なんてことになったら原因の私が吊し上げられるね。助けて。
まあ、たぶんあなたたち公式カプなんで多分運命の相手ですよ。これ言うと精神的な疲労が半端ないけど。アシェルシ派だから血の涙を流しながら言うけど。
「フィナ嬢、重要な情報に礼を言おう。そして侍女たちについてはすまなかったな」
「すまないと思うならなんか金品で誠意見せてくれませんかねえ?」と言いたいところをグッと押さえて、「いいえ」とわたしは微笑んだ。
「スノウのために殿下の愛犬を診ているお医者様を呼んでくださり、こちらこそ感謝しています」
スノウは獣医を見て、「なんでこんな酷い真似を……?」と部屋の隅で縮こまろうとしていたが、獣医にマズルを掴まれて目を見られ、「目には傷もありませんし、問題ありませんね」と言われた瞬間に元気を取り戻した。
「よいのだ。スノウは飼い主に忠実な賢い犬だな」
「はい。わたしの大切な家族なのです」
そう言えば、レオナルドはめずらしく「そうか」と柔らかく微笑んだ。さては貴様、人間より犬が好きなタイプだな。理解。
そして横からルシアちゃんの視線が突き刺さる。「犬をダシに殿下に近づかないで欲しいなあ……」という念だろうか。それはそう。ごめんなさい。
◇
美味しい夕食に良い匂いのする香油の入ったお風呂。シルクのような肌触りの良い寝巻きに、おやつをねだりまくるスノウ。これぞ平穏な生活ってやつよ。
──などと思っていたら、バルコニーに続く窓がコンコンと鳴る。明らかにノックをしたような音にまずはスノウが大腿骨を放り出して唸り声を上げた。
人だ、と思った瞬間に湯上がりの体が一気に冷えていく。
「俺だ、俺! わかるだろ!」
バルコニーの扉を越えて聞こえてくる声は完全に詐欺の手口だが、わたしには聞き覚えがある。さすがに騎士を呼んで大ごとにもできない。わたしはバルコニーへの扉を開けて、不届者に声をかけた。
「良い夜ですね、陛下」
「今はカインでいい」と彼は肩を竦める。昼間の茶会での威厳たっぷり恐怖たっぷりの姿が嘘のように、ただのカインとして立っている。
「何かありましたか?」
「いや、夜の散歩のお誘いにきた」
「夜の散歩ですか? わたしと?」
誘うべきはルシアちゃんじゃないか? と思ったが、ルシアちゃんの住む場所はセキュリティが厳しそうだ。となると、わたしを踏み台にしてルシアちゃんに近づく方向性にしたのかもしれない。
「暁の麗しきレディ。月を一緒に見ませんか?」
恭しく差し出される手が、昼間にわたしの顎を鷲掴みにしたのがもはや夢のようだ。
──危険だ。
いくら使い勝手の悪いギフトだとしても、わたしは国が保護を位置づける人材だ。グラニテスに持って帰っても使い道はいくらかあるだろう。そしてカインも、おそらくは何故平民のわたしがここにいるか掴んでいるだろう。
わたしの逡巡を見透かしたのか、カインは強引に手を掴んでわたしを引き寄せて、横抱きにした。人生初めてのお姫様抱っこ! と興奮するよりも先に、カインがバルコニーの手すりに足をかけた。おいまさか、と思った瞬間にカインが手すりに乗り上げて、飛び降りる。二階からだ。
声にならない悲鳴を上げるも、カインは軽やかに着地した。二階から四十キロ以上の人間を抱えて降りたとは思えない。バルコニーでは手すりに足をかけたスノウがこちらを見下ろしており、「スノウ」と声をかけるより早くカインがわたしを放り出して、「お前も来い!」とカインが両手を広げた。おいやめろ馬鹿!! と叫ぶよりも先にスノウが二階から飛び降りて、カインの懐に突っ込んでいく。
「はは、勇敢だなお前!!」
「ヴァオ!!」
「怒るなって」
なんかわたしよりラブコメっぽくなってない、この一人と一匹。芝生に無様に転がったわたしはカインを下敷きにして吠えるスノウを見ていた。スノウは私が先に好きだったのに……知らない馬の骨とラブコメしてる……悔しい……。
悲しみに満ちた目で見つめていたわたしに気づいたスノウは、勢いよくわたしに飛びかかって頬も口も舐め回してきた。そうだね、わたしのことが一番好きだよね、今のはいっときの気の迷いだったよね? そうだよね? わたしも闇堕ちしそう。
「スノウ、重い……」
「こら、嬢ちゃんが困ってるぞ」
カインの言葉にスノウがわたしの上から退いた。そしてカインがわたしの手を引き上げて立たせてから、膝をついて寝巻きの裾についている草を払ってくれる。
「悪かったな、荒っぽくて」
しかも着ていたローブまでわたしの肩にかけてくれたので、わたしはカインという男がますますわからなくなるのだ。
