29. わたしと主人公とラスボス候補の地獄のお茶会
「ローゼルシア殿下、お会いできて光栄だ。聞きしに勝る美しさだな」
「ありがとうございます。陛下も燃えるような赤毛と太陽のような瞳が目を惹きますわ」
「ああ、私もこの赤毛は気に入っている。……フィナ嬢は私とはまた違う朝焼けのような赤毛で美しい」
フッとカインが私を見て笑う。美の暴力で目がさらにバグりそう。というかキャラ違うね。王様モードだね。
サッカーのエースとエースがボールを奪い合っていたら、なぜか通りすがりの一般客なのに横っ腹にキラーパスをくらった気分。わたしはどっちのゴールにこのボールをシュートすればいいんでしょうか?
できれば死なない方がいいです。
「陛下の艶やかな赤毛が羨ましい限りです。私は癖が強いので。ローゼルシア殿下も真っ直ぐな金色の髪がお美しいので、つい見惚れてしまいます」
「まあ、フィナさんったら」とはじらうルシアちゃん、百点満点。この地獄のお茶会に咲く一輪の華。なんでこうなったんだ、おかしいだろ、と百万回ぐらい思ってるけど仕方がない。レオナルドのせいだ。来世があっても絶対お前だけは推さん。
侍女たちの件についてはさすがに断罪イベントRTAかと思っちゃったよね。さすがに証拠品という乗馬鞭が出てきてエイダは「あの卑しい小娘が盗んだのです!!」とか「私を殴って奪い取ったのです!!」とか弁明してたらしいけど、別の家格の低い侍女が不当に鞭打ちされていたという告発がいくつも出てきて自滅した。日頃の行いって大事。
レオナルドは「犬を鞭で打っただと?」と私が打たれたより犬を打たれたことに何故かめちゃくちゃキレてた。愛犬家なの? 推さないけど犬友ぐらいならなってあげていいよ。
ちなみに詫びとしてドレスや装飾品をたくさんもらったし、スノウにはクマの大腿骨三十キログラムが贈呈された。このドレスを家に持ち帰って売ろうとしたら怒られるやつですね、もっと換金性の高いものをくれ。
まあグラニテス王に目撃されていたことが一番やばかったと思う。それがなければエイダがファイアーされてFIRE生活になることはなかっただろうに。
そしてレオナルドの動きは早かった。カインがわたしに会いに来る前にお茶会の招待状をルシアちゃん名義で出し、フィナ・サルソンも参加しますという旨を伝えていた。そしてあっちはこれを快諾。そうだねレオナルド、あっちはルシアちゃんと言うエサに喰らいつくに決まってるよね。お前……お前……ッ!!
これはもうルシアちゃんがグラニテスに攫われてもわたしの過失にしないで欲しい。レオナルドの手落ちだから。絶対わたし悪くないから。君が焦りながらもグラニテスに駆けていく姿をこの宮殿で見送るからよろしくね。
さすがに人員配置がされたようで、わたし付きになった新しい騎士様の名前はクリスという。すごくクール。うっかり触れると凍傷になりそうなぐらいにはクール。最初は嫌われているかと思ったが推しにもクールなので多分そういう性格なんだと思う。
なので今日のお茶会にもクリスがいるし、なんと推しもいる。巨大毛虫すぎて視界の端にずっと見えてしまう。カインの後ろにも三名控えているので、お茶会with騎士は普通のことらしい。
「しかしローゼルシア殿下がもてなしてくれるとは。非常に嬉しいサプライズだ」
「レオナルドの頼みですもの。それに、陛下を拝見して噂など当てにならないと実感いたしましたわ」
「ほう? 冷酷な殺人鬼、というような噂か?」
「冷酷な殺人鬼がストロベリーティーを好みますか?」
「生き血の代用品だとは思わないのか?」
帰っていい? ダメ? 背後の推し、助けて。さすがにスノウは連れてこれなかったから味方がいない。
なんだこのギスギスティータイムは。ストロベリーティーも喉を通らないぞ。あ、美味しいです。ありがとう素敵な侍女さん。
「ジョークまでお上手なんですね」
「ヒュドールの次期王妃はユーモアがある方で嬉しい限りだ」
「まあ、お上手ですね」
無心でお菓子を食べるマシーンになるしかない。モンブラン美味しい。おばあさまのスパルタによって得た気品のある食べ方(笑)をしていたら、カインの視線がこちらを向いた。
「フィナ嬢は平民だと聞いていたが、所作が実に美しいな。もしやどこかの御落胤だったりしないか?」
実際おばあさまに貴族のご令嬢だった説があるので完全否定はできないが、おばあさまが貴族令嬢をやめた時点で平民である。つまり平民三世なので立派な平民だ。
「お恥ずかしながら、生まれも育ちも農村です。育ての親がマナーに厳しいところがあり、このような場でも粗相をせずに済んでいるだけです」
「育ての親? 両親はいないのか?」
カインがめっちゃ食いついてくるけど食い付くエサが違うと思う。ちらりとルシアちゃんを見ればこちらもこちらで私を凝視している。なぜ!?
