27. わたしとラスボス候補
「しっかしデカい犬だなァ、どっかで見た覚えがあるんだけどどこだっけか?」
大きな褐色の手がスノウの頭をもみくちゃにしている。あ、お客様困ります犬の毛並みに逆らった撫で方は厳禁となっております──とわたしが言うよりも先に「おい何勝手に撫でくり回してんだテメェ、どこ中だアァン?」みたいな表情でスノウがキレている。ただ吠えたり噛んだりせず、垣間見える白目で「ころすぞ」という顔を見せるだけの愛犬にわたしは涙が出そうだ。なんという健気さ。
そして微かにスノウの喉の奥で唸り声が聞こえる。蚊の鳴くような唸り声だ。部屋に帰ったらスノウにクマの大腿骨を五本くらいあげたい。
「アンタの犬?」
「はい。わたしはフィナ・サルソンと申します。訳あって食客としてこの宮殿に滞在しています」
わたしは王族に対する最上位の礼を見せた。この真っ赤な髪の男が何者かは知らないが、雰囲気からたぶんさぞ名の知れた原作キャラクターなのだろうという予感がする。グラニテスの王は確か赤毛だというが──考えたくもない。
先ほどから震える手を押さえるために、左手で手首を掴んで止める。
「良いキャットファイトだったな。メイドとはいえ二人相手になかなかの身のこなしだ」
「お目汚しをしてしまい申し訳ございません」
「いーや。楽しめたが」
絶対この嫌な感じグラニテス王だよ、オタクはこういうのに詳しいんだ。いかにラフなシャツとパンツを着ていてもこの神がかった頭身が物語っている。ヒロインを攫いそうな悪役は美しくなきゃね。
グラニテス王(仮)は近くの噴水の縁に座り、ずっとスノウをモフモフしていた。犬好きなんですか、とほのぼのトークをする空気ではない。え、帰りたい。でも絶対に帰れない雰囲気。
「座れば?」
「平民ゆえにご不快にさせてしまうと思います」
「その鞭で殴られない限りは大丈夫だ」
とんでもないブラックジョークを投げ入れられたので、私はその辺に鞭を放り投げようかと考えた。ただスノウが勇んで追いかけて持ち帰ってきそうな気配しかしないが。
わたしは笑顔を維持しつつ、スノウを挟んで少し離れた噴水の縁に座った。
「貴族だって自己紹介したか?」
「いえ、しかし風格からさぞ高貴な方だとお見受けします」
「ふうん。俺はカインだ。まあ、ここでは爵位とか気にすんなよ。俺の国なんてあってないようなものだしな」
カイン── ジェンキン・カイン・グラニテス。グラニテスの王の名だ。ああ、やっぱり、と頭を抱えたくなる。
「俺の国は争いばっかだから、上下関係はシンプルだ。強い奴が弱い奴を支配する。俺から見たらこっちは血筋やなんだの窮屈そうに見える」
めっちゃ自分語りしてくる。やめてくれ、こちとらモブ生を十六年やってきてるんです、助けてください──などと思っていたらスノウから「たしゅけて……」みたいな目を向けられたので、「スノウ、目の他に怪我してない?」と声をかけた。
シュバっとスノウがわたしの元にやってきて、膝に顎を置いた。わたしはスノウの怪我を確かめるふりをして、時間を消費しようとした。
「人を殴ったのは初めてか?」
予想外の質問に「初めてに決まっています」とわたしは食い気味に返してしまい、我に返って青ざめた。他国の王族になんたる無礼。まだ震えているエイダを打った手を握りしめて、その上から左手をかぶせて隠す。
「……申し訳ございません、動揺していたとしても無礼な物言いでした」
「アンタ、年いくつだ?」
「十六歳です」
「ふうん。大事に育てられたんだな」
──人によっては皮肉と思うだろう言葉を、わたしは額面通り受け取れなかった。
グラニテスは争いの絶えない国だ。戦争もだが内戦も多く、王権もコロコロと変わって安定しない。ようやく今のグラニテス王──カインが即位して四年経ち、やっと国内が安定してきたところだと知っている。
わたしは村の噂しか知らないし、前世のテレビでしか聞いたことがないが、戦争は兵士だけが犠牲になるのではない。たくさんの人間が暴力に怯え、飢えに喘ぐ。誰かを殴ったりするのも、よくあることなのだろう。誰かを守るため、何かを奪うために。
「祖母に、大切に育ててもらいました。離れてからよくわかりました。大人にずっと守られていたことを」
カインの目がこちらを向き、その瞳の色が黄金にも似た琥珀色なのだと気づいたとき、手に触れた感触に驚いた。わたしの左手を剥がして、震える右手をカインが握り込む。いつのまにか冷え切っていた手に、男の体温が染み込んでいくようだった。
「殴られたら、殴り返すべきだ。非暴力をうたう人間を俺は信じない。奪われたまま立ち尽くすよりは、ぶん殴って罪悪感を感じてた方がまだマシだ」
──思ったよりも真人間のようなことを言うのだな、と。わたしは呆気に取られながらも思ってしまった。戦争好きのグラニテス。奪うことが何よりの悦びだと、そういう理念で成り立つ国家なのだと思っていたら。
この人も他人を傷つけることを、悪いことだと理解している。他人を殴って、やるせ無い感情を持て余すことも知っている。
──この人は、原作ではどんな人だったんだろう?
七巻よりも先を読んでみたかった。読む前に死んでしまったのが勿体無いと思う。
「それに、殴る姿もなかなか様になってたぞ。誰からか教わったか?」
「おじいさまと慕う方に。親指は握り込むなと言われました。親指を中に入れて殴ると指が折れると」
そうわたしが言うと、カインはきょとんと目を見開いた後、即座に「アハハ!」と笑い声を上げた。しかも手を叩いて笑っているので、よくわからないがウケたらしい。
「そりゃあ素晴らしい師範殿だな!」
「はい」
「おっと、こんな時間か。フラフラしてたのがバレたら大目玉だ、またこの時間に来るぜ、よろしくな!」
「はい?」
いきなり懐中時計を眺めたと思ったら颯爽と「次も来いよな!」と約束を取り付けて去っていったグラニテス王を見送って、わたしはポカンとしてしまった。
そうしたら庭園の奥から足音が聞こえて、推しが飛び出してきたので驚いた。え、なに!?と思う間もなく、「フィナ様!? すみません、こちらに長身の赤毛の男性は来ませんでしたか!?」と聞かれたので、わたしは「バカモン! そいつがグラニテス王だ!」と言うべきか少しだけ迷ってしまった。
ストック解放終了。
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