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推しがうちの玄関にいるけどどう見ても毛虫な件  作者: 乃間いち葉
2章 王太子の食客、メインキャラと遭遇

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25. わたしとヘイトとコンプラ窓口

 


 さて、前回推しであるアシェルが上司であるレオナルドにわたしが冷遇されていると訴えて、レオナルドは即時に行動したらしい。「貴賓に嫌がらせなど豪語同断」と一喝した後、さてどうなるか。


 結果、嫌がらせが悪化した。

 なんでやねん、と突っ込むよりも、「社内のコンプラ窓口にいじめについて相談したらまあそうなりますわ……」という諦めが先にくる。つまり、「テメエ、チクりやがったな!」と加害者がヒートアップしたのである。


 結局のところ、最適解というのは業務態度の改善指導よりも加害者の解雇なのだ。しかしながら、「平民だが王太子の客」であるわたしに「多少のいじわるをした貴族」を解雇するのはだいぶ厳しい。明らかな加害や窃盗、例えば暴力行為があれば話が別だが、立証の難しい「悪意ある行為」で断罪するのは難しいという話だ。


 今日も今日とて、侍女たちがお茶を持ってきて、流れるようにわたしの部屋でお茶会を始めている。

 最初この様子を見たとき、わたしは「おいおい、肝が太いにも程があるだろ」とめちゃくちゃ驚いたのだが、これはわたしが告げ口をできる人間がいなくなってから始めた行為だ。


 確かに、この光景を見なければ「フィナ様はお茶をしっかりと楽しみました」と言えるし、わたしが苦情を言っても「侍女が客の部屋で茶会とか虚言すぎて草」みたいな反応しかもらえないだろう。

 空のティーポットに消えたケーキ、証拠隠滅はばっちりである。


 最初はリリさんも来てくれていたのだか、グラニテス王の来賓によってそちらに回されて、やる気のない騎士が動員されてから侍女たちは勢いづいた。ついに買収されたのか、騎士は姿すら見えない。


 一応推しの部下のはずなのだが、許せん。このままじゃ何かあったとき推しのことすら裏切りかねん。


 団長は何してるんだ。推しは第三騎士団の副団長であるので人員配置の最終決定権はないはずだ。


「くそう、スマホが欲しい。この際ビデオカメラでも構わない……!!」とわたしは心の声を飲み込んだ。証拠がいる。ティーカップに付着している唾液から人物を検出できる技術もなければ証拠を残せる映像技術もない。詰んだ。


 ジトッと楽しそうに茶会をする侍女たちをベッドの上で見つめてから、わたしはすっと薄膜をはぐように強く瞬きをした。


 栗毛の侍女に、黒髪の侍女、亜麻色の髪の侍女の三人。年はわかく、わたしと同じくらいだろう。わたしの視線に気づいたのか、「やだ、平民が睨んでるわ(笑)」と嘲笑したのが黒髪の侍女だ。クスクスと悪意のある笑いが広がるのを聞きながら、わたしは言った。


「黒髪の方、最近あなたに言い寄っている方がいますね」


 場が静まり返ると、黒髪の侍女がわたしを振り返った。「なんでそれを!?」と顔に描いてあるのを見て、わたしは笑った。


「向けられているのはただの慕情ではありません。欲望です。暗く悍ましい征服欲。暗がりに連れ込まれないよう、お気をつけて」


 わたしがそう言うと、黒髪の侍女が「気味が悪い……!」と自分の体を腕で押さえながら言った。言葉の震え方から動揺が見える。一番暴力的な栗毛の侍女が立ち上がって、今にも手を上げようとわたしに向かってきた。


「栗毛の方、今にも運命の方との縁が切れそうですね……」


 ピタリとその侍女の歩みが止まる。わたしはその侍女に向かって、眼鏡を外して向き合った。


「すべての方に運命の相手がいる訳ではありません。悪行を尽くした人間に運命の相手がいるなんておかしいですよね? 愛される権利があるなんて、おかしいと思いませんか? 愛されるべき人間にも資格が必要です。ああ、でも、愛がなくても結婚生活はできますよ。あなたが必要なければ、そのように捨て置けば──」


 ──いいのです、と言う前に振り抜かれた手のひらに強かに叩かれて、わたしはベッドに倒れ込んだ。ベッドの上で伏せをしていたスノウが殺気立ち、侍女に飛びかかろうとするので、「スノウ!」と一喝して止める。侍女はわたしの首元を掴み上げて、上からわたしを睨みつけてきた。言葉では揺るがない、暴虐性を秘めた目がわたしを突き刺す。


「魔女みたいな女ね、あんた。レオナルド殿下もアシェル様もリリエール様も、あんたなんか気にかけてないわ。あんたの不気味な力が不要になったら、すぐに捨てられる。その顔を大事にしたかったらおとなしくしていることね」


 突き飛ばすようにわたしを放して、侍女が部屋を出ていく。栗毛の侍女に追従するように、慌ただしく黒髪の侍女と亜麻色の侍女も出て行った。

 ティーポットもカップもお皿もテーブルに置きっぱなしだ。杜撰すぎるが、実際のところ推しもリリさんもここに顔を出せないほどに忙しいのだ。


 ジンジンと熱を持つ頬を押さえれば、反対側の頬をスノウが必死に舐めてくる。鼻をピスピス鳴らして悲しそうな顔でわたしを慰めてくれた。


「大丈夫だよ、スノウ。おじいさまの言葉は忘れてない」


 ── 外野がなんと言おうが、お前の価値はお前が決めなさい。他人がつけてきた値札など破り捨てなさい。いいね?


 出立前に言われた、おじいさまと慕うエイデンさんの言葉を思い出す。おばあさまと同じように、たまに村に顔を出すおじいさまは、こう言った言い回しをすることがあった。おばあさまと同じく、「未来」が見えているような言葉をわたしに告げて、未来で確かにわたしを掬い上げる。


 ──何よりも得難い、至宝の娘。

 その言葉がわたしの足を動かして、挫けそうになる心を支えて起こす。


 エイデンおじいさまはわたしをいつも可愛がってくれた。村には住んでいないと聞いたが、たまに来てはおばあさまを揶揄って、怒られては笑っている。わたしに向けられる眼差しは優しく、そしておばあさまに向ける眼差しは眩しげだった。


 昔、そっとギフトを使ったことがある。まだ幼い、分別もつかないような頃に、おばあさまとおじいさまの間の縁を見た。


 ──そこには、千切れかけてボロボロなのにかすかな糸でつながる赤い縁があった。いまにも離れそうな手を、小指で必死につないでいるような、か細い縁が。



 コンコン、と扉のノックが鳴る。スノウが扉に向かって唸るのを、頭を撫でて宥めた。耳の良いスノウは足音が誰のものかを既に判別している。


「大丈夫です、お入りください」


 そっと開かれた扉の先で、亜麻色の侍女が縮こまって立っている。わたしは微笑みながらも、歌うように言った。


「ああ、あなたは素敵な相手と結ばれますね」と。


ストックを三日連続解放します。


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