「両親は私が生まれてすぐ亡くなったようで、祖母に育てられました」
「そうか」
人のヘビーな話を掘っておいて相槌が軽すぎんか?
わたしが心身ともに十六の少女なら涙ぐんでたよ。よかったな精神年齢が自主規制歳で。
「そういえば、ウィリデの王家には守護精霊がいるらしいな? どんな姿なんだ?」
「滅多に姿を表さないので、私も見たことがないのですよ。後継者の前にしか現れないとか」
「ほお?」
……気のせいだと思いたいけれど、なんかロマンスの気配がないな? というかルシアちゃんも迎撃体制に入ってるし完全に腹の探り合いに発展しているような。まあギスギス展開からのおもしれー女……の即落ち二コマみたいなシチュエーションもよくあるから、まだなんとも言えないけれど。
「ウィリデ皇国の皇太子はローゼルシア殿下の双子の弟君だとか? 非常に聡明な貴公子だと聞き及んでいるよ。姉として鼻が高いだろう?」
「弟のシュミットは努力家ですので。あの子の勤勉さを尊敬はしますが、私が誇ることではありませんわ」
わたしだけ冷や汗がすごい。
たしかにルシアちゃんには双子の弟がいる。彼は皇太子で、ギフト持ちで控えめに言って政治的な才覚のある天才児なのである。しかも「人の心を読める」というチート的なギフトがあるために、国の裏切り者を簡単に見つけることができる。
そしてルシアちゃんは皇家ではめずらしくギフトの発現が遅いのである。おそらく弟くんと兄弟仲は悪くはないが、ギフトが発現しないことだけが彼女のコンプレックスなのだ。
「そうか。私には兄弟がいないからな。あまりそういう機微がわからないのだ。フィナ嬢に兄弟は?」
「おりません」
ここで「兄弟がいるのは羨ましいですよね」などと言った途端、「王権には邪魔だがな」と鋭い一撃が返ってきそうなので黙るに限る。
静かにティーカップを持ち上げて一口飲むわたしをなぜかカインが見つめている。面白いか、平民が不相応な高いお茶を飲むのが。
ティーカップを受け皿の上に戻した途端に、カインの手が伸びてくる。驚いて固まっていたら、眼鏡を奪われた。銀色のフレームに収まったガラスにすぎないそれを見下ろして、カインは笑う。嘲笑に近い笑い方に胸がざわついた。
「度が入ってない眼鏡か。平民の流行りか?」
「いえ、お守りなのです。祖母から貰いました」
「なるほど」
眼鏡をテーブルに放り出して、カインはわたしの顎をいきなり掴んだ。男の手で掴まれてびくともしない体に驚くよりも早く、カインが身を乗り出してくる。ルシアちゃんが「陛下!」と厳しい声音で無礼を叱責するが、それさえも聞こえていないようだった。
「副団長──!」とめずらしく焦ったクリスの声が聞こえた。次の瞬間に、一気に空気が凍りつく。途端に肌がひりつくような殺気が背後から心臓を貫いた。首筋にひたりと鋭い刃を突きつけられたような錯覚すら感じ、呼吸が一瞬乱れる。
鼻の先にある男の精悍な顔立ちの中で、黄金にも似た煌めきの瞳がわたしを見定めている。瞳孔は正常なままに、ただ興味深そうにわたしを見ていた。わたしはされるがまま、力を抜いて男を見つめる。抵抗しても無駄だ。権力差に抗えるほどの力はわたしにはない。
ただ、目だけは逸らさない。この機会だとギフトを発動させる。夥しいほどの縁で目の前の男が覆い尽くされる。暗い繭に覆われているようにも見えた。
大体の縁が黒に染まっており、わたしは噂の真実に触れた気がした。
推しともオルテンシアとも違う。縁の太さはすべて違うのに、呪縛のように左手首に巻き付く糸たちはまさしく手枷だ。やがて破滅に導こうと誘う蜘蛛の糸を想起させる。
「これだけの美貌ならば、そのお守りも腑に落ちる」
気まぐれのように手が離れていき、わたしはテーブルの眼鏡を手に取った。目にかけて、ギフトを閉じる。
「身に余る賛辞です」
柔らかなピンクの縁が一本だけ見えた。それがどこに繋がっているか確認はできなかったが、この男にもまたそのような縁がある。多くの畏怖と恐怖に絡め取られながらも、男には運命の萌芽が残されている。
それだけがただ、救いのように感じるのはなぜだろう。
「レオナルドの客人に対しての礼節は守っていただかねばなりません」
「無礼だったか、フィナ嬢」
「いいえ、陛下」
ルシアちゃんが顔を曇らせる。だが、わたしは何事もなかったようにまた一口お茶を飲んだ。相変わらず後ろの推しとクリスは殺気立っているが、本当に気にしないでほしい。
なんとなく、この男の人間性が掴めたのだから。
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