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推しがうちの玄関にいるけどどう見ても毛虫な件  作者: 乃間いち葉
2章 王太子の食客、メインキャラと遭遇

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28. わたしと推しと断罪フラグ

 

 久しぶりの推し、眩しい。なぜなら毛色がカラフルすぎる。相変わらずのもじゃもじゃ、ゲーミング毛虫と名付けても恥ずかしくないほどの逸材である。

 たぶん私のギフトである「縁の可視化」がおバグりちらかしているせいだと思っているが、しかし有象無象から縁というかあらゆる感情を向けられすぎである。この中で推しが認識している縁なんて二割ほどしかないのでは。


「ワンッ!!」


 スノウが珍しく推しに向かって鋭く吠えた。これはおそらく「おいテメエ責任者の癖になんだあの舐め腐った人員配置は」と言っている。おそらく、たぶん。


「アシェル様、たしかに先ほど赤毛の男性がいらっしゃいましたが……まさか」


 そんなわけないですよね、と怯えた顔もしつつも「いやアイツしかおらんやろがい」と内心で自分に突っ込んだ。

 わたしの言葉を聞いた推しは「おそらくそのお方はグラニテス王陛下でしょう。まさか貴方と会ってしまうとは……」と責任感に苛まれた声音で呟いた。


 たしかにグラニテス王といえば血に飢えた戦闘狂、刈った首は数えきれないという逸話があるほど危うい男と噂されている。


 そんな男の前に一般通過平民が現れた時点で「不快」と切り捨てられても文句は言えまい。珍しく慌てて現れた推しもそう考えたのだろう。


「申し訳ございませんでした、フィナ様。いくら貴賓が来ているとはいえ、こちらからお招きした以上もう少しこちらが心配りをすべきでした」

「いえ、アシェル様はやるべきことをきちんとなされています」


 推しの視線が肌を焼くようにピリピリと突き刺さる。それでも私はこの推しの罪悪感につけ込む必要があった。


「アシェル様、今から言うことは嘘偽りない事実です。無論、わたしの視点から見た事実ではあるので、アシェル様に調査をお願いしたく存じあげます。わたしのふるまいだけではなく、彼女のふるまいによってグラニテスの王の気分を損ねる可能性もありました。この事態は、この国にとって不利益にもなりかねません」


 平民の客人と担当のメイドたちの諍いを国家の問題へと無理やりつなげることで、無視できない問題とする。これがわたしのやり方だ。

 わたしは後ろ手に隠していた乗馬用の鞭を推しに差し出した。推しはこれを受け取り、検分するようにあらゆる角度から見つめている。


「これはエイダ様の持っていた鞭です。わたしを叩くつもりだったようですが、代わりにスノウが叩かれました。わたしをかばったのです」

「……詳しくお聞かせくださいますか」


 推しの張り詰めた声音に、わたしは胸に手を当てて「すべてお話しいたします」と誠実な客人の顔をする。




 ◇




 グラニテス国王陛下が部屋にいないと騒ぎ出したのはグラニテス国から連れてきた騎士たちだった。いかにも屈強そうな騎士たちが明らかに動揺していたために、レオナルドは「手を貸そう。陛下になにかあっては示しがつかない」とアシェルたちを捜索隊に組み込んだ。


 そしてアシェルはグラニテス王が一番来そうにない場所──つまりレオナルドの所有する宮殿でありフィナが滞在する場所──に来たのである。


 先日受けた報告でフィナが侍女たちから嫌がらせをされたという事実もあり、レオナルドから侍女長たちは厳しい勧告を受けている。アシェルとしては王太子の客人への無礼など即刻処分した方がいいと考えたが、レオナルドはこれだけでは難しいと言う。

 特に侍女長のエイダはレオナルドの母親である王妃が目をかけている人物だ。


 中途半端な処分のまま、言い方は悪いが密告者と共に生活するとなると、明らかにフィナが不利だ。侍女たちに生殺与奪の権を握られていると言っても等しい。

 だからこそ、この騒ぎに乗じてアシェルはフィナのもとに来たのだ。多数の騎士が捜索に動員されているために、アシェル一人が道草を食っても問題はない。


 だが、まさかそれこそが当たりだとは思わなかったが。アシェルは頭を抱えたくなるのをなんとか堪えた。


「──つまり、エイダ殿と侍女たちがそろってあなたを蔑ろにし、護衛担当の騎士は行方をくらまして職務を放棄、貴方を鞭で打とうとしたエイダが代わりにスノウ殿を打ったために、フィナ様がエイダ殿を殴った。その一連の流れをグラニテス国王陛下は見ていたと」

「貴賓であるグラニテス王陛下にお目汚しをしてしまい申し訳ございませんでした。グラニテス国王陛下にも深く謝罪はしましたが、あの方がどう思われているかはわたしには分かりかねます」

「グラニテス国王陛下が貴方とどんな話をしたのか、詳細に教えていただけますか」


 アシェルが乾いた喉のままそう言えば、フィナは静かに頷いた。アシェルが十六歳のとき、このように落ち着いていただろうか。騎士団の訓練生として毎日しごかれ、休日は愛馬と共に野山を駆け回っていた記憶しかない。


 フィナは丁寧にグラニテス王とのやりとりを教えてくれた。

 鞭で打たれたスノウを心配し、エイダを殴ったフィナを慰めて、賞賛じみたことすら言ったらしい。そしてまた来る、と一方的に約束までこぎつけられた。


「……どうやら、フィナ様は気に入られたようですね」


 ジェンキン・カイン・グラニテス。グラニテス王として即位して四年であの荒れ果てた国を手中に収めた男だ。前王は戦争に明け暮れて民心をないがしろにしたために、最終的に内乱へと発展した。そしてその首を晒した男こそジェンキンだった。