男に手を引かれるままに、庭園を進む。この前に出会った噴水の先は、色とりどりの花々で満ちている。花壇とつる薔薇のアーチが連なり、奥へ奥へと誘われるようだった。
もっと先に行くと、ただの丘陵が広がっている。右奥には森が広がり、狩猟もできる場所なのだろう。
そこに一本の大木を見つけたカインは、「座ろうぜ」と根本を指差す。
カインのローブで地べたに座ることに躊躇ったが、「いいから」と言われて仕方がなく従った。スノウもぴたりとわたしの横にくっついて座る。少しの肌寒さがゆっくりと解けていくようだった。
下弦の月が空に登る。小指で引っ掻いたように見えるそれは、前世のものとまったく同じだ。
「陛下はわたしのギフトが気になりますか?」
そう横のカインに聞けば、驚いたようだった。わたしはてっきり探りを入れにきたと思ったのだ。国家に有用な人材なら持ち帰るし、いらない人間なら目をかける必要はないと。そういう判断のためにわたしを誘ったと思っていたのだ。
「逆にアンタは俺のギフトが気にならないのか?」
「指先ひとつで命を消せる、ということを聞いたことがあります」
「おぞましいギフトだろう?」
そう笑う男の顔は暗くて見えづらいが、おそらくは自嘲を含んでいる。わたしに「おぞましいことこの上ないです」と言われたがっているようだ。
「……ギフトは分け与える前提で神から与えたもうたものである。これはギフト持ちに説かれる言葉です。ギフト持ちは私利私欲のために己の力を使うことはできません」
「ああ、懐かしい話だな」
「わたしは『縁が見える』ギフトです。運命の相手を見ることはできます。ただ、わたしにそれは適用されません。わたしは他人の愛を結びつけることができますが、わたし自身は愛によって破滅する可能性があります。『結縁師』などと呼ばれていますが、自分が失敗したら意味のない話です」
「ずいぶんとまあ……局地的なギフトだな」
正直に「役に立たないギフトだな」と言わないところにカインの心を感じる。だから少しだけ笑ってしまって、それが夜に紛れているといいなと思った。
「はい。だからあなたもそうだとわたしは思っています。私利私欲で人を殺すことができない。そうでしょう?」
カインは無言だったが、わたしたちの間に流れる空気でわかる。ずしりと重くなった空気が纏わりついて、呼吸をするのも慎重になってしまう。
「……やっぱりわかるか。同じギフト持ちだもんな」
追い詰められた犯人のような諦観の滲む声でカインが白状する。いっそ清々しさすら感じる顔で、カインは夜空を見上げた。わたしも同じように溶けてしまいそうなか細い三日月を見上げる。
「ギフトは正しい扱い方をしないと没収されると聞いています。正しい扱い方、とはなんなのでしょうね。神の考える正しさとはなんなのか、人間が推し量ることは難しいです」
「神が何を考えているのか、俺も知りたいよ。なぜこんなにも強いギフトを与えたのか。これは神の権能にも近い力だ。なぜ俺だったのか本当に不思議だよ」
わたしもそれは本当に知りたい。あとできれば縁のギフトならば強制的に縁結びできる機能も欲しかった。推しとルシアちゃんに使うことも辞さない覚悟だ。機能アップデートお待ちしています。
なんてつらつらと栓なき事を考えていたせいだろうか。ぽろっと言葉が溢れた。
「カイン様はムカつく野郎ってだけじゃ殺せないんですね、ギフトのルールで……」
あ、ヤバ。不敬罪で処される。時間を戻すギフトにチェンジしてください神様。
恐る恐るカインを見ると、目をまん丸くしていた。やばい、処される。辞世の句を考えるだけの時間が欲しい。おばあさま、ああおばあさま、ごめんなさい。これしか出てこない終わった。不肖の孫をお許しください。
そうしたらいきなりカインが「ダッハッハ!!」っておっさんみたいな大笑いをし始めたのでわたしはビビり散らかした。隣でうとうとしてたスノウまでビクゥ!! と飛び上がる。すまん、飼い主がすまん。
カインは「アッハッハ!!」とずっと笑っているのでゲラの可能性がある。知らない一面しか出てこない。人間性多面体の方ですか。手ぇ叩いて笑ってんのは一周回って面白い。そこまで大ウケする要素あった? ブラックジョーク好きだからツボにハマっちゃったのかな。特技:グラニテス王も大爆笑のブラックジョークとしてこれから生きていこうと思う。
「アンタ、面白いなあ!」
すごいわしゃわしゃ頭を撫でられる。お客様それは犬への撫で方で若い女の子への撫で方としては不適切です困りますお客様──となりながらも、わたしは首が左右に振れていた。
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