 一昨日ヒュドールの首都に到着した男は、レオナルドを見て意味深にニヤリと笑い、そしてルシアを見て目を細めた。獲物を見つけたような視線に怖気が走ったのを覚えている。

 国家の平定とともにヒュドールと同盟を組むために来たようだが、本心はつかめない。

 だが、フィナの話を聞くと彼は別人のようだった。気さくな青年と思われても仕方ないだろう。


「……気に入られた、というよりは、面白い珍獣を見つけたような反応でしたが……」


 フィナは苦笑した。丸いメガネのフレームの奥で新緑の瞳が瞬いている。


「グラニテス王のギフトをご存知ですか?」

「え、ギフトを持っていらっしゃるんですか?」

「はい。彼は指先ひとつで敵の命を奪うことができます」


 その言葉にフィナは凍りついた。表情が強張り、まとっていた仮面がずれ落ちる。その仮面の下には、まだ幼さの残る少女の危うさが残っていた。薄く開いた唇が戦慄き、声にならない空気が震えている。


「比喩ではありません。本当に可能なのです。彼は雑草をつまみ取るように、他人の命をつまみ取れるのですから」

「……聞いたことのないギフトですね」

「殺意を向けない限りはあの御方のギフトは発動しないと聞いたことがあります。ですが、フィナ様があの方と接触するべきではありません」

「ですが、また来ると言われしまったので……」

「この件は早急にレオナルド殿下にお伝えすべきです。人員配置も見直し、殿下を通じてグラニテス国王陛下をお茶会に招待いたしましょう。そこにフィナさまも同席すれば問題ないはずです」

「はい、よろしくお願いします」


 フィナは平静のままにそう言ってアシェルを見上げた。それから少しだけ視線を逸らして、目を瞬かせる。なにかを思い出した顔だ。


「そういえば、わたしの世話をしていたはずの黒髪の侍女の方になにかあったと聞きました。もしかして、わたしの部屋の担当の騎士様が犯人でしょうか?」


 アシェルは思わず息を飲んだ。それが答えだと気づいたフィナは、目を伏せる。それから太ももに顎を乗せているスノウの頭を優しく撫でた。


「黒髪の侍女の方に嫌な縁が巻きついていたのです。あれは……支配欲、加害欲、それも性的な感情も混じったもので、一応彼女にお伝えはしたのですが。やはり、意味がなかったようですね。彼女はその騎士様を買収して、その借りを返すように要求されたのかもしれません……」


 スノウが上目でフィナを窺いながらも、声にならない声で喉を震わせた。ピィ、と小鳥が鳴くような微かな声だ。


 アシェルが牢屋で見た部下の目は澱んでいた。そして被害者の侍女は「あの赤毛の女のせいよ! あの女が全部仕組んだのよ!!」とずっと自室で泣き喚いていると言う。


「フィナ様」


 アシェルはフィナの前に片膝をつき、少女を見上げた。ギフト持ちの少女に会う前は、「運命の相手が見える」ということしか知らされていなかった。


 だが、それ以上に彼女はたくさんの縁が見えるらしい。良縁が見えるのなら、悪縁も。美しい縁よりも悍ましい縁の方がこの世の中には多いに違いない。


「お側を離れてしまい申し訳ございません」


 アシェルは右の拳を胸に当てて、頭を垂れた。騎士の取れる最上級の謝罪だ。うなじを晒し、この首を落とされても言い残すことはないという誠意の表れだ。

 アシェルはグッと頭を下げて、地面を見つめた。


 この少女が罵声を飛ばして、アシェルの怠慢を詰ってくれたらどれだけいいことか。


「アシェル様、顔を上げてください」


 でもこの少女はそうはしないのだ。いつだって背筋を伸ばして、物事を真っ直ぐに見ている。アシェルよりも冷静な目で、悍ましいものなど見ていないような顔して、静かに微笑んでいる。


「……あなたの顔が見れたらいいのに、と。いつも、そう思うんです」


 その言葉に反射的に顔をあげた瞬間に、フィナと目が合った。彼女は笑っていた。罠にかかった兎を見つめる目のままにアシェルの前に膝を折り、視線の高さを揃えてくる。きらきらと彩度の高い緑の瞳は、いつかの土砂降りの後に緑葉から垂れる朝露を思い出す。


「引っかかりましたね」

「引っかかってしまいました」

「行きましょう、レオナルド殿下にご報告に行くんですよね?」

「はい。ご案内します」


 アシェルは立ち上がって、フィナを見下ろした。丸い眼鏡の下で彼女は不思議そうな顔をしている。その眼鏡を外してしまったらいいのに、と。心がどうしようもなくざわめく。勿体ない、と無関係のアシェルが思うほどに、彼女は美しい顔をしているのだ。


 それでも、誰もそのことに気づかなくていいとすら思ってしまう。眼鏡の奥に押し込めた顔を、悪戯っぽく目を輝かせる顔を、誰も知らなくていい。


 矛盾した感情から目を逸らすように「こちらへ」とフィナをエスコートして、アシェルは気づかれないようにこめかみを掻いた。





連載投稿チャレンジに合わせて日曜日に毎週一話更新していきたい所存です。次回は1/18に更新予定です。


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また、評価感想等いつもありがとうございます。大変励みになっております。

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